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2015年7月25日 (土)

むかし神奈川県、いま東京都

現在、東京都下と呼ばれている三多摩地方(北多摩郡、西多摩郡、南多摩郡)は明治のなかばまで神奈川県に属していた。
しかし日本海軍では軽巡洋艦の艦名は川から命名することになっていて、したがって本当は東京都と神奈川県の境界(下流では)を流れる川、とせねばなるまい。

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さて相変わらずの昔話で恐縮だが(なにしろネタはいくらでもあるので)、三十一は幼少のころに多摩川まで歩いて5分ほどのところに住んでいたことがある。艦船模型を作り始めたころにはもう引っ越してしまっていたのだが、それでも三十一にとって馴染み深い川だ。
だから、三十一が艦船模型を作り始めたときに最初に手にした模型が「多摩」だったのは偶然ではないのかもしれない。今となっては当時の記憶もおぼろげだ。
その後、WLシリーズを片っ端から作りまくっていたので、製作の順番などはほとんど覚えていないのだが、最初に作った3つだけははっきり覚えている。それは
・初春型駆逐艦「有明」
・球磨型軽巡「多摩」
・高雄型重巡「愛宕」
である。
このうち「愛宕」はリニューアルされ、「有明」はラインナップから外れてしまった。だから現在でも同じ模型が手に入るのは「多摩」だけだ。
一番最初に「多摩」を作ったのはよかったのかもしれない(いや悪かったのか?)。
部品数は手ごろだし、シンプルな構造。それでいてモールドはシャープで見栄えがする。一見して難しそうな前檣も、それぞれの部品がぴたりと合ってきっちり仕上がる。このあたりはタミヤのよいところが発揮されている。さすがに古いキットだけあってバリが目立つが、考えてみれば半世紀近く前のキットでまだこの程度なら驚異のメンテナンス能力と言っていいだろう。

構造はシンプルだが建造には時間がかかった。ご他聞にもれず一時的に建造が中断していたため。
どうも三十一は船体の大まかなスプレー塗装が済んでから、細かいモールドを筆塗りし始めるまでの間に放置してしまうパターンが多いようだ。今回もそのパターンだった。スプレー塗装から筆塗りに移る間に、本人も意識していない見えない壁があるのかもしれない。ただ今回は再開しようとするタイミングで台風が来襲して窓を開けられなかったという事情もある。
今回は少し工夫して、塗装で手間のかかる部分を先にまとめて仕上げてしまうことにした。実は「塗装で手間がかかる部分」というのは艦載艇なのである。わりと細かい部品なのでランナーにつけたまま作業することが多かったのだが、今回は全部まとめて切り出して両面テープで持ち手(100均で買った割り箸だ)にとりつけ、その状態で作業を行なった。ちょっと大変だが、まとめていっぺんに作業した分全体の効率は上がったと思う。
艦載艇や煙突頂部など、塗装で気をつけなければいけない部分が済んでしまえば、あとはランナーに残ったパーツをスプレーでまとめて軍艦色で塗りつぶし、組み立てながら必要に応じてレタッチすれば済む。

実は、個々のフネの製作とは無関係に艦載艇をまとめて塗装してストックしておけばだいぶ楽になるだろうな、とも思ったのだが、肝心の「艦載艇をまとめて塗装」の作業自体が精神的にかなり厳しくなりそうなのでやめておこう。

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2015年7月22日 (水)

有司専制

明治初め頃の日本の政治体制を「有司専制」と呼ぶことがある。
「有司」とは司にあるもの、つまり現に官についているもので、選ばれた少数のエリートが政権を専断することを「有司専制」と呼ぶのだ。

先週、NHK で自民党の高村副総裁が安保法案について「支持率が低下しても仕方が無い」と発言したのを観た(たまたま観ていた)ときに、この「有司専制」という言葉を思い出した。その同じ週末にやはり NHK で放映された NHK スペシャルで、戦後の歴史を概観して「岸と吉田」というふたりの基本的な政治姿勢を対比していた。その中で岸も同じようなことを言っていたが、もともと戦前からの官僚だった岸には「有司専制」的な姿勢がうかがわれる。そしてその岸の孫が今の安倍総理だ。

実は日本の政治体制はデモクラシー(民主主義)の皮をかぶったオリガーキー(寡頭政治)でしかないのではないかと、最近思うようになった。そしてその責任は寡頭政治(有司専制)を実行している為政者の側よりもむしろそうした状況を許している国民のほうが重いのではないか。先日の NHK の番組でも、「かつての PKO 法案などでもそのころは強い反対論があったけれど、現在では多くの国民が支持している」と言っていた。それも確かに一面の真実だが、「どうせのど元を過ぎれば忘れてしまうだろう」と高をくくっているのも否定できまい。

明治初めの「有司専制」は、一般には「藩閥政治」と呼ばれる。
本人たちの主観はともかくとして、少数エリートによる支配は「派閥性」を免れない。ごく小さい、近しい仲間のあいだで合意をとって進めるのは効率的ではあろうが、こうした小さなコミュニティーにおいてはできあがった関係性を壊すような動きは生まれにくい。大きな変化がない時代ならそれでもよかったのかもしれないが、短い時間で情勢ががらっと変わってしまうような変化の激しい時代や、小さなコミュニティーの論理が通用しない外部(外国など)との交渉が必要な時代(つまり現代だ)では対応しきれない。

安保法制は一言でいうと選択肢の自由度を高める法制だ。「政府の自由にさせたら危ない」というのはそれも「あなたまかせ」の議論でしかない。選択肢の広がったツールのうちそのときの情勢に応じて何を選択し何を使わないかを、その都度侃々諤々の議論を経て決めていくのが本来の民主主義であろう。

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2015年7月15日 (水)

「海軍戦略家キングと太平洋戦争」


三十一にとってキングと言えばスティーブン・キングでもマーチン・ルーサー・キングでもなくまずこのアーネスト・キングである。

「出て来いニミッツ、マッカーサー」という歌があったらしいが、日本人にとって当時も今も太平洋戦争を指揮したアメリカ海軍軍人といえばまずニミッツであり、次いでハルゼー、スプルーアンスといったところか。しかしキングを挙げる人はほとんどいない。

キングは開戦時に合衆国艦隊司令長官でまもなく海軍作戦部長を兼ね、戦争中ずっとこの職にとどまった。陸軍参謀総長のマーシャルと並んでアメリカの戦争計画を指導した。極論してしまえば日本はキングに負けたのだ。

アメリカでは陸軍参謀総長(マーシャル)、海軍作戦部長(キング)、陸軍航空隊総司令官(アーノルド)と大統領幕僚長(リーヒ)からなる統合参謀本部が合議してルーズベルト大統領に助言し、大統領が決定するという仕組みが確立していた。責任は明確である。
しかし日本ではこうした最終責任者はいない。天皇は統治権の総覧者であるが責任は輔弼者が負うことになっている。陸軍の作戦については参謀総長が、海軍の作戦については軍令部総長が、陸軍の兵力整備に関しては陸軍大臣が、海軍の兵力整備については海軍大臣が、そして政務全般については内閣総理大臣が輔弼にあたった。しかし内閣総理大臣も閣内各大臣への指揮権はなく、各大臣はそれぞれの職務に関して天皇を補弼した。

責任者が何人いることやら。

こうした体制で何か決めようとしても合議がまとまるはずもなく、玉虫色の結論になるか結論を先送りにするのが関の山だ。
しかしこれは体制の問題だろうか。かつてに比べるとだいぶ責任が明確になった現在の体制でも同じような結果になっていることが多いように思う。結局のところ、日本人が自分たちの肌に合う体制を選んだのだろう。現在の体制はアメリカの影響が大きい。それも占領期が済んでからだいぶ骨抜きにされたが。

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2015年7月 1日 (水)

2015年6月の打ち上げ

今月は5件、うち失敗1件。
先月の3件よりは多いが平均的な月に比べるとまだ少ない。ロシア2、中国1、ヨーロッパ1、アメリカ1。

5日 15.23.54GMT プレセツク/ソユーズ (Cosmos 2505)
23日 01.51.58GMT クールー/ヴェガ (Sentinel-2A)
23日 16.44GMT プレセツク/ソユーズ (Cosmos 2506)
26日 06.22.04GMT 太原/長征4B (高分8)
28日 14.21.11GMT ケープカナベラル/ファルコン9 (CRS-7) - 失敗

Orbital Launch Chronology

何と言っても話題はファルコン9の失敗。
昨年のアルテミスの失敗で失われた千葉工大の流星観測カメラが再度の打ち上げを目指して搭載されていたが、またもや失われてしまった。同情に堪えない。
しかしマスコミは「NASAのロケットがまたも失敗」と十把ひとからげにしているが、アルテミスはオービタルサイエンス社の、ファルコン9はスペースX社のロケットでそもそも作っている会社が違う。

今回の失敗もアルテミスのケースとはだいぶ違う。
映像を見ると、エンジンには何の問題も見られず、2分過ぎまで順調に動作しているが、突然ロケットの先端付近で破壊が始まって、そのまま機体全体が分解した。あまりに突然で思わず巻き戻して見直したくらいだ。分解の瞬間までエンジンは正常に動作していたように思われる(打ち上げ直後に比べて噴炎が広がっているように見えるが、気圧の低下によるもので問題ではなかろう)。
破壊が始まった瞬間、機体の先頭付近で霧が広がったように見えた。突然空気抵抗が大きくなったんだろう。

いまのところ原因は不明だ。上段のタンクが過熱して破裂したとか、フェアリングが破損したとか、ペイロードの固定が断裂したとか、共振が起きて構造材が破断したとか、妄想はいくらでもできるけどね。

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