« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月30日 (金)

「科学を語るとはどういうことか」


副題は「科学者、哲学者にモノ申す」とある。
物理学者である須藤靖が、科学哲学者の伊勢田哲治に「科学哲学」とは何かを問うという対談形式の本で、いちおう買ってはみたものの最後まで読み切る自信はあまりなかった。しかし実際に読んでみるとわりとあっさり読み終えてしまった。もっとも、どこまで理解できたかはわからない。

三十一は「科学者」とは言いがたいがいちおうエンジニアの端くれであるから、当然「科学者」の側にシンパシーがある。「科学哲学」という言葉そのものは目にしたことがあるけれど、科学者にとっての揶揄の対象という文脈でしか見たことがない。もちろんそれが科学者のおおかたの見方であると断言できるほど科学者を知っているわけではないけれど、肯定的な見方を示しているのはあまり見たことがないのも事実だ。知るかぎりの最大公約数的な態度は、揶揄の対象かさもなくば無関心といったところだろう。この本の中でも引用されているが、20世紀を通じても最大級の物理学者のひとりであるリチャード・ファインマンは科学哲学者を評して次のように言っている。

「科学者にとって科学哲学は、鳥類学者が鳥にとって役立つ程度にしか、役立っていない」

もちろん、鳥は鳥類学者などというものが生まれる前からずっと生存してきたのであり、いてもいなくても鳥が生きていくのには何の違いもない。科学哲学も、科学者にとってはその程度の存在だということだろう。「科学者」須藤氏も、これだけであればおそらく口出ししようという気にはならなかっただろうが、たまたま見かけた「ビリヤード問題」が科学者の目から見て噴飯物の議論にしか見えなかったので「なんだこれは」と思った、というのがこの本の企画の発端となる。

300ページに近い対談の内容をまとめるのは簡単ではないし、話題があちこちに飛ぶので事実上不可能だ。ただ、三十一が「なるほど」と思ったのは「解けるようになった、決まった手順で積み重ねていけるようになった問題は、哲学から『卒業』し」ていくものだという哲学者の発言である。決まった手順を追い求める科学者と、議論がかみ合わないのも無理はないなとある意味納得した。
その一方で、科学者が「科学者の言う『正しい』というのはこれまで知られている現象を矛盾なく説明できるという以上の意味ではなく、明日もっと『正しい』説明が出てくる可能性を否定するものではない」と認めたのが哲学者のほうには意外に思われた、というのが印象に残る。実はこの種の認識の違いは科学者と一般の人々の間の科学観の違いとも共通している。
「近い将来、世界を支配する理論がすべて解明されるなんてことはとても考えられない。なぜなら、もしそうなったら世界中の科学者は失業してしまうから」というジョークがあるけれども、それはつまり科学者のほうでもそんなことは起こらずにまだ当分の間は職があるということを確信しているという証拠である。

繰り返しになるが、議論はほぼ全編ですれ違っている。しかしそのすれ違いから、科学者と哲学者の考え方の違いが浮かび上がってくる。そういう意味では収穫はあった。

哲学者は、本来結論の出ない問題についていろんな側面から議論するという訓練を重ねている。だから、簡単に答えの出ない問題を考える際には「こういう見方もできますよ」というアドバイスができるのではないか。そうなれば「哲学」にも具体的な価値が出てくるのではないかな。こういう発想がすでに「科学者的」と言われそうだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月26日 (月)

鉄道は誰のものか

今月の鉄道ジャーナルには「鉄道は誰のものか」と題する記事がふたつあった。表記はまったく同じではないが。ちなみにひとつは118ページで、もうひとつは167ページです。

このうち、167ページで取り上げていたのは、投資ファンドが西武鉄道の大株主になって秩父線の廃止を提案したとかしなかったとかいう問題。報道されていたのはもっとずっと前だけど、株主総会があったのでそのタイミングでとりあげられたという次第。

そもそも、何年か前に西武が破綻に瀕したときに海外の投資ファンドの支援を得たのがことの発端だが、その投資ファンドが不採算の秩父線を廃止することを提案した、と報じられたのは今年の春ごろだっただろうか。当然のように地元の自治体は反発して「公共交通機関として地元住民の足を残せ」と訴えた。
そのニュースを聞いたときの三十一の率直な感想は、「ずいぶん虫のいいこと言ってるなあ」であった。それまでの地元自治体と西武鉄道がどういう関係だったのか具体的に知っているわけではないが、大手私鉄の一角である西武鉄道に対してこれらの自治体から何らかの支援があったとはとても思えない。秩父線の赤字は、西武鉄道の別の路線が生み出した利益で埋められてきていたはずで、ことの是非はともかく財務体質を改善しようとするなら赤字路線を廃止するという選択肢は理にかなっている。たとえば「廃止がだめなら運賃値上げを」と言い出したら今度は「もっと経営努力せよ」と求めるだろう。あるときは「私企業」扱いをし、あるときは「公共交通機関」扱いをするという、その時々で都合のいいとらえ方をするようでは結局は苦しくなるだけだ。

カネを出さないのであれば口は出すべきではないし、口を出すのであればカネも出さなくてはいけない。カネは具体的な金銭ではなく何らかの便宜でもいいだろう。地元住人を代表する自治体と、鉄道会社との関係はもっと突っ込んで考えるべき時代が来ていると思うのだが、そういった意識はまだ希薄なようだ。今回の西武鉄道問題がそういったきっかけにならないかとも思ったが、もうみんな忘れちゃったのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月21日 (水)

ヒトモドキ

最近、"艦これ" というキーワードを目にすることが多い。
これまでスルーしてきたけど、思い立って検索してみた。

ああ、擬人化ね。

こんなページを作っているくらいだから、三十一は日本海軍艦艇に興味がある。一般的な基準から言えばマニアであると言っていいだろう。年数が長ければいいというものでもないだろうが、たぶん40年くらいになる。年季だけは十分だ。
その三十一からして見れば、いまさら擬人化でもないという気分だ。島風は「島風」であって、けして「島風たん」ではあり得ない。

だがしかし、よく考えてみればもともと三十一と擬人化は相性が悪い。
擬人化がこんなに広まったきっかけは「ヘタリア」ではなかったかと思うのだが、すでにそのころから三十一が擬人化に萌えることはなかった。普段どんなにハマっている分野であってもダメなのである。改めてなんでだろうと考えてみると、擬人化はある意味単純化であるということに気がついた。「島風」なら「島風」の特徴を抜き出して強調し、人間にあてはめる。その結果、ディテールは埋もれてしまうのだ。
マニアにとって重要なのはディテールである。ディテールの集合がイメージを形成する。そのイメージは一言では説明不能な代物で、だからこそ「イメージ」なのだ。

擬人化を喜ぶのは実はマニアではなく、それまでその分野にあまり興味がなかった人々がわかりやすさを求めているのではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月15日 (木)

2013年初秋の桜

前の記事で「秋の桜」って書いちゃったけど、まだ夏でしたね。8月末なのでぎりぎり初秋ということにしておこう。

今回は、8月22日と27日の異動を年次ごとにまとめて表にしてみた。異動のなかった将も含めてある。
左側が異動後、右側が異動前だ。

1975
    空将  防19      岩崎茂      統幕長              同

1976
    陸将  防20      君塚栄治    退職                陸幕長
    空将  防20      片岡晴彦    退職                空幕長

1977
    海将  防21      河野克俊    海幕長              同

1978
    陸将  防22      宮下壽広    退職                西方総監
    陸将  防22      河村仁      退職                中方総監
    陸将  東京大    渡部悦和    退職                東方総監
    陸将  東京大    中川義章    退職                陸自研本長
    海将  防22      小野原正信  退職                教空団司令官
    海将  防22      松下泰士    自艦隊司令官        同
    海将  防22      矢野一樹    退職                潜艦隊司令官
    海将  防22      山口透      退職                呉総監
    空将  防22      齊藤治和    空幕長              空総隊司令官
    空将  防22      吉岡秀之    退職                空自補本長
    空将  防22      石野次男    退職                統幕校長

1979
    陸将  防23      岩田清文    陸幕長              北方総監
    陸将  防23      木野村謙一  情本長              同
    陸将  防23      田中敏明    東北方総監          同
    陸将  防23      堀口英利    中方総監            陸自補統本長
    陸将  防23      海沼敏明    陸自幹部校長        同
    陸将  防23      日髙政広    中即団司令官        同
    陸将  防23      反怖謙一    1師団長            同
    陸将  防23      友部薫      2師団長            同
    陸将  大分工大  山下裕貴    陸幕副長            3師団長
    陸将  防23      岩崎親裕    技本陸上担当開発官  同
    海将  防23      武居智久    横総監              同
    海将  防23      吉田正紀    佐総監              同
    海将  東京大    鮒田英一    海幕副長            同
    海将  防23      福本出      海自幹部校長        同
    空将  防23      廣中雅之    空教団司令官        空支団司令官
    空将  防23      中島邦祐    空総隊司令官        空幕副長
    空将  防23      清藤勝則    中空方面隊司令官    同
    空将  防23      若林秀男    退職                北空方面隊司令官

1980
    陸将  防24      磯部晃一    東方総監            統幕副長
    陸将  防24      田邉揮司良  北方総監            防大幹事
    陸将  防24      番匠幸一郎  西方総監            陸幕副長
    陸将  防24      武内誠一    陸自富士校長        同
    陸将  防24      松尾幸弘    陸自研本長          8師団長
    陸将  防24      櫻木正朋    陸自関東補給処長    同
    陸将  防24      塩崎敏譽    7師団長            同
    陸将  防24      保松秀次郎  10師団長          西方幕僚長(陸将補)
    海将  防24      井上力      舞総監              同
    海将  防24      槻木新二    大総監              海自補本長
    海将  防24      三木伸介    呉総監              大総監
    海将  防24      鍜治雅和    潜艦隊司令官        海自1術校長(海将補)
    空将  東京大    平田英俊    退職                空教団司令官
    空将  防24      半澤隆彦    空支団司令官        空総隊副司令官
    空将  防24      杉山良行    南西空混団司令      同
    空将  防24      古賀久夫    空自補本長          技本航空機担当開発官
    空将  防医1     大橋幸一郎  防衛医大幹事        同
    空将  防24      岩成真一    空開実団司令官      空自補本副長(空将補)

1981
    陸将  防医2     後藤達彦    中央病院副長        同
    陸将  防25      岡部俊哉    防大幹事            6師団長
    陸将  学芸大    田口義則    陸自補統本長        9師団長
    陸将  東京大    松村五郎    統幕副長            10師団長
    陸将  防25      川又弘道    4師団長            同
    陸将  防25      髙橋勝夫    9師団長            東北方幕僚長(陸将補)
    海将  防25      池田徳宏    護艦隊司令官        同
    海将  防25      河村正雄    統幕運用部長        同
    海将  防25      重岡康弘    空団司令官          同
    海将  鹿児島大  藏迫兼志    技本船舶担当技術官  同
    海将  防25      伊藤俊幸    統幕校長            海自2術校長(海将補)
    海将  防25      村川豊      海自補本長          海幕人事教育部長(海将補)
    空将  防25      福江広明    空幕副長            西空方面隊司令官
    空将  防25      吉田浩介    空総隊副司令官      空自幹部校長
    空将  防25      森本哲生    北空方面隊司令官    空開実団司令官

1982
    陸将  防医3     千先康二    札幌病院長          同
    陸将  防26      鈴木純治    3師団長            中方幕僚長(陸将補)
    陸将  防26      森山尚直    8師団長            陸幕防衛部長(陸将補)
    陸将  防26      小川清史    6師団長            陸幕装備部長(陸将補)
    海将  防医3     瓜生田曜造  中央病院副長        同
    海将  防26      坂田竜三    教空団司令官        横総監部幕僚長(海将補)
    空将  日本大    宮川正      西空方面隊司令官    空幕人事教育部長(空将補)
    空将  防26      尾上定正    空自幹部校長        統幕防衛計画部長(空将補)
    空将  防26      小城真一    技本航空担当開発官  空幕防衛部長(空将補)

そろそろ統幕長の交代も見えてきた。
今年末か、あるいは来年3月に交代と想定すると現海幕長の河野克俊海将が最有力か。そして後任の海幕長は23期になりそうな。武居横須賀総監か吉田佐世保総監あたりかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月10日 (土)

2013年秋の桜・速報

8月末の自衛官異動が公表されていた。

防衛省・自衛隊:人事発令 (防衛省)

22日分と27日分だが、なんでこんなに早く公表されたんだろう。二日に分けて発令されたのも謎だ。まあたまにあることだけど。

速報としては、陸幕長の君塚陸将が勇退して23期の岩田北方総監が後任になったということ。東大出身の渡部陸将という三十一の予測は外れ。22期どころか23期まで一気に飛んでしまうとは。ただしこの夏に君塚陸幕長が勇退するという予測は当たり。

まったく予測していなかったのは片岡空幕長が交代してしまったこと。ただし後任の齊藤空将はある程度予測の範囲内。言ったことなかったかもしれないけど、統幕から航空総隊へと駆け上がっていく怒濤の出世ぶりにはひそかに注目していた。

とりあえず今は速報ということで、詳しくはもうちょっと整理したいと思います。最近忙しいのでちょっと待ってね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

いずものくに

夏だというのに、7月から8月にかけて妙に忙しくなった。夏になる前はぼんやりと「あれやりたい」とか考えてたけど、そんな時間も体力も気持ちの余裕もなくなってしまった。

以上、ほんとの愚痴でした。

8月6日にいわゆる 22DDH、平成22年度予算で建造される19,500トン型ヘリコプター護衛艦が進水し、「いずも」と命名された。漢字にすると「出雲」ということになるんだろう。16DDH が「ひゅうが」「いせ」ということで国名シリーズになったらしい。実際の命名前に海幕の資料から予定艦名が流出するという騒ぎもあったらしいが、誰が困るものでもないので大した問題じゃないだろう。何でもかんでも秘密にしてしまうと、本当に秘密にしなきゃいけない事柄がかえっておろそかにされちゃうよー。と、またちょっと愚痴モードになりかけ。

不思議なのは、中国で一部「日中戦争中に使用された軍艦と同じ名前をつけた」と批判報道があったということ。確かに事実関係としては嘘ではなく日本海軍の装甲巡洋艦「出雲」は第一次上海事変から日中戦争末期の昭和19年まで、はじめ第三艦隊のち支那方面艦隊の旗艦として上海にあって中国方面海軍部隊の指揮官が座乗した。
ではなぜその任務に「出雲」が充てられたのか。「出雲」は明治34年、1901年にイギリスで竣工した装甲巡洋艦で、日露戦争当時の最新鋭艦として主力部隊の一角を占めた殊勲艦だが、第一次上海事変当時でも艦齢すでに30年を超え、昭和19年には43年にもなる。技術進歩の著しかった当時、二線級をとおりこして完全に戦力外だった。日中海軍の戦力差を考えると、直接戦闘に従事する事態は想定されず、旗艦を選定する際には戦闘力の有無は判断材料にはされなかった。かつての殊勲艦としての「格」であるとか、大型で居住性に余裕があるところとか、そういう点が主に考慮されたのだろう。もちろん、「出雲」を大陸に派遣したとしても主戦部隊(つまりアメリカ向け部隊)への影響が少ない(あるいは皆無)ということも重要だ。すでに当時「出雲」は練習艦隊に配属されて候補生の訓練に充当されており戦力としては期待されていなかった。

だから「出雲」があたかも中国侵略のシンボルであったかのような言説には非常に違和感を感じる。たぶんつける側の海幕にとっては、日露戦争の殊勲艦というイメージはあっても、支那方面艦隊(「支那方面艦隊」は歴史上の固有名詞です)の旗艦というイメージは希薄だったろう。最初に三十一がこのニュースを聞いたときに「まさかそこに食いつくとは」と意表をつかれたのが正直なところだ。文句をつける気になればどっからでもつけられるもんだなあ。

さて 22DDH 改め「いずも級」は2隻建造されることになっている。2番艦は2017年に就役する予定だがはたしてどんな艦名になるだろうか。かつての「出雲」の同型艦は「磐手(いわて)」、準同型艦までひろげると「浅間」「常磐」「吾妻」「八雲」となるが、どれも国名シリーズに該当しない。かつての「出雲」は国名由来ではなく一般的に「雅語」として選択されたのだった。同型型はなんとなくつながりを持たせた名前を与えるのが慣例になっているが、前例としては「出雲」とペアになる国名はない。そこで新たに「出雲」のペアを考えてみると、古代神話のふるさとである出雲に対応して大和、というのがまず思いつくのだが「大和」「武蔵」はあまりに刺激的すぎるし、命名する側からしても本当の意味で「とっておき」であろう。かつて艦名に採用されたことのある国名をいろいろと思い浮かべてみたがどれもしっくり来ない。では新規、ということでひとつ思いついたのは「ひたち(常陸)」だ。風土記は奈良時代に政府が各国に編纂を命じた地理志だが、ほぼ完本として残っているのは「出雲風土記」だけである。完本ではないが大部分が残っているのは「常陸」「播磨」「肥前」「豊後」の4つで、他はせいぜいごく一部が逸文として残るに過ぎない。まあこの中なら「ひたち」かなあ。

三十一は艦名選択にまったく影響力を持たないので信用しないように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月 3日 (土)

2013年7月の打ち上げ

先月は7件(うち失敗1)。ロシア2件、中国2件、ヨーロッパ1件、アメリカ1件、インド1件。

1日 18:11GMT スリハリコタ/PSLV (IRNSS-R1A)
2日 02:38GMT バイコヌール/プロトン (GLONASS x 3) - 失敗
15日 09:27GMT 酒泉/長征2C (実践 11-05)
19日 13:00GMT ケープカナベラル/アトラスV (MUOS-2)
19日 23:37GMT 太原/長征4C (実践 15、試験 7、創新 3)
25日 19:54GMT クールー/アリアン5 (Inmarsat XL、Insat 3D)
27日 20:45GMT バイコヌール/ソユーズ (Progress M-20M)

最近プロトンロケットは失敗が続いていたが実際にはプロトン本体の責任ではなく、衛星を軌道に乗せるための上位段がうまく稼働しなかったケースが多い。しかし今回の失敗は1段目の不良で打ち上げ後まもなく墜落したということで、本体に原因があった。積み荷の GLONASS はロシア版 GPS で、ソ連崩壊後は一時期整備が追いついていなかった。ようやく所要はそろったようだが予備に乏しい状態はまだ続いており、今度の失敗でその状態はまだ続くようだ。

Orbital Launch Chronology

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »