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2015年6月17日 (水)

古鷹山登れ

古鷹山というのは特に高いわけでも有名なわけでもないが、海軍士官の間ではよく知られた山だった。というのは、広島県江田島の海軍兵学校の北にそびえる山だからだ。標高は394メートルに過ぎないが、こうした縁から大正期に建造され初めて20センチ砲を搭載した巡洋艦に命名された。

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今回は制作するにあたってひとつ実験してみることにした。
それは毎日、会社から帰ってきてから少しずつでも必ず作業をすることにしたら、どれくらいで完成できるだろうかというものだ。
結果として月曜に初めて翌週の火曜日に完成、ということで9日間だった。途中土日を挟んでいるが横須賀に行ったりしたので平日とそれほど作業時間は変わらない。一日2~3時間として20時間くらい、ということになるが半分以上は塗装の乾燥待ちだろう。

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2015年6月14日 (日)

(出)雲に乗る

と、言うわけで撮り直し。
今度は下手に露出をいじらずカメラに任せた。なのでもしうまく撮れてなかったら三十一ではなくキヤノンのせいだ。

まずは全体図。
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高い位置の飛行甲板までエンクローズドされた船体はボリューム感満点だ。近くで見るとのしかかってくるような感覚すら覚える。

とりあえず乗艦してエレベーターで飛行甲板に上がる。
アイランドの横(実際は少し艦首寄り)に人がかたまりになっているのが前部エレベーターだ。
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艦首付近から後方を写した写真。広角側で撮ったので広さが目立つ。
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同じように艦尾付近から見た写真。
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アイランドの全景。
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さてこれは昨日から気づいていたがブリッジの窓に桜のマーク。
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桜ふたつは海将補の印。つまり第1護衛隊群司令の斎藤海将補が座乗していることを示している。実はマストには将旗が掲揚されているのだがうまく開かない。風が全然吹いていないというわけでもないのだが。しばらく粘ってようやく撮れた。
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飛行甲板上から横須賀総監部の庁舎を見ると屋上には桜3つの将旗。
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吉倉桟橋には護衛艦たちが係留されている。
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一番手前は「きりしま (DD-174)」、一番奥に「てるづき (DD-116)」。その間には「たかなみ (DD-110)」「ゆうぎり (DD-153)」「せとぎり (DD-156)」が見える。実は「ゆうぎり」の向こうに「あぶくま」級が1隻碇泊しているのがわずかに見えるのだがわかるかな。さすがに艦名まではわからなかった。

降りて艦尾へ。
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ところで昨日と比べると港内の顔ぶれに少し違いが見られた。まず気づいたのは「そうりゅう」級潜水艦がいなくなっていたこと。今日横須賀には「おやしお」級潜水艦が3隻停泊していたが、昨日は「そうりゅう」級が1隻いたのだ。それから吉倉の奥に碇泊していた「えんしゅう」が今日は見当たらない。
土日なのに出動してるのか、ご苦労様だなあとか思っていたら、米軍のアーレイ・バーク級駆逐艦が入港してきた。フライト I の DDG-62 USS FitzGerald だ。
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米軍の入港作業をじっくり見ることができたのは貴重だった。

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T-AGM-25 ハワード・O・ローレンツェン

横須賀で公開があるので行ってきた。
先月ごろに案内を調べたときには確か公開対象に新鋭艦は含まれていなかったと思うのだが、前日に改めて確認してみたら「当日のお楽しみ」と勿体ぶった記述になっていた。もしやと思って半ば期待しながら行ってみたら、公開されていたのは1隻のみ、しかも「いずも」だった。

写真を500枚以上とりまくったのだが露出を間違えて大半は使い物にならない。まったく使えないというわけではないのだが、公にできるようなレベルではない。
数少ない成功作から、艦内のハンガーを写した写真を載せておこう。なかなか撮れない写真だ。

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ハンガーと甲板の行き来に前部エレベーターが使われていたのだが、動くたびに「おお」とどよめきが上がるのが面白かった。

さて「いずも」もさることながら三十一が気になったのはこれ。
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ぱっと見、何かの建造物のようだがこれはドック入りしている米軍のミサイル追跡艦だ。この任務には長らく「オブザベーション・アイランド」があたってきたが、数年前に除籍されて代艦が就役していると聞いていた。きっとこれがそれなんだろうとは思ったが艦名がわからない。帰って調べてようやくわかったよ。 T-AGM-25 USNS Howard O. Lorenzen と言うそうだ。巨大な2基のレーダーアンテナが印象的だ。

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2015年6月12日 (金)

文官統制

防衛省設置法改正案が一昨日成立した。
防衛省内での背広組と制服組の立場を対等にする、というもので制服組長年の悲願がようやく実現の運びにいたったわけだが、どういうわけかマスコミではこの改正についてすこぶる評判が悪い。

戦前の軍部が政府の制御がきかず暴走した反省に立って作られた制度が骨抜きにされた、という論調だが、そもそも「文民統制」を「文官統制」と混同してできあがってしまったいびつな制度を是正しようとしているのに、マスコミの側では相変わらず混同している。

だいたい何時の世でもどこの世界でも、有事に強硬論を吐くのは自分が(あるいは身内が)戦場に行く心配がない立場にある層である、というのは少し考えればわかることだ。ならば実際に戦うことのない背広組がむしろ制服組よりも強硬になる、ということがあっても不思議ではない。

現在の仕組みでは、制服組が強硬論をぶち背広組が慎重論に立つときに背広組が抑えることはできる。しかし逆に制服組が慎重論に立って背広組が強硬論をぶつ場合は(それだって充分あり得ることだ)、制服組が背広組を抑えることはできない。最終判断は大臣がするものだが、下から強硬論だけが上がってきたときにそれを真っ向から否定して慎重論を貫くのは容易ではない。

今後背広と制服が対等になったときには、それぞれの意見は同等の重みで大臣に具申されることになる。背広組(官房長や各局長)は政策的見地から、制服組(幕僚長)は軍事専門的見地から意見を述べる。最高責任者である大臣はそれぞれの立場からの意見を天秤にかけて判断することになろう。
こうなると大臣の責任が非常に重くなるが、本来官僚や幕僚というものは政策を立案して具申するのが仕事で採用の責任はすべて選挙で選ばれた大臣にある(正確に言うと、選挙で選ばれた国会議員に選ばれた総理大臣が選んだ防衛大臣にある)。今回の改正ではこうした責任の所在を明確化するという効果があるだろう。こうなると単なる派閥の数合わせによる順送り人事で指名されたような大臣では勤まらない。実際、現(中谷)大臣、前(江渡)大臣、前々(小野寺)大臣、前々々(森本)大臣と多かれ少なかれ防衛に関わってきた経験をもつ人材が就任する事例が増えてきている。こうした傾向は悪いことではないと三十一は考えている。少なくとも「大事な内容だから官僚に答弁させます」などと恥じらいもなく答弁するような大臣よりはずっといい。

先日紹介した本に書かれていたが、戦後警察予備隊が発足したときに顧問役の米軍人から「文民統制でなければいけない」と言われても当時の日本側に(官僚も政治家も軍人も)「文民統制」が何であるか理解している者はいなかった。日本国憲法はすでに3年前に施行されていて、その条文には「国務大臣は文民でなければいけない」と明記されていたのだが、実態はこうした状態だった。そこで戦前から馴染み深い官僚を「文官」と「武官」に分類する発想に基づいて「『文官』が『武官』を統制するもの」と誤解して作り上げたのがこれまでの文官優位の仕組みだ。指導にあたった米軍人が想定していたのは当然アメリカ流の文民統制であり、アメリカの文民統制には文官優位の規定などない。最近では「文民統制 Civilian Control」という呼び方は誤解を招くとして「政治統制 Political Control」という呼び方がされることもあるようだ。
本来の「文民統制」は、選挙で選ばれたわけではない軍人に対して有権者に選挙された政治家を優位において軍をコントロールすることで、最終的な責任を有権者に帰結させるという仕組みだ。民主主義国家においては国家によるすべての事業の最終的責任は主権者である国民に帰結するという大原則を軍事にも適用した結果である。
「政治家と文官の二重チェックがきかなくなる」と報じたマスコミがあるが、これまでの実態は本来政治家がするべきチェックを選挙で選ばれたわけではない文官に丸投げしていただけで二重チェックになっていない。文官がチェックするというのは民主主義の理念からすると理屈に合わないのだ。単に「文官は軍人よりも平和を愛好するに違いない」という思い込みに頼った仕組みでしかない。もし二重チェックさせたいなら、重要事項については防衛大臣あるいは総理大臣だけでなく主要閣僚で合議して決定する必要があるとすればいい。実はこの仕組みはすでに存在していて「安全保障会議」と呼ばれる。その上には閣議もある。いずれも有権者の付託をうけた政治の仕組みだ。

繰り返しになるが、文民統制の要諦は「民主的な意思決定に軍事組織が完全に従うこと」だ。「民主的な意思決定」とは「選挙によって示された主権者たる国民の民意」にほかならない。だから三十一は主権者の一人として意見を示す。これこそ「文民統制」だ。

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2015年6月 7日 (日)

日向国の大河

昔「おおよど」という名前の特急列車があったことを憶えている人がどれくらいいるだろう。昭和54年から昭和60年まで、博多から熊本-八代-人吉-吉松-都城を経由して宮崎まで運転されていたディーゼル特急だ。日豊本線の特急「にちりん」の間合い運用だったが、「にちりん」がすべて電車化されるのに従って廃止された。

いっぽう、旧日本海軍の軽巡洋艦「大淀」は昭和18年に竣工したが昭和20年7月に呉で米艦載機の空襲をうけて大破転覆し浅瀬に横倒しの状態で終戦を迎えた。

偶然の一致だろうが、短命に終わったのは共通だ。

さて現在「大淀」はアオシマから出ているがかつてはフジミが出していた(フジミのキット自体は今もある)。三十一が模型制作を始めた70年代後半、日本海軍の主要艦艇がほぼキット化された時代にあって名の知れた艦艇で同型艦まで含めて製品化されていなかったのが「大淀」だった。結局「大淀」が発売されたのは1979年のことである。だから三十一にとって「大淀」は少し特別だったのだ。

今回は制作に2ヶ月間くらいかかったけれど、最初の3日間と最後の一週間くらいが実働期間であとは机の上で放置されている状態だった。ある日ふと見るとうっすらとホコリをかぶっていてさすがにこれはマズいと思ったので慌てて馬力をかけ始めたというわけだ。

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時間をかけただけあってわりとちゃんとできたと思う。

ところで海上自衛隊の護衛艦「おおよど」はもうすぐ竣工から25年になる(1991年1月23日就役)が、いまだ健在である。

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2015年6月 3日 (水)

2015年5月の打ち上げ

今月は少ないなあ。3件。うち1件が失敗。
ロシアとアメリカとヨーロッパで仲良く1件ずつだが、失敗のクジを引いたのはロシアだ。

16日 0547GMT バイコヌール/プロトン (Mexsat 1) - 失敗
20日 1505GMT ケープカナベラル/アトラス5 (X-37B 他)
27日 2116GMT クールー/アリアン5 (DirecTV-15 他)

打ち上げに失敗したのはプロトン。これまでアッパーステージの Briz-M が原因となっているケースが多かったが、今回は本体が原因とみられている。あまり詳しい情報が出ていないのだが、三段目の軌道制御(姿勢制御?)がうまくいかなくて軌道が下向きになり濃い大気につっこんで空力破壊にいたったらしい。プロトンの三段目のエンジンは RD-0213 一基で姿勢制御はバーニア式。三重冗長の制御回路が異常動作したのか、それともバーニアの弁あるいは燃焼室・ノズルそのものが破壊したのか。

ロシアでは、三週間前に打ち上げられたプログレス補給船が、打ち上げそのものには成功したにも関わらず制御不能に陥って本来は国際宇宙ステーションに届けられるべき物資をむざむさ大気圏内で焼いてしまうはめになった。つづいての失敗でだいぶ危機感が高まっているらしい。

Orbital Launch Chronology

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