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2014年8月24日 (日)

「特攻の真意」

「特攻」とは、将来にわたって民族にとって忘れられない、忘れるべきではない、そして逃れられない過去であり続けるだろう。 それは「戦争を始めた」というもうひとつの負い目とはまた違った観点で考えることが必要になる。

「必死の作戦」という発想自体は、実は日本に特有のものではない。当時のアメリカ軍兵士の多くが「自分が同じ立場に立たされたらやはり志願するだろう」と回答したという。また、投げられた手榴弾の上に身を投げて戦友を救った、という事例は洋の東西を問わず、また時代と問わず見られる現象で、多くの国では「英雄的な行為」として顕彰の対象になっている。

それではなぜ「特攻」が日本の特有の作戦として、さらに戦争末期には「常用の戦法」として多用されるまでになったのか。それには、「行かせた側」の責任が大きいだろう。

これまで往々にして「行った側」「行かせられた側」の心理は分析されてきたが、「行かせた側」の心理はあまり分析されてこなかった(この本で分析しているという意味ではない)。「戦争末期の追い詰められた心理」とか「狂信的な軍国主義」とか「葉隠精神」とか、あるいは「兵士をコマとしか見ていない日本軍の非人間性」などに単純化してしまうのがこれまでの主な論調だが、そうした議論からは「今は時代が違うから」という結論しか出てこない。 「特攻の生みの親」といわれた大西瀧治郎は、米軍のフィリピン侵攻に際して「もはや体当たり以外に方法がない」として特攻の採用に踏み切ったといわれる。しかし現場の搭乗員ならともかく、仮にも艦隊司令長官ともあろう者が安易に「ほかに方法がなかった」と言ってしまっていいものだろうか。当人は思い悩んだ末のことだろうとは思うが、出てきた結論は安易に流れたと言わざるを得ない。

もちろん、現代の論理では「特攻」は許容されるはずもない。当時の論理と現代の論理で何が違っていたのか、そしてその違いをもたらしたものは何なのか。また、さらに考えなくてはいけないのは、その「違った論理と結論」をもたらした考え方の中に現代でも変わっていないものが潜んでいないか。

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