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2013年9月26日 (木)

北海道はでっかいどう(古

去年くらいから、JR北海道で事故があったというニュースをときどき聞くようになったけど、近頃その頻度が高くなってきた上に線路の保守を放置していたなどと伝えられるようになって社会問題化してきた。

旅客や貨物を乗せて運んでいるんだから、せめて決められた保守ルールくらいは守ってほしいと思うのだが、その一方で三十一はJR北海道の路線をほぼすべて踏破しており、こんな問題が表沙汰になる前から「こりゃあ保守は大変だなあ」と実感していただけに、単純に会社を非難する気にはなれない。だからと言って容認できることではないのだが、「体質」とか「安全意識の希薄さ」などで済ませられない根深い問題があるように思うのだ。

JR北海道の特に地方路線に乗っていると、保守担当者が運転席の横に添乗して線路を監視しているという光景に出会うことは珍しくない。自動車で線路を見回ることができればいいのだろうけど、そもそも線路にアクセスする道路がない区間が相当あるのだ。列車の中から見ても見渡すかぎり道路がみあたらないこともある。森の中を走っているわけではなく見晴らしが開けているにもかかわず、だ。結局は、こまめに列車に添乗して前方監視をするのが一番確実、ということになる。本来は列車が走る前にチェックするべきだろうが、そのチェックのために列車を使うというのは本末転倒のような気もする。それでもかつてのように線路脇に保線小屋を置いて保線員を配置するようなことは現代ではとてもできないから、そうするしかないというのが現実だろう。

鉄道は典型的な装置産業で、線路と車両、駅などの設備が準備されて初めて事業が成立する。コストに占める設備負担の割合はかなり大きい。JR北海道固有の条件を挙げるならば、札幌周辺のごく一部の区間を除くほとんどすべての区間がこれまで述べてきたような「保守困難区間」であり、またそういう区間はほぼ例外なく赤字路線であると考えていいだろう。札幌への一極集中が進む北海道において、こういう状況が今後進むことはあっても緩まることは考えられない。鉄道経営の条件は日を追うごとに厳しくなっていく。鉄道経営が厳しくなるとまず保守にしわ寄せが来るのはこれまでも例があることだ。たとえば銚子電鉄では保守費用の不足により危うく運行を継続できなくなる瀬戸際に追い込まれたが「ぬれ煎餅」によってかろうじて窮地を脱することができた。

JR北海道の事例は、こうした厳しい条件が一番わかりやすい形で現れてきたと見ることができよう。本質的に同じ課題をすべての鉄道事業者が潜在的に持っている。JR北海道は先頭きってこの問題に直面してしまったのだ。この問題を根本的に解決するためには、上下分離による保守負担の切り離しなどの抜本的な制度改革が必要だろう。さもなくば最終的には鉄道事業の継続そのものが困難になってしまう。鉄道がなくてもいい、というのがおおかたの意見であるならそれもいいだろうけどさ。「独立採算制」を「無謬の原則」としてあがめているかぎり、行き着くところはそういうことになってしまう。

この問題をどう処理するかが、今後の日本の鉄道事業のあり方を規定する重要な試金石になりそうだ。これが「安全意識の徹底」なんていう表面的な対策に矮小化されてしまうようなら先は暗い。

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