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2013年9月 7日 (土)

「海防艦三宅戦記」


いつものように昔話から始めよう。

三十一が海防艦という艦種についてちゃんと知ったのは、「丸スペシャル」の海防艦特集号である。調べてみたら1979年6月号だよ。当時の三十一はすでにいっぱしの日本海軍マニアだったが、もっぱら情報源はウオーターラインシリーズの組み立て図とガイドブックだった。しかし当時ウオーターラインシリーズのラインナップには海防艦というマイナーな艦種はなかったのだ。
実質的に初めて海防艦の存在を知った三十一は、「丸スペシャル」を繰り返し読み、あまり知られていない海防艦が戦争末期の船団護衛の立役者であることを認識した。そしてそれ以降、三十一にとって「海防艦」はマニア度を測るひとつのバロメーターになった。たとえば誰か「俺って日本海軍に詳しいんだぜ」という人がいたときに「海防艦って知ってます?」と聞いて答えられれば「ああ本当に詳しいんだな」と判断できるということだ。このバリエーションには「間宮って知ってます?」というのがある。「島風たん」とか言って悦に入ってるようではね。

本題に戻ろう。
この本を読んでいて違和感を感じたのは、この手の戦記ではおなじみの著者の一人称による感想や体験談がほとんど出てこないこと。本編を読み終えて後書きを読んでようやく事情がわかったのだが、著者は実際には戦友会を通じて集めた手記をまとめた、という立場らしい。この文庫シリーズはだいたい底本として単行本があるケースが多いのだが、この本ではもとは私家版ということで公刊されるのは初めてになる。
海防艦「三宅」は御蔵型の一艦で昭和18年の末に竣工、以後もっぱら南西方面への船団護衛に従事してついに生き延びて終戦を迎えた。
海防艦は最終的におよそ170隻が建造され、うち70隻ほどが戦没している。これが多いか少ないかは議論が分かれるところだろうが、三十一としては思ったよりも生残率が高いと考える。やはり海防艦は当初のもくろみはともかくとして、船団護衛という明確な目的のために計画建造されたことが効いたのかもしれない。

そういうわけで三十一にとって海防艦はちょっと特別な存在なのだ。

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