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2014年10月21日 (火)

会長の宿題

非電化単線鉄道愛好会会長たる三十一にとって、中部地方を縦断する全線非電化単線路線でありしかも「本線」と呼ばれている高山本線はどうしても避けては通れない課題であり、 ここ数年ずっと三十一の心中にわだかまっていた宿題だった。
しかし宿題が宿題のままのこっていたのにはそれだけ理由があって、高山本線は「本線」とは言いつつも都市を結ぶ連絡線としては機能していない。名古屋と富山を結ぶ最短路線は実は高山本線なのだが、現在その目的で高山本線に乗る人はいないだろう。

新幹線やほくほく線を活用すれば日帰りできないこともないのだが、あまりにも厳しいので前泊することにする。前泊地は富山。よく考えたら北陸新幹線の開業後のほうがずっと楽な日程になったはずなのだが、それに気づいたのはもうホテルを予約してしまってからのことだったので後の祭り。

さて東京から富山への最短最速経路は上越新幹線で越後湯沢に出、「はくたか」に乗り継ぐルートなのだがこれは実は2005年に経験している。おまけにその時は帰路にわざわざ「北越」~長岡乗り換えの上越新幹線という別経路を使っているので、こちらも経験済み。ところが、もうひとつこれまで利用したことがないルートが残っている。それはかつてメインルートだった東海道新幹線から米原乗り継ぎの北陸本線ルートだ。北陸本線の米原~近江塩津間は未乗車だったのでちょうどいい。この区間も狙って乗らなくてはなかなか乗りにくいルートだ。しかし実際のところ、東京から福井あたりなら米原ルートのほうが早いが金沢まで行くと越後湯沢ルートととんとん。富山になると明らかに越後湯沢からのほうが早い。しかし2005年に金沢に行ったときに越後湯沢ルートを使い、今回富山に行くときに米原ルートを使うのは話が逆だ。まあしょうがない。

家を出たのが少し遅かったので、昼過ぎの「ひかり」で米原へ。「のぞみ」ではなく「ひかり」に乗るのは久しぶりだ。使用車両は N700A系だったけどさ。車内からは珍しく富士山がよく見えた。沿線の景色をなんとなく眺めていて思ったのだが、日本では遠景になんらかの山地が見えている、という風景がごくありふれたものである、ということ。逆に言うと、三十一が普段見慣れている関東平野の平坦な風景はきわめて特異なものだ、ということだ。人口の割合はともかくとして、地域的なひろがりという意味では東京はきわめて特異な存在であるということは、覚えておいたほうがいいだろう。

米原で683系のしらさぎに乗換え。そういや米原はJR海とJR西の境界駅だ。初めて乗る北陸本線だが景色はそれほど面白いものではない。琵琶湖東岸の平坦な地形で線形は単純。しかし線路から琵琶湖はまったく見えない。余呉のあたりでようやく水面が見えたと思ったらすぐにトンネルに入り峠越えにかかる。山のなかで湖西線と合流すると近江塩津駅。このあたりは高速道路の立体交差を彷彿とさせる線路配置で、鉄道模型のレイアウトのようだ。この先の北陸本線はループで有名だが、ループが必要なのは勾配をのぼっていかなくてはいけない上り線で、いま走っている下り側にループは不要。というわけでループ線の下を2回くぐるとまもなく敦賀に到着。かつて北陸本線の交直セクションは米原付近にあったが、近年敦賀の先、北陸トンネルの手前に移された。よく耳をすませていればモーター音が静かになったのがわかるが、車内の照明が落ちたり空調がとまったりということがなくなったので普通にしているときづかないだろう。武生では福井鉄道の駅と線路が目に入る。福井駅前は(新幹線延伸は未定なのに)一大工事中。金沢までくると北陸新幹線の高架橋がすっかりできあがっている。試運転まで始まっているのだから当然だが。ちょうど日が暮れるころに富山着。東京からは約5時間。そういやこないだ台風のときに「飛行機が飛ばなくなったので東京から新幹線を乗りついで5時間かけて熊本にたどりつきました」というコメントをしていた人がいたけど、「5時間なら近いじゃん」と思ってしまう三十一はやっぱり特異なんだろう。

富山駅はまだまだ工事中で、現在の駅舎の東側に新しい駅舎と駅前広場、そして南北連絡軌道を建設中。写真は余命半年の現駅舎。
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富山に一泊して、翌朝の特急「ひだ」で名古屋方面に向かう計画だが、「ひだ」の大半は高山始発で、富山から出るのは8時と13時の2本。正確にいうとこのあとにさらに2本あるのだが、「日中ルール」にひっかかるので使えない。午前中を富山で過ごして13時の列車を使うというのも考えたが、とにかく高山まで行ってしまえば選択肢が増えるのであとはそのとき考えようということになり、8時の特急でまずは高山に向かう。
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しばらくは富山平野の稲作地を進む。速星ではいまどき珍しい工場への引き込み線とヤードが。越中八尾は「おわら盆」で有名だがいまは時季外れで数組の観光客が乗ってきただけ。ちょうどこのあたりから山地のにおい(比喩的表現)がしてきた。猪谷までくるとすっかり山の中。ここからはかつて神岡線(神岡鉄道)が分岐していたが、むしろ現在ではJR西日本とJR東海の境界駅として機能している。この列車も乗員(運転士と車掌)が交代した。猪谷はすでに県境を越えて岐阜県に入っているのだが、線路脇を流れる川は相変わらず後ろ方向、つまり富山県に向かって流れている。

1時間半ほどで高山着。名古屋に向かう列車を乗り捨てる。
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次の特急は約2時間後。まず駅前に見て地図や観光案内を見てそれから先のことを考えることにする。地図にあった観光地でまず目についたのが飛騨代官陣屋跡。それから高山城跡。飛騨国は江戸時代、比較的早い時期に藩主が移封され天領(幕府直轄領)になった。高山城は移封前の藩庁だが、天領になってからは城は破却され陣屋で代官が政務を執った。問題は、陣屋は駅から比較的近いところ(徒歩10分くらい)にあるのに対し、城跡は山の上にあるということ。とりあえず陣屋まで行ってみる。
陣屋は賑わっていた。正確にいうと陣屋前で朝市が催されていてその朝市が賑わっていた。本命であるべき陣屋に関心を寄せている人はあまり多くなかったようだ。三十一はちょっと陣屋の入り口をのぞいてみた。入場料430円が惜しかったわけではないが、あまりゆっくりもしていられないので外から写真をとるくらいにしておく。
陣屋を出て次は城跡をめざしてみたが、想像以上に登りがきつく、城山の入り口にたどりついたところで引き返した。あとはぐるりと街をまわって駅を目指す。

率直な感想として、想像以上に街は賑わっていた。特に外国人観光客が目立つ。これまで三十一は数多くの地方都市をめぐってきたが、これくらい賑わっているのも珍しい。正直なところ、三十一でさえ一泊くらいしてみてもいいかもしれないと思ったくらいだ。観光地としてのネームバリューがあることも助けになっているだろうが、(外国人も含めて)観光客に徹底して便利にしようとしていることが伝わってくる。ただ、高山駅の旅行代理店は来月に閉鎖されてしまうそうだが。

とは言え、三十一の最優先事項が別にあるので、1時間ほどで駅に戻ってきて11時半の特急のきっぷを確保する。時間帯がちょうどいいので飛騨牛の駅弁を買って列車に乗り込む。高山を出てしばらくのあいだは相変わらず川が後ろに(日本海側に)流れていく。飛騨一ノ宮で高山盆地は終わり、トンネルをくぐって久々野に出ると分水嶺を越えたらしく川が反対側(太平洋側)に流れるようになる。ここから高山本線は飛騨川のつくる渓谷をひたすら下っていく。川は右側になったり左側になったりするので、どちらに座るのがいいとかいうのは特になさそうだ。強いていうなら運転席直後かなあ。
急に風景が開けて美濃国にはいったことがわかる。ずっと一人旅をつづけてきた高山本線に左から線路(太多線)がよりそうと美濃太田。平地に降りてきて明らかにスピードが上がってきた。右手に岐阜城が見えると近代的な高架橋をかけあがって岐阜駅着。ここから進行方向が変わるが、せいぜい20分くらいのことなので誰も座席の向きを直さない。同じような現象は秋田新幹線の大曲~秋田とか、佐世保線の早岐~佐世保でも見られる。

思ったよりも早く、2時過ぎに名古屋着。適当な新幹線で東京へ。

10月17日の旅程:
東京(1233)→米原(1445) 513A
米原(1456)→富山(1729) 9M

10月18日の旅程:
富山(0800)→高山(0931) 1026D
高山(1124)→名古屋(1402) 28D
名古屋(1442)→東京(1623) 230A

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