« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月28日 (金)

「加賀」もまだ二代目

いずも級ヘリコプター搭載護衛艦の2番艦、いわゆる 24DDH が今日進水して命名式が行われた。

「かが」だそうです。

ヘリコプター搭載護衛艦の命名ならびに進水式について」(ジャパンマリンユナイテッド)

三十一は二年前、「いずも」が命名されたときに艦名を予想して「ひたち」というのを挙げたけれど案の定見事にはずした。

旧国名に由来する艦名でかつて存在していたもの、という条件を設定して考えると実はほぼ「かが」(加賀)で決まりだろうというのはあらかたの予想通りである。
ためしに、この条件にあたるものを挙げてみると

陸奥、武蔵、相模、加賀、信濃、伊勢、山城、大和、河内、和泉、摂津、丹後、出雲、石見、安芸、周防、長門、肥前、日向、薩摩

と20を数える。なじみの少ない名前が混じっているが、多くは日露戦争で捕獲した旧ロシア海軍の戦艦だ。太平洋戦争当時在籍していたものに絞ると

陸奥、武蔵、加賀、信濃、伊勢、山城、大和、摂津、出雲、長門、日向

と11になる。このうち「伊勢」「日向」「出雲」は使用済み。残りは8つ。
「摂津」は標的艦に改造されて籍を残しており、日露戦争に参加したわけでもないので除こう。
「陸奥」「信濃」「山城」は縁起が悪いので選びにくかろう。残り4つ。
「大和」「武蔵」は本当の「とっておき」で、また命名は議論を呼びそうなので避けるだろう。

こうして見ると「長門」「加賀」しか残らない。

個人的には「長門」はいいんじゃないかと思うのだが、聯合艦隊旗艦としてあまりにも名が知られていたのでどうも避けたいという気持ちがあるらしい。このあたりは「大和」「武蔵」に準ずる扱いなのかもしれない。もうひとつ、今の安倍首相が山口県出身なので「ながと」とつけようという雰囲気になる可能性はある。しかしこれも首相が山口出身であることが逆の方向に働くことも考えられる。結論としては「長門」は避けておいたほうが無難だろう。

こうなるとみごとに「加賀」に絞られ、そしてその通りになった。「空母」つながりという関連もあることだし。

ただ「加賀」が上海事変とか日中戦争に参加したことを理由に中国が反発するんじゃないかという懸念が指摘されているけど、そんなことを言い出したらそもそも当時のフネと同じ名前はほとんどつけられなくなってしまう。たとえば隼級水雷艇なんかも対中国作戦に参加しているけど、海自のミサイル艇に「はやぶさ」と命名されたときに中国が文句を言ったという話は聞いていない。
だったら、かわりに「やまと」とでも命名すればよかったのかな。「大和」は対中国作戦とはほとんどかかわりが無かった。

そんなことより問題なのは、これで本当に在庫を使い尽くしてネタ切れになってしまったこと。
今後、「いずも」級に匹敵するようなフネができたときにどこから命名するのやら。
前歴に目をつぶって「信濃」を使うとか(個人的に「しなの」の響きは好き)。
あるいは旧国名でもこれまで使われてこなかった国名を使うとか。
それこそ「常陸」とか(諦めが悪い)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月25日 (火)

「歴史認識とは何か」


まずは恒例の指摘から。

1945年7月、ポツダム会議に関する記述だが、

・・・17日の正午に、スターリンがモスクワから電車で到着して、・・・・

(p.254 より)

モスクワからベルリン近郊のポツダムまで線路を復旧するだけでも大変だったろうに、電化までしてたなんて知らなかったよ(棒読み)。

ま、そんなツッコミは置いておこう。
三十一は歴史学の本をわりと読んでいる。いわゆる「歴史の本」ではなくちゃんとした学者が書いた、論文とまではいかなくても真面目な本をだ。こうした本を読んでいて思うのは、教科書や一般に流布している歴史雑誌の見方と、最近の歴史学の見方のあいだに大きな違いがあることだ。具体的にはこの本のはじめのほうに解説があるが、教科書的な(あるいは19世紀の歴史学者ランケ的な)、「史料をたんねんに読み解いていけばひとつに定まった歴史事実に行き当たる」というナイーブな見方はとっくに過去のものになった。膨大な史料が利用可能になった現在、史料の取捨選択によって歴史はどうにでも解釈できるようになる。すべての史料を平等に評価して客観的な歴史を再現する、というのは現実にはとてもできない。極端な話、「歴史事実」は人の数だけ存在するのだ。A国とB国で歴史認識が異なることを問題にする人がいるが、そもそも「国の」歴史認識があることが問題だろう。統一した歴史観を強制しようとするのは、歴史学の観点からは不健全だ。

日本人の歴史観は古くは中国から移入したものだ。そこに明治以降になって欧米流の歴史学が加わった。当時はレンケ流の歴史観が主流をなしていただろう。そのころにできあがった日本の教科書的歴史観、歴史の見方はほとんど変わっていない。アカデミックな領域では議論の的になり事実上過去のものになってしまった歴史観が、ポピュリズムの世界ではいまだに幅を効かしている。
同じようなことが国際情勢の認識についても言える。20年前に妥当だった情勢認識が、現在では不適切になってしまっていることに気づかない。「イギリスやフランスの植民地支配は非難されないのに、なんで日本は非難されるんだ」という主張をよく見かけるが、「時代が違っちゃった」のですよ。それがわからない限りは同じ誤りを繰り返すことになる。

密林の書評で低い点数をつけてる人がいて、「理念と力、最終的にどちらを優先するつもりなのだろうか」と疑問を呈しているが、そうした設問自体がすでにしてこの本の内容を読み取れていないことを示している。また「他国の指導者の判断ミス」があったことを指摘して日本の指導者にばかり責任を負わせてはいけないと言ってる人もいるが、日本人のひとりとして日本の指導者に求めるのはそうした「他国の指導者の判断ミス」も織り込んだ適切な判断であるべきだろう。さもなくば、ひとつの小さなミスも許されないというようなあまりにも硬直した政策立案になってしまう。戦争において誤りをまったく犯さないということはあり得ず、誤りの少なかったほうが勝利する、というのはそれなりに人口に膾炙した言い回しだと思うのだが、外交にも同じことが言える。他国の指導者が犯した比較的小さなミスをもって、日本の指導者が犯したより大きなミスが免罪されると考えるのはあまりにもご都合主義が過ぎる。

著者の歴史観をそのまま受け入れる必要はないが、日本が外国からどう見られてきたか、また現在どう見られているか、さらには今後どう見られるようになるかを考えていくための一助になるだろう。
現在、三十一が一番おそれているのはかつて日本が国外から「表裏の多い不信の国」と見られていた、そうした見方が再燃するのではないかということ。杞憂であるならいいんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月13日 (木)

UH-X

陸自の次期汎用ヘリ UH-X の開発に富士重工と米ベルの提案が選定された。
現用 UH-1 の発達型(双発化、4枚ブレード化など)であるベル412を原型にするというものだ。コンペである川崎重工はエアバスヘリコプターと組んで新規開発を提案した。陸自の評価は性能面では川重側に高得点をつけたが、開発期間、価格、ライフサイクルコスト、部品調達などの点で富士重側を評価して最終的に軍配を上げた。
当初、UH-X には川重が選定されていたのだが、官製談合騒ぎがあって白紙撤回されていた。その後要求が変わって国内生産が前提として付け加えられ、改めて提案を求めていたのが今回の選定になる。

実のところ、富士重の航空機部門、特に回転翼機部門はこのところ苦杯を舐め続けてきていた。OH-X では川重に破れ、AH-64 の受注を勝ち取ったものの途中で調達を打ち切られて初期投資が回収できなくなり防衛省と裁判沙汰に及ぶ始末。もう一社の回転翼機メーカーである三菱は海自 SH-60 や空自 UH-60 を納入しており、海自の次期対潜ヘリも確実と言われている。このまま推移すれば現在の三社体制が二社体制になりかねない、という危機感が富士重側と防衛省側の両方にあったのかもしれない。

そうした思惑はともかく、今回の選定の特徴は性能よりも価格や調達容易性を重視したことにある。高性能機種大好きな自衛隊にしては珍しい。
もっとも、陸自はもともと海や空ほどひどいカタログデータ至上主義というわけではない。近頃AAVやオスプレイといった高い買い物が続いたので、予算圧縮という圧力が働いたのかもしれない。しかし考えてみるとAAVもオスプレイも米軍ですでに実績がありまったく未知数な装備ではない。評価の定まった装備を揃えるというのはさすがに「用意周到」な陸自らしいとも言える。

陸自が使用する汎用ヘリは部隊や装備の輸送、負傷者の後送、連絡や偵察(連絡や偵察には OH-1 もあるが)と文字通り幅広く使用されるワークホースだ。カタログスペックのわずかな違いよりも、求められるのはまず数、そして信頼性と稼働率。取り扱いやすさなども大きな要素になるだろう。いったん計画が白紙になったおかげでそれほど時間に余裕はない。現用 UH-1 の減勢はすでに始まっている。開発に不確定要素が少なく、開発期間の短くてすむ既存機改修という提案が選定されたのは妥当だろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 6日 (木)

2015年8月の桜まとめ

先日予告したように、8月4日付の異動をまとめた。
将の昇任・退職は陸で7、海で4、空で1。
なお池田海将はこの異動で佐世保総監から呉総監に移ってました。先日の時点で気づかなかった。

(陸将)
磯部晃一・東部方面総監(防24)>退職
森山尚直・防衛大学校幹事(防26)>東部方面総監
小林茂・第3師団長(防27)>防衛大学校幹事
角南良児・中部方面総監部幕僚長(防27)>第3師団長(陸将補から昇任)

番匠幸一郎・西部方面総監(防24)>退職
小川清史・陸自幹部学校長(防26)>西部方面総監
深津孔・第4師団長(防26)>陸自幹部学校長
赤松雅文・第12旅団長(防26)>第4師団長(陸将補から昇任)

武内誠一・陸自富士学校長(防24)>退職
渡部博幸・第11旅団長(国学院大)>陸自富士学校長(陸将補から昇任)

松尾幸弘・陸自研究本部長(防24)>退職
太田牧哉・第7師団長(防26)>陸自研究本部長
田浦正人・北部方面総監部幕僚長(防28)>第7師団長(陸将補から昇任)

山下裕貴・中部方面総監(大分工大)>退職
鈴木純治・陸上幕僚副長(防26)>中部方面総監
山之上哲郎・第8師団長(防27)>陸上幕僚副長
岸川公彦・第14旅団長(防28)>第8師団長(陸将補から昇任)

市野保己・第2師団長(防24)>退職
住田和明・陸幕防衛部長(防28)>第2師団長(陸将補から昇任)

川﨑朗・第6師団長(防24)>退職
掛川壽一・第13旅団長(防26)>第6師団長(陸将補から昇任)

(海将)
鮒田英一・自衛艦隊司令官(東京大)>退職
重岡康弘・海上幕僚副長(防25)>自衛艦隊司令官
村川豊・海自補給本部長(防25)>海上幕僚副長
佐藤誠・航空集団司令官(防26)>海自補給本部長
眞木信政・統幕報道官(防26)>航空集団司令官(海将補から昇任)

伊藤俊幸・呉地方総監(防25)>退職
池田徳宏・佐世保地方総監(防25)>呉地方総監
山下万喜・海自幹部学校長(防27)>佐世保地方総監
大塚海夫・自衛艦隊幕僚長(防27)>海自幹部学校長(海将補から昇任)

河村正雄・護衛艦隊司令官(防25)>退職
山村浩・統幕防衛計画部長(防28)>護衛艦隊司令官(海将補から昇任)

鍜治雅和・潜水艦隊司令官(防24)>退職
道満誠一・海幕監察官(防26)>潜水艦隊司令官(海将補から昇任)

(空将)
岩成真一・航空開発実験集団司令官(防24)>退職
荒木文博・空幕総務部長(防28)>航空開発実験集団司令官(空将補から昇任)


ここからは現職の将を期別に並べてみた。
次期幕僚長レースの行方を妄想するのに役立つことだろう。

(1977)
海/河野克俊(防21)・統合幕僚長

(1978)
空/齊藤治和(防22)・航空幕僚長

(1979)
陸/岩田清文(防23)・陸上幕僚長
海/武居智久(防23)・海上幕僚長

(1980)
海/井上力(防24)・横須賀地方総監
空/杉山良行(防24)・航空総隊司令官
空/半澤隆彦(防24)・航空教育集団司令官

(1981)
陸/髙橋勝夫(防25)・統合幕僚学校長
陸/岡部俊哉(防25)・北部方面総監
陸/松村五郎(東京大)・東北方面総監
陸/永井昌弘(防25)・第1師団長
陸/川又弘道(防25)・中央即応集団司令官
陸/田口義則(東京学芸大)・陸自補給統制本部長
海/村川豊(防25)・海上幕僚副長
海/重岡康弘(防25)・自衛艦隊司令官
海/池田徳宏(防25)・呉地方総監
空/森本哲生(防25)・航空幕僚副長
空/平本正法(防25)・中部航空方面隊司令官
空/福江広明(防25)・航空支援集団司令官
空/吉田浩介(防25)・空自補給本部長
陸/飯塚稔(防25)・技本技術開発官陸上担当

(1982)
空/山田憲彦(防医5)・防衛医科大学校幹事
陸/森山尚直(防26)・東部方面総監
陸/鈴木純治(防26)・中部方面総監
陸/小川清史(防26)・西部方面総監
陸/赤松雅文(防26)・第4師団長
陸/掛川壽一(防26)・第6師団長
陸/江口直也(防26)・陸自関東補給処長
陸/太田牧哉(防26)・陸自研究本部長
陸/深津孔(防26)・陸自幹部学校長
陸/渡部博幸(国学院大)・陸自富士学校長
海/眞木信政(防26)・航空集団司令官
海/道満誠一(防26)・潜水艦隊司令官
海/堂下哲郎(防26)・舞鶴地方総監
海/坂田竜三(防26)・大湊地方総監
海/佐藤誠(防26)・海自補給本部長
空/尾上定正(防26)・北部航空方面隊司令官
空/小野賀三(防26)・空自幹部学校長
空/小城真一(防26)・技本技術開発官航空機担当
空/宮川正(日本大)・情報本部長
陸/千先康二(防医3)・札幌病院長

(1983)
陸/小林茂(防27)・防衛大学校幹事
陸/山崎幸二(防27)・統合幕僚副長
陸/山之上哲郎(防27)・陸上幕僚副長
陸/角南良児(防27)・第3師団長
陸/山本頼人(防27)・第10師団長
海/山下万喜(防27)・佐世保地方総監
海/池太郎(防27)・教育航空集団司令官
海/大塚海夫(防27)・海自幹部学校長
空/前原弘昭(防27)・航空総隊副司令官
空/丸茂吉成(防27)・西部航空方面隊司令官
空/荒木淳一(防27)・南西航空混成団司令
海/平田文彦(防医4)・中央病院副院長

(1984)
空/武藤茂樹(防28)・統幕運用部長
陸/住田和明(防28)・第2師団長
陸/田浦正人(防28)・第7師団長
陸/岸川公彦(防28)・第8師団長
陸/湯浅悟郎(防28)・第9師団長
海/山村浩(防28)・護衛艦隊司令官
空/荒木文博(防28)・航空開発実験集団

(1985)
海/舩木洋(横浜国大)・技本技術開発官船舶担当
陸/上部泰秀(防医6)・中央病院副院長

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 5日 (水)

2015年8月の桜

8月4日付で今年の夏の異動が発令された。

まず目についたのは陸自の東方、中方、西方総監がそろって退職したこと。
特に次期幕僚長候補といわれていた西方の番匠陸将が退職し、同期の磯部東方総監の退職とあいまって24期の陸幕長はなくなったと言っていいだろう。
5個方面隊のうち、東、中、西の総監が今回交代したので、次の陸幕長は北方総監の岡部陸将(防大25期)がいちやく大本命に躍り出た。ただし、今年の3月に総監に就任したばかりなので陸幕長交代の時期は来年以降になるだろう。それまでは岩田現陸幕長(防大23期)が留任することになる。となると、次期統幕長の可能性が十分考えられる。

海にも多少動きがあって、自衛艦隊司令官が交代した。
これで次期海幕長候補がやや絞られた。つまり24期の横須賀総監、井上力海将と25期の佐世保総監、池田海将だ。今回の異動で海幕副長から自衛艦隊司令官に転じた重岡海将も25期なので十分射程圏内。現海幕長の武居海将(23期)が1期で退職するなら井上海将、2期つとめるなら池田もしくは重岡海将だろう。

空はあまり大きな動きなし。航空開発実験集団司令官が交代したくらい。

データのまとめはいずれまた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 4日 (火)

2015年7月の打ち上げ

先月は7件。ロシア2、アメリカ2、ヨーロッパ1、中国1、インド1。
なんかほどよくバラけたなあ。

3日 04.55.28GMT バイコヌール/ソユーズ (Progress M-28M)
10日 16.28GMT スリハリコタ/PSLV (UK-DMC ほか)
15日 15.36GMT ケープカナベラル/アトラス5 (GPS)
15日 21.42.07GMT クールー/アリアン5 (MSG ほか)
22日 21.02.44GMT バイコヌール/ソユーズ (Soyuz TMA-17M) 有人
24日 00.07GMT ケープカナベラル/デルタ4 (WGS)
25日 12.29.04GMT 西昌/長征3 (北斗)

Orbital Launch Chronology

国際宇宙ステーション (ISS) 向けの物資補給ミッションが相次いで失敗していたが、3日に打ち上げられたプログレスは無事 ISS に到着し、補給物資を送り届けることができた。

6月28日に起きたファルコン9の打ち上げ失敗について、SpaceX 社は 20日に初期調査結果を公表した。
ファルコン9の2段目に使用されているマーリンエンジン(同じ名前の有名なレシプロエンジンがあるけれどもちろん別物)はガス押し式 Pressure Fed Cycle だが、加圧用のヘリウムガスボンベを固定していた支柱が破損して酸化剤タンク内の圧力を急上昇させ、タンクと機体の破壊をもたらしたと推定している。
このときはまだ1段目の燃焼中で、原因が2段目にあったとするとエンジンそのものに問題はなかったという見方は間違っていなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 2日 (日)

運転免許証で入国できるアメリカ

ずいぶん前にパスポートも切れてしまっているのだが、さすがに横須賀で米海軍艦艇に搭乗するためだけにパスポートを取り直す気にはなれなかった。

今日は米軍のフレンドシップデイ、兼海自のサマーフェスタなのでやや夏バテ気味だったが頑張って横須賀まで出撃する。
まずはJR横須賀駅で下車して海自へ。米軍はその後の成り行き任せのつもりだった。
案内によると公開艦艇は逸見岸壁と吉倉桟橋の両方に係留されている。一番近い逸見岸壁にはイージス護衛艦「きりしま」だったが外から眺めるだけで乗艦はパス。その奥に潜水艦が停泊していて、珍しく潜水艦にも乗艦できるようなのでまずそこに向かう。乗艦といっても甲板上までなのだが、それでも滅多にない機会なので逃すわけにはいくまい。なにしろこれだけの至近距離で現物を見ることができるだけでも貴重だ。残念ながらいま話題の「そうりゅう」級ではなく「おやしお」級の「やえしお」だったが。とりあえず行列から撮影した司令塔。一番わかりやすい画を掲載するが、最大望遠で吸音タイルの貼り付け状況を撮りまくった。まるっきり不審者だ。
Img_6612s

Img_6641s
乗艦して司令塔の後ろあたりから後方を写した写真。思ったよりも甲板が平坦なのが意外だった。もっと歩きづらそうな印象があったのだが、実際に乗ってみるとそうでもなかった。やはり現物に乗ってみないとわからない。話には聞いていたが、甲板上のいろんな構造物ができるだけ平滑になるように装備されていたのがよくわかる。なにかのフタをボルトで締めているのだが、そのボルト自体が穴の中に納まっていて突起部が無いようになっている。もちろんこれも撮りましたよ、いちいち載せないけど。

さて吉倉桟橋にまわって米海軍の駆逐艦 McCampbell に並ぶ。50分待ちということだったが時計を見ていなかったので実際どれくらい待ったかはわからない。個人的にはそんなに退屈しなかった。並んでいるあいだに後方から撮影した、逸見岸壁に停泊する「やえしお」と「きりしま」。
Img_6672s
身分証を提示して McCampbell に乗艦。いろいろ撮りまくったが面白そうなものだけを掲載しよう。
Img_6785s
前甲板で撮影した写真だが、艦橋直上のマストにとりつけられているおそらく航海レーダーがまっすぐ取り付けられておらず、右側に斜めに装備されているのがわかるだろうか。写真だとちょっとわかりづらいかもしれないが、実際にはアンテナが回転しているので目立つ。多少中心を外れていても機能的にまったく問題ないだろういというのはわかるのだが、日本ではなかなか出てこない発想だ。

Img_6765s
そして艦首旗。うまく開いているところを捕まえられなかったので見づらいと思うのだが、真ん中にヘビ(ガラガラヘビ)が描かれていて、旗の下部には「おれを踏んづけるな DON'T TREAD ON ME」と書かれている。もともと独立戦争当時にときのアメリカ海軍(コンチネンタルネイビー)の一部の艦艇に掲揚されていたものだが、同時多発テロ以降に再び使われるようになったものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »