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2014年4月30日 (水)

春の秋月

「秋月」という艦名は、日本海軍の駆逐艦としてはそれほど由緒あるものではない。たいていの駆逐艦名は明治時代の三等駆逐艦に初代があって、第二次大戦で活躍した駆逐艦の多くは二代目だったわけだが、「秋月」にはそうした「先代」はいない。

しかし、第二次大戦中に就役した初代「秋月」以来、海上自衛隊を含めて「秋月」「あきづき」と名付けられたフネは三代になるが、いずれも特徴のあるフネであり今や「秋月」「あきづき」という名前はそれなりの「格」を感じさせるものになってる。

今回作製した「あきづき」は通算で二代目、海上自衛隊としては初代になる。クラシックな自衛艦を出してくれているのはもっぱらピットロードであるので、これも当然ピットロード製である。

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ちょっと時間がかかっているのは、デカールを貼るために踏ん切りが必要だったため。しかし実際に始めてみると思うようにうまく貼ることができず、思いあまって手元のスポイトで水を垂らしたところ、スポイトの中に溶剤が残っていたためたちまちデカールが溶けてしまい、どうにもならなくなってしまった。水には水のための専用のスポイトを用意しておかねばならぬと思い知りました。というわけで、今回はデカールなし。それにしても、デカールを貼るときだけにかぎったことではないのだが模型を作っていて三本目の腕がほしいと思ったことが数知れない。残念ながら今のところ三十一には腕が二本しかついていない。

1960年に竣工した「あきづき」 (DD-161) は、基準排水量2400トンという現在の海上自衛隊の基準からするととても大きいとはいえないフネだったが、当時の国産護衛艦の中では最大で、対潜に重点を置いた「あやなみ」級と対空に重点がある「むらさめ」級の装備をあわせもった万能艦として建造されたが、当時の日本ではこうした「高級」な護衛艦を建造するだけの財政的余裕がなく、域外調達によりアメリカ海軍の予算で建造された。日本式の設計により日本で建造されたフネであったが、こうした経緯をもつので正式には供与扱いであり米海軍の艦番号がついている (DD-960)。就役後はもっぱら艦隊旗艦として運用され、1963年から1985年まで20年あまり護衛艦隊旗艦をつとめている。

これで初代と二代目を建造したことになる。三代目はそのうちに。

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2014年4月19日 (土)

坂東太郎

かつて、4社時代のウォーターラインシリーズでは「利根」級はフジミから出ていた。「利根」級のフォルムは好きなほうなので当然制作したが、不満が残った。もっとも不満だったのは、艦橋直前につきだしている缶室吸気口がいかにもとってつけたようなプラスチックの塊にしか見えなかったことだ。フネの顔とも言うべき艦橋のすぐ側にあるのでものすごく目立つ。好きなフネだけに残念だった。

フジミ脱退後にはアオシマが「利根」級を担当することになった。1993年のことで最近のアオシマ製品ほど手が込んでいるわけではないけれども、十分なできだ。これは終戦時の設定の「利根」。

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今回は3週間近くかかっているが、船体の塗装が終わってから1週間ほど放置してしまったので、実際にはそんなに時間はかかっていない。

模型制作の再開以来、「利根」で14隻目になる。だいたい制作順序が決まってきた。
組立て図では、だいたい主砲などの複数組み立てるパーツ、艦橋や煙突といったパーツ、そして船体という順番になっているが、三十一はこの順番では作らない。

おもに塗装の都合なのだが、まず船体・甲板の塗装から始める。なぜかというとこれが一番面倒だからだ。甲板と船体をマスキングテープでマスキングしながらスプレーで塗っていき、それが済んだら甲板上の構造物を筆でひたすら塗っていく作業は気力と時間がいる。この作業がひととおり終わると、艦橋や煙突といった少しまとまったブロックを組み立て、ブロック単位でスプレー塗装する。そして残った細かいパーツはランナーについたままスプレーで一気に塗装し、あとは組み立てながら適宜必要な部分を塗り足していく。だいたいは筆塗りで済ませるが、やすりがけした面積が大きくなったときはスプレーするときもある。

そしてこれは子供のときからの習慣なのだが、最後に艦尾旗竿を立てて完成とする。

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2014年4月13日 (日)

ちからを合わせて

ちょっと前に集団安全保障に関する記事を書いたけれど、国家安全保障政策の策定にともなって「軍事研究」誌に洗(あろう)元陸将による解説が掲載された。

目からウロコが落ちるような気がしたのは、「一国平和主義」に固執する日本は「極東の不安定の元凶」という指摘で、言われてみれば確かにその通りだと思った。

日本のような先進国にとって、侵略戦争は何の利益ももたらさない。戦闘による不安定状態は、自由で安定的な貿易の阻害要因となり特に日本のような貿易立国国家にとってはマイナスでしかない。国際関係の不安定さが利益になり得るのは現在の国際システムから利益を享受しきれていないと思っている一部の途上国だ。
先進国にとっての国益は基本的に現状維持、紛争の抑止になる。具体的には一部の途上国による現状変更、あるいはそのためのきっかけとなる不安定化の試みを阻止することが安全保障政策の究極的な目的のひとつだ。これまで防衛政策の目標として掲げてきた「日本の独立、領土、国民、財産の安全」はその延長線上にある。

とは言え、先進国といえども潤沢に防衛費を使えるわけではない。そういう点ではむしろ人件費が安く、高い成長率を続けている途上国側に有利な情勢だ。これまで先進国では装備の高度化で人件費をおさえてきたが、研究開発費も高騰してきており、技術的な格差も縮まりつつある。こういう傾向は今後しばらく(おそらくは数十年単位で)継続するだろう。現在の国際システムの維持が国益となる先進諸国にとっては、この共通の利益にむかって共同行動をとる必要があるだろう。それはすなわち集団安全保障体制ということになる。

参加国の立場から考えると、集団安全保障のメリットは自国の防衛に対して他国の助力が得られるという点にあり、それはつまり単独での防衛力をそれだけ節約できるということにつながる。単独で他国を侵略するほどの戦力はもたず、自国の防衛については集団安全保障体制下の参加諸国全体で対処できる。「攻撃」と「防御」で使用可能な戦力に大きな違いができるということだ。侵略的な攻撃行動に対しては同盟国の理解や協力を得られる見込みはない。少なくともかつてのワルシャワ条約のような衛星国を動員するのでないかぎりは、あり得ない。

日本(他の国でも同じことだが)による侵略を懸念しているが日本そのものの弱体化を望んでいるわけではない国にとっては、日本が集団的安全保障体制に入って大きな体制に組み込まれ、一国の戦力を節約するいっぽうで防衛の実効性を高めるのはむしろ歓迎される事態だろう。集団的安全保障体制に入らず、単独での防衛力整備を目指しつづけるなら、結局は周辺の軍事大国に対してはある程度の抑止効果しかもたず、軍事大国というほどではない周辺諸国に対しては警戒感を高める結果をもたらすことになりかねない。

だから日本はなんらかの(現在の日米安保よりももっと包括的な)集団安全保障体制に加入して防衛力の実効性を高めるようにするべきだと考える。そのためには、同盟内の他国が脅威にさらされたときに実力をもって援助する覚悟が必要になるが、その覚悟を示すことが抑止力になる。

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2014年4月 8日 (火)

捏造と誤りのはざま

STAP 細胞の論文に誤りがあったからということで理研が取り下げることにしたとかなんとかいう騒動が続いている。三十一は別に取り下げる必要があるとも思わないけどなあ。「確認してみたら間違いでした」というだけの話だ。そんな例はいくらでもある。

あの論文は今やすっかり捏造扱いだが、三十一には疑問がある。注目を浴びること必然の内容の論文を発表すれば当然第三者による検証が行われる。まったくの捏造であれば再現できないことはすぐにわかって、たちまち反論にさらされるのは火を見るより明らかだ。少しは勝ち目がないとこんな論文を発表するのは自殺行為でしかない。執筆者のほうに多少なりとも勝算がなかったとは思えない。

この分野は競争が激しいので、検証が不十分なまま発表に走ってしまった可能性がなくはない。捏造なのか誤りなのかの境界線は曖昧で本人のみぞ知るだが、上記の通りまったく根拠のない捏造は負け戦確定なので意識的に捏造した可能性は低いと見ているが、マスコミの気にはいらないだろうなあ。

いまさら言うのも恥ずかしいが、STAP 細胞がニュースになった当初、これだけ画期的な発見が大々的に報道されているのを見て、なんともいえない危うさを感じた。「怪しい」というほどではないが完全に信をおけるわけでもないという「危うさ」だ。まあでも「怪しい」にせよ「危うい」にせよいずれ第三者が検証するだろうか放っておいてもはっきりするだろうと考えていた。そしてその通りになったことで、三十一はむしろ「科学」の健全性を再認識した。「怪しい」も「危うい」もいずれは検証を経て「正しい」か「誤り」に収斂していく。もし収斂していかない事象があるとするならば、それは検証するほどの価値もないと見られているということだ。

去年だったか一昨年だったか、イタリアの研究グループが「素粒子の速度が光速を超えた」という論文を発表したことがある。原理的に光速を超えることはないとされていたのだが、計測結果を計算してみたらわずかに光速を超えてしまったというものだ。研究グループでは何度も計算をやり直してみたが何度やっても同じ結果が出た。彼らは、おそらく本人も信じないままこの結果を論文として公表して検証を求めた。その結果、誤りが指摘されて素粒子の速度はめでたく光速以内におさまった。

論文に誤りがあることは別に悪いことではない。100の誤りの中にひとつの重要な新事実が含まれていれば、総体として人類の知見は増えていくことになる。それでいいじゃん。

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2014年4月 7日 (月)

2014年3月の打ち上げ

今月は5件。後半に集中している。

15日 23:08GMT バイコヌール/プロトン (Ekspress AT1, Ekspress AT2)
22日 22:04GMT 仏領ギニア/アリアン (Amazonas 4A, ASTRA 5B)
23日 22:54GMT プレセツク/ソユーズ (GLONASS-M)
25日 21:17GMT バイコヌール/ソユーズ (Soyuz TMA-12M)
31日 02:46GMT 酒泉/長征2C (試験 11-06)

今年も4分の1が終わろうとする時期になってようやく今年最初の中国による打ち上げがあった。

Orbital Launch Chronology

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2014年4月 1日 (火)

不真面目のススメ

調査捕鯨をめぐる国際司法裁判所の判決が出て、日本が負けたとか。
このニュースを聞いて思い出したのが、1年半前に書いたこの記事だ。

相手の気持ちになって考える

特に捕鯨に関して日本政府は「条約上認められた権利」という主張に安住していたようだ。しかし権利というのは実は天から降ってくるものではなく、不断の努力で維持しつづけなければあっという間に有名無実になってしまうのだよ。以下の文章は中韓との領土紛争について書いたことだが、捕鯨についてもあてはまるように思う。

「手続き上瑕疵がないから相手がどれだけ騒いでも出るところに出れば絶対に勝てる」と信じているのは生真面目な日本人くらいで、「形式は整っているかもしれないがそれは"正義"に反する行ないだからそもそも無効だ」くらいの反論は充分に予想してしかるべきだろう。"正義"なんていう人間の数だけあるものさしを持ち出してくると話が水掛け論に陥るのは目に見えているのだが、それ自体がひとつの戦術だ。

日本政府の捕鯨担当者がこんな blog を読んでるとも思えないが、これくらいの見通しは立てておいてもよかったと思うぞ。何のために税金を払ってると思ってるんだか。

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