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2015年6月12日 (金)

文官統制

防衛省設置法改正案が一昨日成立した。
防衛省内での背広組と制服組の立場を対等にする、というもので制服組長年の悲願がようやく実現の運びにいたったわけだが、どういうわけかマスコミではこの改正についてすこぶる評判が悪い。

戦前の軍部が政府の制御がきかず暴走した反省に立って作られた制度が骨抜きにされた、という論調だが、そもそも「文民統制」を「文官統制」と混同してできあがってしまったいびつな制度を是正しようとしているのに、マスコミの側では相変わらず混同している。

だいたい何時の世でもどこの世界でも、有事に強硬論を吐くのは自分が(あるいは身内が)戦場に行く心配がない立場にある層である、というのは少し考えればわかることだ。ならば実際に戦うことのない背広組がむしろ制服組よりも強硬になる、ということがあっても不思議ではない。

現在の仕組みでは、制服組が強硬論をぶち背広組が慎重論に立つときに背広組が抑えることはできる。しかし逆に制服組が慎重論に立って背広組が強硬論をぶつ場合は(それだって充分あり得ることだ)、制服組が背広組を抑えることはできない。最終判断は大臣がするものだが、下から強硬論だけが上がってきたときにそれを真っ向から否定して慎重論を貫くのは容易ではない。

今後背広と制服が対等になったときには、それぞれの意見は同等の重みで大臣に具申されることになる。背広組(官房長や各局長)は政策的見地から、制服組(幕僚長)は軍事専門的見地から意見を述べる。最高責任者である大臣はそれぞれの立場からの意見を天秤にかけて判断することになろう。
こうなると大臣の責任が非常に重くなるが、本来官僚や幕僚というものは政策を立案して具申するのが仕事で採用の責任はすべて選挙で選ばれた大臣にある(正確に言うと、選挙で選ばれた国会議員に選ばれた総理大臣が選んだ防衛大臣にある)。今回の改正ではこうした責任の所在を明確化するという効果があるだろう。こうなると単なる派閥の数合わせによる順送り人事で指名されたような大臣では勤まらない。実際、現(中谷)大臣、前(江渡)大臣、前々(小野寺)大臣、前々々(森本)大臣と多かれ少なかれ防衛に関わってきた経験をもつ人材が就任する事例が増えてきている。こうした傾向は悪いことではないと三十一は考えている。少なくとも「大事な内容だから官僚に答弁させます」などと恥じらいもなく答弁するような大臣よりはずっといい。

先日紹介した本に書かれていたが、戦後警察予備隊が発足したときに顧問役の米軍人から「文民統制でなければいけない」と言われても当時の日本側に(官僚も政治家も軍人も)「文民統制」が何であるか理解している者はいなかった。日本国憲法はすでに3年前に施行されていて、その条文には「国務大臣は文民でなければいけない」と明記されていたのだが、実態はこうした状態だった。そこで戦前から馴染み深い官僚を「文官」と「武官」に分類する発想に基づいて「『文官』が『武官』を統制するもの」と誤解して作り上げたのがこれまでの文官優位の仕組みだ。指導にあたった米軍人が想定していたのは当然アメリカ流の文民統制であり、アメリカの文民統制には文官優位の規定などない。最近では「文民統制 Civilian Control」という呼び方は誤解を招くとして「政治統制 Political Control」という呼び方がされることもあるようだ。
本来の「文民統制」は、選挙で選ばれたわけではない軍人に対して有権者に選挙された政治家を優位において軍をコントロールすることで、最終的な責任を有権者に帰結させるという仕組みだ。民主主義国家においては国家によるすべての事業の最終的責任は主権者である国民に帰結するという大原則を軍事にも適用した結果である。
「政治家と文官の二重チェックがきかなくなる」と報じたマスコミがあるが、これまでの実態は本来政治家がするべきチェックを選挙で選ばれたわけではない文官に丸投げしていただけで二重チェックになっていない。文官がチェックするというのは民主主義の理念からすると理屈に合わないのだ。単に「文官は軍人よりも平和を愛好するに違いない」という思い込みに頼った仕組みでしかない。もし二重チェックさせたいなら、重要事項については防衛大臣あるいは総理大臣だけでなく主要閣僚で合議して決定する必要があるとすればいい。実はこの仕組みはすでに存在していて「安全保障会議」と呼ばれる。その上には閣議もある。いずれも有権者の付託をうけた政治の仕組みだ。

繰り返しになるが、文民統制の要諦は「民主的な意思決定に軍事組織が完全に従うこと」だ。「民主的な意思決定」とは「選挙によって示された主権者たる国民の民意」にほかならない。だから三十一は主権者の一人として意見を示す。これこそ「文民統制」だ。

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