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2014年4月13日 (日)

ちからを合わせて

ちょっと前に集団安全保障に関する記事を書いたけれど、国家安全保障政策の策定にともなって「軍事研究」誌に洗(あろう)元陸将による解説が掲載された。

目からウロコが落ちるような気がしたのは、「一国平和主義」に固執する日本は「極東の不安定の元凶」という指摘で、言われてみれば確かにその通りだと思った。

日本のような先進国にとって、侵略戦争は何の利益ももたらさない。戦闘による不安定状態は、自由で安定的な貿易の阻害要因となり特に日本のような貿易立国国家にとってはマイナスでしかない。国際関係の不安定さが利益になり得るのは現在の国際システムから利益を享受しきれていないと思っている一部の途上国だ。
先進国にとっての国益は基本的に現状維持、紛争の抑止になる。具体的には一部の途上国による現状変更、あるいはそのためのきっかけとなる不安定化の試みを阻止することが安全保障政策の究極的な目的のひとつだ。これまで防衛政策の目標として掲げてきた「日本の独立、領土、国民、財産の安全」はその延長線上にある。

とは言え、先進国といえども潤沢に防衛費を使えるわけではない。そういう点ではむしろ人件費が安く、高い成長率を続けている途上国側に有利な情勢だ。これまで先進国では装備の高度化で人件費をおさえてきたが、研究開発費も高騰してきており、技術的な格差も縮まりつつある。こういう傾向は今後しばらく(おそらくは数十年単位で)継続するだろう。現在の国際システムの維持が国益となる先進諸国にとっては、この共通の利益にむかって共同行動をとる必要があるだろう。それはすなわち集団安全保障体制ということになる。

参加国の立場から考えると、集団安全保障のメリットは自国の防衛に対して他国の助力が得られるという点にあり、それはつまり単独での防衛力をそれだけ節約できるということにつながる。単独で他国を侵略するほどの戦力はもたず、自国の防衛については集団安全保障体制下の参加諸国全体で対処できる。「攻撃」と「防御」で使用可能な戦力に大きな違いができるということだ。侵略的な攻撃行動に対しては同盟国の理解や協力を得られる見込みはない。少なくともかつてのワルシャワ条約のような衛星国を動員するのでないかぎりは、あり得ない。

日本(他の国でも同じことだが)による侵略を懸念しているが日本そのものの弱体化を望んでいるわけではない国にとっては、日本が集団的安全保障体制に入って大きな体制に組み込まれ、一国の戦力を節約するいっぽうで防衛の実効性を高めるのはむしろ歓迎される事態だろう。集団的安全保障体制に入らず、単独での防衛力整備を目指しつづけるなら、結局は周辺の軍事大国に対してはある程度の抑止効果しかもたず、軍事大国というほどではない周辺諸国に対しては警戒感を高める結果をもたらすことになりかねない。

だから日本はなんらかの(現在の日米安保よりももっと包括的な)集団安全保障体制に加入して防衛力の実効性を高めるようにするべきだと考える。そのためには、同盟内の他国が脅威にさらされたときに実力をもって援助する覚悟が必要になるが、その覚悟を示すことが抑止力になる。

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