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2015年2月13日 (金)

公平さは利便性に優先するか

最近、テレビでは「日本はこんなにすごいんだ」という自己満足に浸る番組が数多く放送されている。その中で鉄道が取り上げられることも多い。
しかし三十一は日本の鉄道がそんなにすごいとは思わない。むしろ危機感すら抱いているのだ。車両や設備などのハードウェア、運行管理や信号などのソフトウェアは確かに優れていると言っていいだろう。しかし都市交通/地域交通/都市間交通の中で鉄道をどう活用していくかというビジョンが決定的に欠けている。

例えば首都圏の場合、東京特別区内だけでも鉄道事業を展開している業者はJR東日本(東海は新幹線のみなのでひとまずおく)、地下鉄2事業体(東京メトロ、都営地下鉄)、大手私鉄7社(京急、東急、小田急、京王、西武、東武、京成)、その他6社(埼玉高速鉄道、北総鉄道、東京モノレール、ゆりかもめ、りんかい線、つくばエクスプレス)で総計16事業体となる。一部相互乗り入れはあるものの、基本的にはすべて別運賃となり、会社をまたぐたびに清算して切符を買いなおさなくてはいけない。この上バスもあるから、慣れない人間には理解不能であろう。いまどき銀行だってもう少し融通が利く。

三十一が10年以上前に出張で数ヶ月をすごした海外の某都市では、市内の地下鉄とバスはすべて一律2ドルだった。何度乗り換えても2ドルぽっきりである。バスと地下鉄の乗り換えは改札を通らない仕組みになっており、バス同士を乗り換える場合は乗り継ぎ券を発行してくれる。はじめはこの仕組みがよくわからなかった(言葉のせいもある)が、いったん理解してしまうと明快で簡潔だ。日本でも地方の路面電車などで同様のシステムを採用しているところがある。だが東京などの大都市では、上記のように多数の事業者が乱立しているためにこうした均一運賃の導入は不可能だといわれている。こうしたシステムは、海外の多くの都市交通や、日本の地方都市のようにひとつの事業者が独占しているから可能なのだ、という。はたしてそうだろうか。

均一運賃のバリエーションとして、エリア運賃制がある。路線網をいくつかのエリア(ブロック)に分け、同一エリア内であれば均一運賃、エリアをまたがる場合にはエリアの数によって運賃が決まる、という制度だ。これだとエリアをまたがる短距離区間で割高になりそうだが、隣のエリアまでを均一運賃としてエリアをふたつまたがる場合から運賃を上げるようにすれば問題はない。エリア運賃制の導入はときどき議論されるが、事業者間の運賃清算が難しいとして具体化していない。

日本の鉄道事業者は独立採算が建前なので、少しでも運賃を取りそこなうような施策には及び腰だ。たとえば相互乗り入れによる直通運転が可能な場合であっても、運賃清算ができないために直通しないケースがある。具体的に見てみよう。これは川島令三が自著の中で紹介しているケースだが、現在JR埼京線は大崎からりんかい線に直通して新木場まで運転している。新木場ではJR京葉線に接続しているが、実はりんかい線とJR京葉線の線路はつながっていて、直通運転ができる。しかし直通運転をしてしまうと、例えば新宿から舞浜などという区間を乗車した場合に、ずっとJRに乗車していたのか、りんかい線を経由してきたのかが判別できなくなってしまう。これだけが直通運転をやらない理由だというわけではないだろうが、大きな要因になっているかもしれない。

実際には、事業者をまたがる路線であっても事業者間で協定を結べば均一運賃やエリア運賃は可能だし、通算して運賃計算するようなこともできるだろう。しかし現実にはこうした動きはまったく見られない。現在の相互乗り入れの仕組みでは、ひとりひとりの乗客が支払った運賃のうち、いくらがそれぞれの事業者の収入になるかが正確に判別できる。別々の運賃を合算した価格で表示された切符をあらかじめ購入するという仕組みなのだから当然だ。この仕組みを根本的に変えて購入した切符に対して選択可能な経路(事業者)が複数あるとすると、乗客の利便性は向上するが事業者にとっては正確な運賃の収受が難しくなる。この場合は旅客数の統計に応じて該当する区間の収入を事業者間で按分することになるだろうが、現在のような10円単位(あるいは1円単位)での清算は不可能だ。ある程度は「どんぶり勘定」にならざるを得ない。この方法では利用者の間で不公平感が生じる、というのが事業者の言い分だが、実のところ「本来はとれたはずの収入が入ってこなかったら困る」というのが本音だろう。「ひとつひとつをきっちり把握して正確に清算すればどこからも文句は出ないだろう」というのはいかにも日本人らしい律儀さの発露だが、違う見方をすれば公平さを優先して利用者の利便性を犠牲にしているとも言えるのである。

三十一がいま求めるのは、多少の運賃の収受漏れがあったとしても、利便性が向上することによって乗客が増え、結局は収入が増えて企業の利益にもなるという発想の転換である。こうした発想の転換は単に運賃制度のみならずいろんな面に波及するだろう。こういう提案をすると「現在ではICカードが主流になって運賃の収受が自動化されているのでそこまでの必要はないのでは」という反論が予想される。海外や地方からの一時訪問者に対して「とにかくカードに適当にチャージしておけば勝手に引いてくれるから」とアドバイスするのは乱暴ではあるが一番手っ取り早く確実だろう。しかし、あとになって別の経路で行けばずっと安く済んだということを知らされたとき、不満に思わないわけがない。不明瞭で複雑な運賃制度は、テクノロジーで覆い隠しきれるものではないのだ。

日本にとって強みのある分野である、ということで鉄道の海外輸出がうたわれるようになってからそれなりの時間が経っているが、正直なところ期待値に比べて成功しているとは言いがたい。日本では欠陥機メーカーと思われているボンバルディア社は鉄道の分野では世界三大メーカーの一角を占めており(他はジーメンスとアルストム)、日本のメーカーは大きく水をあけられている。最近、日立の車両がイギリスで採用されて話題になったが、逆に言うと話題になるくらい珍しいニュースだということになる。
「海外の鉄道関係者を日本に招いて」みたいなニュースをときどき見かけるが、はたしてこちらが見せたいものと向こうが見たいものが一致しているだろうか。向こうのリップサービスに舞い上がって「いい手ごたえだ」などと暢気に構えているうちに、他国に受注をさらわれるようなことがなかったといえるだろうか。

三十一の危機感はやまない。

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コメント

自国賛美の番組が流行る、少なくとも視聴率がとれると踏んで放送するのは国民が自信を失いかけていることの裏返しでしょう。

自国の長所を確認するのもいいですが他国のいいところも視てみたいですね。
自画自賛で満足していては人も国も成長しません。

日本に後どれくらい成長の余地があるかわかりませんが工夫できることはまだあるように思います。
鉄道運賃の回収方法もそのひとつですね。

投稿: hiro | 2015年2月14日 (土) 11時53分

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