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2014年8月 7日 (木)

「科学はなぜ誤解されるのか」

時間をつぶすために入った本屋でたままた見かけた本。
例のSTAP細胞騒動が始まったのは「本書の校正中」だそうで、内容に反映されてはいないようだが、タイミングとしてはちょうどよかった。

例のSTAP細胞騒動ではついに人死にが出るに至った。
死人にむち打つようだが、「潔白を証明するために」死ぬのは科学者のとるべき態度じゃないと思うなあ。「科学者としての」潔白を証明するには論文を書くしかない。

STAP細胞の話は論文が Nature 誌に掲載されたことから始まるわけだが、実はここに最大の誤解と問題の発端がある。「世界的に権威がある」 Nature に論文が掲載されたことで注目を集めたわけだが、Nature に掲載されたことは、論文が正しいことと同一ではない。とりあえず査読を通ったというだけの意味しかないのだ。本当の検証は論文が掲載されたときから始まるのだが、マスコミではあたかも Nature が「お墨付き」を与えたかのような報道を行なった。しかし、Nature 誌がときに奇天烈な論文を掲載することもあるのは、科学者のあいだではわりと知られた事実である。

科学の世界というのはある意味究極の民主主義で、誰もが好きに意見を表明することができる。そしてその意見の正否を判断するような権威者はいない。科学者ひとりひとりがあるいは反対しあるいは賛成し、総体として世論(定説)が形成されていく。
テレビでコメンテーターが「STAP細胞が再現できなかったって言ってる人がいるけど、それを誰か確かめたの?」とか言ってたけど、そんな人はいないよ。「再現できなかった」という論文は「再現できる」という論文とまったく同列におかれて科学者の検証にさらされることになるのだ。単純で明快だと思うのだが?

科学は世界のものごとに白黒つけてくれると思い込んでいる世間の人々にとって、この問題にいつまでも白黒がつかない現状は不可解だろうが、実はこうしたことに白黒をつけてくれるような便利な人はいない。民主主義というのはそういものだよ。

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