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2015年3月12日 (木)

ひむかしの野にかぎろひの立つ見えて

今回は駆逐艦陽炎(かげろう)。厳密に言うと二代目。

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うしろにうつっているのは、比較のために並べてみた長良。
一隻竣工するごとに毎度悩むのが次の建造艦を何にしようかということ。在庫は豊富に取りそろえているので逆に選びきれない。最初はもうちょっと大物にしようかとも思っていたのだが、とりあえず軽く駆逐艦にでもしておこうかと思って、WLシリーズから出ている甲型駆逐艦の中では一番新しいアオシマの陽炎を選んだ。選んでから気づいたのだが、これが何故か2個あったので最終的に確定。

直前に作った長良がタミヤだったのでどうしても比べてしまうのだが、マストや蒸気捨管のような細い部品をランナーにつなげるところをどうしてこうした形にしてしまうのか理解に苦しむ。例えば艦尾旗竿の場合でも、それほど長くもない部品であるのに先端と根元の二個所でランナーとつながっている。どちらから切っても力の逃げ場が無くて不用意に切ると折れたり曲がったりしてしまう。プラ用のノコギリがほしいと思ったよ。そういうツールもあるのは知っている。

それにしても「陽炎(かげろう)」というのはいかにも日本的な名前だ。
陽炎は「実体のない、はかないもの」のたとえによく使われた言葉だが日本以外の諸国の考え方では軍艦につける名前としては適当とは思われない。しかし日本は他国でよくつけられているような勇猛な単語や都市名はつけられない(山や川といった自然地名はよくつけられる)。
かつて秋月型駆逐艦が建造されていたころ、「宵月」「春月」「花月」といった艦名を聞いて「待合みたいな名前ばかりつけやがって」と言われたという話が伝わっている。まるで料亭の名前のようだ、ということだろう。こうした名前を好んでつけ、他国でよくつけられるような内容の名前を忌避するという発想は日本人特有のものと言っていいだろう。三十一は日本人の特殊性を強調するのはあまり好きではないが、こうした感覚は(よしあしは別として)特筆してもいい。もっとも、最近はこうした感覚もだいぶ変わってきたように思う。

ただ、戦前の軍艦では「陽炎」は2代にわたって命名された名前だが、戦後の自衛艦としては「かげろう」と命名されたフネはない。言葉そのものがなじみが薄くなったというのもあるだろうが、それよりも戦後は基本的に平仮名で表記されるようになったということが大きいと思う。「かげろう」だと「陽炎」ではなく「蜉蝣」を思い浮かべる人のほうが多いかもしれない。

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