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2015年8月25日 (火)

「歴史認識とは何か」


まずは恒例の指摘から。

1945年7月、ポツダム会議に関する記述だが、

・・・17日の正午に、スターリンがモスクワから電車で到着して、・・・・

(p.254 より)

モスクワからベルリン近郊のポツダムまで線路を復旧するだけでも大変だったろうに、電化までしてたなんて知らなかったよ(棒読み)。

ま、そんなツッコミは置いておこう。
三十一は歴史学の本をわりと読んでいる。いわゆる「歴史の本」ではなくちゃんとした学者が書いた、論文とまではいかなくても真面目な本をだ。こうした本を読んでいて思うのは、教科書や一般に流布している歴史雑誌の見方と、最近の歴史学の見方のあいだに大きな違いがあることだ。具体的にはこの本のはじめのほうに解説があるが、教科書的な(あるいは19世紀の歴史学者ランケ的な)、「史料をたんねんに読み解いていけばひとつに定まった歴史事実に行き当たる」というナイーブな見方はとっくに過去のものになった。膨大な史料が利用可能になった現在、史料の取捨選択によって歴史はどうにでも解釈できるようになる。すべての史料を平等に評価して客観的な歴史を再現する、というのは現実にはとてもできない。極端な話、「歴史事実」は人の数だけ存在するのだ。A国とB国で歴史認識が異なることを問題にする人がいるが、そもそも「国の」歴史認識があることが問題だろう。統一した歴史観を強制しようとするのは、歴史学の観点からは不健全だ。

日本人の歴史観は古くは中国から移入したものだ。そこに明治以降になって欧米流の歴史学が加わった。当時はレンケ流の歴史観が主流をなしていただろう。そのころにできあがった日本の教科書的歴史観、歴史の見方はほとんど変わっていない。アカデミックな領域では議論の的になり事実上過去のものになってしまった歴史観が、ポピュリズムの世界ではいまだに幅を効かしている。
同じようなことが国際情勢の認識についても言える。20年前に妥当だった情勢認識が、現在では不適切になってしまっていることに気づかない。「イギリスやフランスの植民地支配は非難されないのに、なんで日本は非難されるんだ」という主張をよく見かけるが、「時代が違っちゃった」のですよ。それがわからない限りは同じ誤りを繰り返すことになる。

密林の書評で低い点数をつけてる人がいて、「理念と力、最終的にどちらを優先するつもりなのだろうか」と疑問を呈しているが、そうした設問自体がすでにしてこの本の内容を読み取れていないことを示している。また「他国の指導者の判断ミス」があったことを指摘して日本の指導者にばかり責任を負わせてはいけないと言ってる人もいるが、日本人のひとりとして日本の指導者に求めるのはそうした「他国の指導者の判断ミス」も織り込んだ適切な判断であるべきだろう。さもなくば、ひとつの小さなミスも許されないというようなあまりにも硬直した政策立案になってしまう。戦争において誤りをまったく犯さないということはあり得ず、誤りの少なかったほうが勝利する、というのはそれなりに人口に膾炙した言い回しだと思うのだが、外交にも同じことが言える。他国の指導者が犯した比較的小さなミスをもって、日本の指導者が犯したより大きなミスが免罪されると考えるのはあまりにもご都合主義が過ぎる。

著者の歴史観をそのまま受け入れる必要はないが、日本が外国からどう見られてきたか、また現在どう見られているか、さらには今後どう見られるようになるかを考えていくための一助になるだろう。
現在、三十一が一番おそれているのはかつて日本が国外から「表裏の多い不信の国」と見られていた、そうした見方が再燃するのではないかということ。杞憂であるならいいんだけどね。

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