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2015年10月26日 (月)

並行在来線問題

一般に並行在来線問題とは、新幹線が新しく開業すると並行している在来線が不採算になるとしてJRから分離され、地元の第三セクターに経営が譲与されることにともなう様々な問題を総称して呼んでいるのだが、ここでいう「並行在来線問題」とはそういう意味ではない。

新幹線が開業すると、並行する在来線から特急などの優等旅客列車が廃止され、これから乗ろうとすると意外に乗りづらくなってしまう。
北海道新幹線が開通すると津軽線とか江差線に乗車しようとしてもローカル列車しかなくなってしまって、津軽線末端部分を乗り残すとアプローチ自体が大変になるので、そうなる前に津軽線を「処理」することにしたのだ。

例えば現在の東海道・山陽新幹線にしても、在来線の東海道本線とか山陽本線を乗り通そうとするとかなり大変だ。実際のところ、三十一は山陽本線(枝線を除く)を全線乗車しているが夜行列車を使ったので昼間に限定されるとほとんど乗っていないに等しい。
そして「並行在来線」で未乗車のまま残ってしまったのが上越線の山越え区間である。今この区間は一日5往復しか定期旅客列車は走っていない。新幹線開業前は特急だけで30往復以上走っていたのだが、もはや見る影もない。むしろ今は貨物列車のほうが多いんじゃないかな。

というわけで上越線に日帰りで乗りにいく。
実はもうひとつ理由があって、北海道旅行中に気づいたのだが酷使のせいか鞄の背負い紐が痛んでいて、さらに酷使すれば切れてしまいかねない。そのために急遽新しい鞄を入手したので、その試運転をしようと思ったのだ。

上越線の山越え区間では二個所のループ線が有名だが、このループは上り線にしかない。これが単線時代の本線だったわけだが、その後、複線化の際に長大トンネルである新清水トンネルを開通させてこちらを下り線にあて、旧線を上り線専用にしたのだ。だから新幹線で越後湯沢まで行って上り線を使って戻ってくることにする。
越後湯沢はだいぶ寒かった。長岡方面からやってきた列車は新潟支社色の115系2両編成。本数が少ないせいか意外に混んでいる。

越後中里を出ると下り線とわかれる。ここから土樽までの間にループ線があるはずだがトンネルが多くてよくわからない。気づいたら海抜599メートルの土樽駅。
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土合駅は下りホームがトンネルの中にあることで有名だが上り線は地上に出ている。ここから湯桧曽の間にもうひとつのループ線がある。はるか下のほうに見える線路がこれから降りて行く線路なのだろう。撮ってるときは気づかなかったけど、湯桧曽駅のホームが見える。
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水上駅で列車を乗りつぐ。駅から山の方向を見た写真。
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反対方向を見る。見えているのがこれまで乗ってきた列車。
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高崎に向かう列車は107系。途中、強風のために徐行したらしく数分遅れて高崎着。新幹線に乗り換えて帰宅。

本日の旅程:
上野(1022)→越後湯沢(1136) 315C
越後湯沢(1204)→水上(1240) 1734M
水上(1258)→高崎(1401+3=1404) 740M
高崎(1421)→東京(1512) 8642E

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2015年10月24日 (土)

イージーではない先代

およそ2ヶ月前に二代目が進水した「かが」だがこちらは先代。

実のところ「加賀」を今作るつもりはなかった。前回「飛龍」を作ったときに「次は決まっている」と書いたが実はそれは「加賀」ではない。
週末、模型店にいって目に入ったのがフジミの「特イージー」シリーズだ。プラの成形色を軍艦色にし、塗装の代わりになるようなシールをつけて塗装せずに完成できるという触れ込みだ。気にはしていたのだがそもそもベースはフジミの「特シリーズ」で、三十一はあまりいい印象がない。しかし「飛龍」でさんざん苦労したデカールが結果として大失敗に終わったこともあってちょっと疲れていたらしい。実際に作って見もしないで文句だけいうのはフェアじゃない、という気持ちもあってとりあえずひとつ買って作って見ることにした。そのときに選んだのが「加賀」である。

「加賀」を選んだのはそれほどはっきりした意味があるわけではない。最初は「安いの」と思ったが値段にはあまり差がなかった。シールが効果を発揮するのはやはり空母だろう、ということで空母の中から選ぶことにする。緑色に成形されていた「瑞鶴」にも食指が動いたが、結局は「加賀」になった。
実は、ウォーターラインで「加賀」を作った記憶がない。あの頃の乱造ぶりを思い起こすと作っていないとは考えられないのだが、記憶がないのだ。なのでいっぺん「簡単に」(という触れ込みなので)作ってみることにする。

本当に簡単に作れるのかを実証するためには、短期間に集中的に製作する必要がある。実際に作ってみると一週間くらいかかった。日曜に製作を開始して完成したのは日曜の夜。というか、すでに日付も変わって月曜の朝。夜が明けると北海道に出かけるまさにその日だ。まともじゃないな。さすがに撮影会をしている時間も気力もなかったので、完成披露が帰宅後になった。

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バックは前回の失敗作「飛龍」。あまり拡大して見ないでください。

レンズを通して遠目に見るとそこそこに見える。けど実際に近くで見るとどうしてもシールは厚いし、光沢があって安っぽく見える。飛行甲板はまだましだが、搭載艇とか後甲板とか、シールが浮いたりまたシールの上から接着したりということになって具合が悪い。結論としては、飛行甲板だけシールを使ってその他のシールは使わずに塗装するのが正解かもしれない。
シール以前に模型自体がイージーとは言えず、細かいパーツを丁寧につけていく必要がある。老眼にはきつい。組立て説明書の順番を信用すると痛い目をみるので十分読み込んでから実際の製作にあたることが大事。ちょっとでも隙間ができるとあとのパーツがつかなくなってしまうので、特に大きな船体パーツなどはマスキングテープなどでしっかり固定して完全に接着されるのを待つ必要がある。これは初心者には無理だなあ。

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半島縦断

いいタイトルが思いつかなかった。

今日は強行軍。
というのも函館に泊まるつもりだったのが宿がとれずに札幌泊まりになったせいだ。おかげで一日のうち14時間乗ることになった。精神的には平気なのだが身体がもたない。
朝いち、と行きたいところだが二番目の特急で函館に向かう。あとの日程の都合でどちらでも一緒なのだ。スーツ姿のビジネスマンと思しき乗客がけっこう多いが、苫小牧、登別、東室蘭あたりでだいぶ降りてかなり空いた。東室蘭を過ぎると非電化区間に入る。ただしこのあたりは単線と複線が入り交じっている。右手に有珠山と昭和新山が見える。秘境駅として名高い小幌駅を通過。JR北海道が小幌駅の廃止を検討しているとの報道が流れていたが、地元の自治体が費用を負担して存続を要望したとか。実際、今回も通過する列車から数名の人影が見えた。駒ヶ岳を左に函館平野に降りていく。大沼から渡島大野に向かって降りて行く勾配はかなり強い下り坂だ。来年の3月から下り特急がこの勾配を登ることになるのかあ。坂を下りきったところが渡島大野になる。函館に連絡するための新幹線駅を作るとしたらここがギリギリのところだったのだな、というのがわかる。右手に並行して新幹線のホームとそのホーム全体を覆う大きな屋根。在来線のホームと駅舎もすっかり新しくなっている。駅名標の「渡島大野」だが明らかに何かの上に貼っている。何か、って予定駅名の「新函館北斗」だというのはわかりきっているのだが。

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函館に到着した「北斗」。背景は、最初の計画では今日の午前中に登るつもりだった函館山。
津軽海峡線で本州へ。青函トンネルをくぐって津軽今別(予定駅名「奥津軽いまべつ」)付近で左側に津軽線の線路が見え、やがて海峡線の高架の下に隠れていく。まっすぐ新青森に向かう北海道新幹線の高架からわかれて新中小国信号場で津軽線に合流。帳簿上はここがJR北海道と東日本の境界なのだが、運転上の境界はその2駅先の蟹田。その蟹田で三十一は下車。

蟹田でわざわざ降りたのは、これまで未乗車の津軽線末端部分を踏破するため。この区間だけが青森県のJR(もとJRを含む)で未乗車のまま残ってしまったのだ。津軽海峡線を構成する新中小国信号場までは何度も乗車しているのに、末端部分は狙って乗車しないとまず乗る機会がない。ましてや、北海道新幹線が開業して津軽線の在来線特急がなくなってしまうとますます乗りづらくなる。というわけで、今回の旅行の重要な目的のひとつにしていたのだ。今回使用した「北海道フリーきっぷ」のフリーエリアには津軽線の蟹田~中小国が含まれている。往復経路上での途中下車は許されていないが、フリーエリア内なら乗り降りは自由だ。つまり、本来の意図とは違うだろうが蟹田での途中下車は可能になる。津軽線終着の三厩までは別運賃になるがそれは問題ではない。

もう二度と来ないかもしれない蟹田駅。まっすぐ撮ってみたらまともに逆光になってしまったので斜に構えてみました。
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こちらは蟹田駅の構内。
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津軽線の電化区間は701系電車が走っているが、非電化区間は国鉄の遺産であるキハ40。停車している下り線は実はこの直前にEH500がひく貨物列車が通過していき、それが行ってしまうのを待ってホームに据えられた。新幹線開業後も、貨物列車が行き交いその間を縫って701系とディーゼルカーの普通列車が走る状態は変わらないだろう。変わるのはそこから「白鳥」が引き算されること。789系はどこに行くのかな。「函館ライナー」には使われないようなので、改造して「スーパーカムイ」に使われるのかな。

閑話休題。
蟹田から終点の三厩までは約40分。まずは今来た道を戻って中小国、そして新中小国信号場。ここからが初乗車区間になる。海峡線から別れると(本来は「海峡線が津軽線から別れると」なのだが)すぐに北海道新幹線の高架をくぐって大平(おおだい)駅。ここからしばらく山越えになる。海峡線がトンネルで一気に抜けてしまう山を15分近くかけて越えると、津軽二股駅。この駅は海峡線の津軽今別と並んでいながら別駅扱いになっていることで知られている。津軽今別はさらに新幹線駅「奥津軽いまべつ」に格上げされることが決まっていて工事の真っ最中。今別駅で海岸線沿いに出る。正面にかすんで見えるのは北海道らしい。というのは、右手の岬の向こうに下北半島らしき影が見えたのであっちが北海道なのだろう。

緯度で言えば大湊線の下北駅のほうが北にあるのだが、津軽線最北端にして終着駅の三厩。
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折り返しの列車は青森まで行く。時間帯的に高校生が沢山乗ってくるだろうと覚悟していたのだが、思ったほど多くはなかった。大挙して乗ってきたのは終点のひとつ前の油川駅。青森から新青森に向かう列車は30分待ち。だが構内には時間を潰すような施設がない。改札を出ればあるのだろうが、何しろ途中下車が許されないのでね。途中下車できないのであれば構内で時間をつぶせるようにしてほしいなあ。繰り返しになるが、この「途中下車不可」という制限に何の意味があるのかさっぱりわからない。

ひと駅乗って新青森へ。新青森では「みどりの窓口」が改札の外にしかない。ここに来るまでに事前に特急券を買っておかなくてはいけないのかい? 実際には言えば出してくれたけどさ。
結果として最速の「はやぶさ」(新青森~東京 2時間59分)で帰京。

本日の旅程:
札幌(0730)→函館(1113) 5004D
函館(1204)→蟹田(1344) 4024M
蟹田(1419)→三厩(1500) 337D
三厩(1519)→青森(1653) 340D
青森(1729)→新青森(1734) 674M
新青森(1824)→東京(2123) 34B

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2015年10月22日 (木)

いまのところ毛は足りてます

駅からの距離が近いホテルを選んだんだが、思いのほか遠かった。「徒歩何分」というのは距離でしかないというのは知っていたのだがやっぱりだまされるよね。目の前に駅の入り口が見えるんだけど、信号がなくて渡れない。
旭川駅は数年前に高架になってしまった。前の地平駅、好きだったんだけどなあ。「地平駅愛好会」でも始めようか。ロータリーはすっかりきれいになっているけど、すぐ横には駅跡地と見られる空き地が残っていた。
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今日のメインイベントは末端部分の廃止が本決まりになった留萌本線。少ない列車にあわせたために旭川を出るのは10時すぎになる。時間に余裕はあるので選択肢は多い。結果として三十一が選んだのはオホーツクだった。なんとなく、原型のキハ183系に乗る機会が今後なさそうな気がしたので。この一本あとに普通列車があったのでそれでもよかったんだけどね。深川駅でオホーツクを見送る。
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留萌本線の列車は北海道でおなじみキハ54。二両連結されているがうしろはぶら下がりの回送車両で乗れない。
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写真には見えないがホームにも車内にも鉄分豊富な人々が多数見受けられる。実は留萌本線は9年前に乗車済みで今回が2度目なのだが、前に乗ったときはもっとずっと空いてたよなあ。普段からこれだけ乗客がいたら廃止にはならないだろうに。深川を出るとしばらくは札幌方面に向かって函館本線と並んで走り、やがておもむろに右に曲がって留萌に向かう。このあたりは石狩平野の北の端、地形は平坦。あとで気づいたんだが、このあたりは一面の田んぼ。その中を一直線に走る線路。こういう光景は北海道では珍しい。石狩川の支流である雨竜川を渡ると石狩沼田。恵比島あたりから山の気配がしてくる。ここからはかつて炭鉱鉄道が出ていた時代もあるのだ。世間では朝ドラで有名になったところだが。この先が峠越え。深川側からの上りはそんなに長くないけれど、反対側の斜面は海までだらだらの下り坂が続く。SL時代の逆方向の列車は大変だったろうなあ。なんとなく窓の外を見ていて、気づく。あれ、コメ? 稲穂が垂れてるあれはコメだな。ってことは田んぼか。今回の旅行では平地といえば牧草地だったからなんとなくそうだと思い込んでいた。三十一もだいぶ北海道に毒されてきたようだ。

留萌着。ぶら下がりの回送車両をここで切り離す。
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車両がちょっと暗いが背景が飛ばない程度に開けたせいだ。これ以上プラスに振ると背景が真っ白になってしまう。鉄の習性でどうしても車両に寄ってしまって背景がわからないことが多い。それはそれで悪い写真ではないのだがそればかりではつまらない。撮ってるときは気づかないのだがあとで見直してみて後悔することになるので、最近は意識してひいた写真を撮るようにしているのだ。

この先が来年度末(2017年3月)に廃止が予定されている区間。礼受(れうけ)、阿分(あふん)、信砂(のぶしゃ)、舎熊(しゃぐま)と難読駅名が多い。ちなみに礼受は「れ」で始まる数少ないJR駅で、この駅が廃止されてしまうと「れ」で始まるJR駅は室蘭本線の礼文(れぶん)だけになってしまう、というトリビアでした。このあたりは山が海に迫っていて東から西へ順番に山と線路と家と道路と海が並んでいるという風景が続く。地積が狭いせいか建物が途切れるようなことはない。ただし建物にはもはや使われていないと思しきものが新しい建物と入り交じっている。土地が狭いとはいってもそこは北海道、「建て替える」のではなく隣の空き地に新しく建ててこれまでの建物はそのまま放置するのかもしれない。ところどころに畑が見えるが自家栽培かせいぜい地場での消費のためだろう。生計を立てるには目の前の海に頼るしかない土地柄だ。前回来たときには天気が悪かった(増毛では小雨だった記憶が)せいかもっとずっと侘しい雰囲気だったが、今日は秋晴れで天気もいいのでそれほどでもない。

信砂あたりから少し景色が開けてくる。これまでは海岸段丘の根っこを走っていたがこのあたりはちょっとした扇状地らしく、ゆるやかな傾斜が海に向かって広がっている。やがて右手に増毛港が見えてきて、ぐるりと港をまわりこんだところに終着の増毛駅がある。折り返しまでの10分の間に乗客が駅の写真を撮りまくる。そんな光景。ちょっと離れたところからひきで撮ってみました。
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さらに引く。駅舎はあるけれど建物を通らなくても構外に出られます。
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増毛駅に停車中の車両と留萌本線の現在の終着の車止め。と、その脇にしゃがみこんで写真をとる女子鉄。
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折り返しで深川に戻る。右手には暑寒別岳、左手には雨竜山系。その鞍部を越えて再び石狩平野へ。確かに、よく見るとこれは刈田の跡だ。気づいたのは、田んぼの畦道が線路と垂直、あるいは平行に走っていること。内地のように田んぼができあがった後から線路が敷かれたケースでは、田んぼの方向とは無関係に、斜めに突っ切るように線路が敷かれていることが多いのだが、ここでは線路が先に敷かれてから田んぼが区画されたのか、田んぼの境界にあわせて線路が敷かれたのか、それとも田んぼと線路が同時に計画されたのか。

深川からまたもや特急に乗って札幌へ。今日は札幌泊。一日の乗車時間は6時間にしかならなかった。本当はもっと長くなるはずだったのだが宿が札幌しかとれなかったのだよ。

本日の旅程:
旭川(1011)→深川(1031) 12D
深川(1108)→増毛(1244) 4925D
増毛(1254)→深川(1428) 4930D
深川(1444)→札幌(1550) 3026M

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2015年10月21日 (水)

クロオの家

今朝の釧路は本当に最低気温2度まで下がったようだ。
しかしホテルを出た朝8時頃にはもうちょっと暖かかったようで、駅が近かったこともあってそれほど苦ではなかった。

今朝はまず根室まで往復。釧路から根室までは片道2時間半ちょっと。往復でも5時間くらいで戻ってこれる。近いじゃん、と思う三十一はだいぶ感覚がおかしい。少なくとも東京人の感覚じゃないよな。根室まではこれまで少なくとも3回は往復しているはずだが、それでもまた行きたくなる。この風景は日本ではここしか見られないからなあ。

通称花咲線の車両はおなじみキハ54。
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一見何の変哲もないように見えるが、側面にまわると変哲があり過ぎである。
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実は正面にも片鱗が。前の写真をよく見てみると気づくかもしれない。

二駅先の武佐をすぎると線路は山の中に分け入っていく。わずかな集落があるところに駅。駅が先か、集落が先か。どちらがニワトリでどちらがタマゴやら。
三十一が花咲線でまず気に入ったポイントは厚岸の先の湿原地帯。厚岸湾と厚岸湖、別寒辺牛川と湿原。時期にもよるだろうがハクチョウが群れている。
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茶内で待ちあわせのために10分以上停車。天気いいなあ。すっかり秋の空だ。
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実はこの風景にものすごく既視感があるのだが、過去の記録をひもといてみると2009年の10月16日にほぼ同じ時間帯の列車に乗っていてやはり写真を撮っていた。カメラが新しくなってるけどね。
爽やかな気分になったところだが、駅名標の横に思わぬ人物が。
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そして三十一的花咲線のポイントその2。落石岬。
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この風景を見るたびに三十一は「あの岬の突端に家を建てて隠棲したい」と思うのだ。無免許の天才外科医ではないが(C)手塚治虫

根室駅に到着して20分ほどで折り返し。帰りは写真ではなく、カメラのムービー機能で動画をとってみた。あの迫力は写真よりも動画のほうが伝わるんじゃないかと思うのだ。要するに三十一の写真の腕がないということなんだけどね。まだちゃんと見直してないけど、わりとちゃんと撮れてるような気がする。気が向いたらどこかに置くかもしれない。期待しないで待っててくださいな。今回撮影したのは昆布盛を少し過ぎたところから落石を経て別当賀までと、糸魚沢の少し前から厚岸まで。花咲線の前面展望ビデオがビコムあたりから出たら買うのに。

釧路に戻ってきて、スーパーおおぞらに乗りついで札幌に向かう。
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札幌からさらに旭川へ。高架になってから来たのは初めてだが、すでに真っ暗でよくわからない。これまたビコムの前面展望ビデオでは見たことがあるけど。

本日の旅程:
釧路(0811)→根室(1049) 5929D
根室(1108)→釧路(1318) 3630D
釧路(1334)→札幌(1744+4=1748) 4008D
札幌(1800)→旭川(1925+4=1929) 2031M

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2015年10月20日 (火)

きゅうてんにどしー

ホテルをでたら土砂降りだった。
駅前のホテルではあるものの、函館駅は駅前広場そのものが広く、なかなか駅舎にたどりつかない。できるだけ傘を開かないようにしようと思っていたのだが、仕方なく使う。午後からは晴れると聞いているので、これから乗る列車を降りるまでに乾いてくれるといいなあ。

函館駅は、高松駅や門司港駅と同じように頭端式のホームになっている。共通点はいずれも連絡船との接続駅だった歴史を持っていることだ。自由席を求めて後尾から先頭方向にむかって歩き出す。3号車、「自由席」と表示されてるけど、これグリーン車だよね。ちょうど駅員がいたので「自由席は」と聞いてみると「先頭の6号車と7号車です」との返答。「でもこれ『自由席』になってるけど」と指摘すると「確認します」と言ってバタバタし始めた。一瞬どうしようかと思ったけど付き合ってる暇はないので説明が正しいんだろうと踏んで先頭車両へ。希望通りの席を確保して発車を待っていると車掌のアナウンスが流れ始めた。「一時テロップが間違っていてご迷惑をおかけしました」とか言ってるよ。結果として問題なかったのでそれはいいんだが、あれは「テロップ」と呼ぶのかなあ。

函館を定時に発車し、まずは隣の五稜郭に停車。ここから先は非電化区間、のはずなのだが北海道新幹線の開通にあわせて渡島大野(予定駅名「新函館北斗」)まで電化工事中。架線柱の建植どころかすでに架線も張られていて電化区間の様相だ。風情がないなあと思いつつも、こうした施策で会社の収益構造が強化されて結果として非電化区間の存続につながるのならよしとせざるを得ない。非電化単線鉄道愛好会会長としては痛し痒しというところか。五稜郭の先には機関車がたむろしている。EH800が群れをなしていて、ここもすでに新幹線のための準備万端だ。

未来の新函館北斗駅(現・渡島大野)がいまどんな様子になっているか見てみようと思っていたのだが、そのひとつ手前の七飯駅から通称藤城線に入ってしまった。そういやそうだ、下り特急なんだから渡島大野は通らない。わかってたはずなのに忘れていた。藤城線は引きつづき非電化になるので今回の旅行で初めて架線の下から抜け出ることができた。しかし新幹線が開通すると、この区間を走る全ての特急列車が新函館北斗を経由することになって、藤城線は通らなくなるだろう。じゃあ藤城線を走る列車が残るんだろうか、と一瞬考えて「ああ貨物の下りだ」と解答にたどり着いた。というわけで今後も藤城線は安泰。ただ旅客列車が通らなくなるので時刻表からは消えるかもしれない。
大沼付近は紅葉。長万部からは室蘭本線に入る。車内の電光掲示板に「レールに亀裂、室蘭線で遅れ」と流れていたが今乗っているこの列車は定時で走っている。どこが現場なんだろうと注意していたが気づかなかった。あとでニュースを調べてみたところ、礼文駅付近でレールに亀裂があって軌道回路が切れていたらしい。

洞爺駅で団体客が大挙して乗り込んできた。ホームに並んでいるのを見て団体のわりには意外に若そうな面々が交じっていたので「さては」と思っていたら案の定中国人観光客だったらしい。空いていた隣の席にも中国人の(三十一よりは)若い男性が座った。三十一自身は経験がないが、かつて高度成長期に日本人が欧米にツアーで繰り出しているのを苦々しく見ていた現地の人々はこんな気分だったのかなと思った。人の振り見てわが振り直せというところだが、順番的にもう手遅れだ。南千歳で降りて千歳空港に向かうのではないかという期待をしていたのだが、結局降りずに終点の札幌まで行く気配。いっぽうで三十一は新札幌で列車を乗り捨てる。混んだ車内をかき分けるようにしてホームに転げ出る。

売店で昼食を買ってまた別の特急に乗る。空いてるなあ。さっきのが混みすぎてたのか。
終起点の札幌まで行かずに新札幌で乗り換えたのは、札幌まで行ってしまうと乗り換え時間が4分しかなく荷物を抱えた状態では難しいと判断したため。実際、これまで乗ってきた列車は2分遅れて新札幌に着いていた。乗り換える列車は定時に来たので、札幌も定時に出ていたのだろう。こうなると2分しか余裕がなく、もし違うホームだった場合には絶対に間に合わなかったろう。この列車を札幌で乗りつぐ人は普通いないだろうから定時に発車したからと言って責められないけどね。普通は南千歳で乗り換えるのだが、それだと1時間待ちになる。その間に北海道内のJR線で唯一未乗車の新千歳空港線を往復するというのも考えたけど、ほぼ全区間が地下になるので意欲がわかない。食事をするにしても店があるのかどうかもわからない。だったら新札幌で20分の待ち合わせというのが適当だろうと考えたのだが、結果として正解だった。

列車は南千歳から石勝線に入る。やがて右手から立派な複線の室蘭本線が近寄って来て、石勝線が室蘭本線に寄り添う形になる。普段ほとんど列車が走っていない室蘭本線が複線で、帯広・釧路方面への特急や貨物列車が行き交う石勝線が単線なのは、歴史的な経緯があることだが興味深い。実は苫小牧から室蘭本線で追分にショートカットする、というのを考えたのだが室蘭本線に適当な列車がなくあきらめた。ところが今乗っている列車は追分駅を通過して旧夕張線に入ってしまった。最初から無理な計画でした。

石勝線で数少ない駅や信号場を数えながら車窓を眺めるのは楽しい時間だが、トンネルも多くその間についつい意識を失って気づいたときには今どのあたりを走っているのかわからなくなる。しかしたまたま気づいたときに走っていた信号場で「あ、これ狩勝だ」と思った。どうしてそう思ったのかは自分でもわからない。でもそれは間違いではなく列車はあからさまに下りにかかり、景色もこれまでの山の中と違って開けてきた。空にも晴れ間が見えるようになり、綺麗な虹が現れた。明るい日の下で見る十勝平野は実に美しい。外国から来る観光客もこういう景色を見にくればいいのに。三十一がいないときにお願いします。

帯広で乗客は半分くらいになる。札内川、十勝川と続けて渡る。これまで三十一が十勝川を渡るたびに川原で牛が放牧されているのを見たのだが、今回は見かけないなあと思ったらいたよ、うずくまってた。線路は十勝川の左岸側(東側)の河岸段丘上を走っていく。大きな地図で見ているとそうは見えないが意外に起伏が多い。厚内から先では太平洋に沿って走るのだが、波打ち際を走るかと思えば海岸線から離れて少し内陸に入って小さな峠を超えたりと蛇行しながら進む。海岸線沿いを行けばずっと平らで直線的に走れるのに、と考えるのは本土の発想で、このあたりで平らな(平らに見える)土地はほぼ湿地帯だと考えるべきであろう。少しでも堅い地盤を探した結果が今の蛇行した路線なのだ。

草っ原の真ん中に錆び付いたタンクが建っている、と思ったらその脇に完全に倒壊した建物があった。枯れかけた草の間から屋根がのぞいていた。かつてこの土地を懸命に開拓した先人があったことを示しているのだがその努力もむなしく再び放棄されている。またしばらく行くと馬が草を食べていた。北海道で列車の窓から牛が見えるのは珍しくないが、意外に馬は見かけない。日高本線沿線でなければ、確実に見かけるのは室蘭本線の社台くらいなのだが、ここでも見られるとは知らなかった。

今日の日程を決めるとき、これまで釧路には何度も来ているのでもういいんじゃないかとも思ったのだが、実際に乗ってみるとやはり楽しい。何が楽しいのかは説明が難しいけれど。計画するときには飽きてしまっているのに、いざ実行してみるとちっとも飽きないというのはどういう心理なのだろう。要するに「好き」ということかな。だがさすがに写真は撮らなかった。

4時、釧路着。ホテルにチェックインして食事をするために外へ。しかし知ってはいたのだが釧路駅付近では食事をするところがない。釧路は好きだがこれだけが毎回困るのだ。幣舞橋近くまで歩いてオムライスなど食らってまた歩いて戻る。通りの上に気温が表示されていたのだが、9.2度でした。
天気予報によると明日朝の最低気温は2度だそうである。コートがほしい。

函館(0813)→新札幌(1139+2=1141) 5003D
新札幌(1200)→釧路(1600) 4005D

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2015年10月19日 (月)

6年ぶりの北海道

夏休みです。

「もう夏じゃないだろ」という指摘はもっともだが、9月にとるつもりだった夏休みが延び延びになってこの時期になったので主観的には夏休みなんである。

これから次の夏休みの時期までに予定されている大きなイベントと言えば、来年3月26日の北海道新幹線開業だ。というわけでその前に在来線を使って津軽海峡を超えておくことにする。

さて夏休みに入って一日目の夜に時刻表を調べていたら「北海道フリーきっぷ」というのをみつけた。JR北海道が「北海道フリーパス」というのを出していて、今まで何度か使ったことがあるのだが、こちらは似て非なるものでJR東日本が首都圏からの往復乗車券コミで出しているものになる。
北海道のものは道内フリーエリアのみで26230円、東日本のものは東京都区内からの往復運賃を含んで30650円。東京から青森まで普通に買うと片道だけで10000円を超えるので東日本のほうがオトクに見える。だが実は通用期間が北海道の7日間に対して東日本が5日間。この5日間の中には東京と北海道を往復する日程が含まれているので、実際には道内フリーエリアだけに使える期間は半分くらいにしかならない。まあ今回に関して言えばあまり日程に余裕がないのでそれでも十分だろうと判断して東日本のきっぷを使うことにする。

ただこのきっぷには不満がふたつある。
まず、東京都区内から北海道への経路で途中下車ができないこと。一時は、これがネックになって使用をやめようかとも思った。このへんの事情はのちほど。
もうひとつ、発売期間が利用開始日の前日までで、当日は買えないこと。土曜の夜にこのきっぷを知ったのだが、日曜に買うことになったので今回の旅行の始まりが月曜になってしまった。
このほかにも「週末パス」とか「三連休パス」とか企画商品には前日までしか買えないものが見受けられる。どうしてこんな制限があるのか三十一には理解できない。当日買えるならもっと使う機会が増えるのに、三十一だけでも少なくとも数回は販売機会を逃しているのだということを知れ。

昼過ぎの「はやぶさ」で青森へ。本当はもう少し早い列車にしたかったのだが、全席指定の「はやぶさ」では空きがある最速がこれだった。立ち席というのも考えたが、そこまで無理しなくてもたどり着けるので次を待つことにした。仙台まで行けば空席ができるだろうから、それでもよかったんだけどね。

新青森からは「スーパー白鳥」で北海道に渡る。新青森からいったん青森駅へ。青森運転所付近で窓の向こうをよぎった車両を見て「あー、カシオペアだなー」と一瞬流しそうになったがよく考えたらここは青森だ。札幌でも尾久でもない青森になんでカシオペアがいるんだろう。北海道新幹線開業に備えた試運転に関連してるのかな。
蟹田を出ると三十一が車窓外を見る目は鋭くなる。普通の乗客ならまず気にしないであろう、津軽線と海峡線の分岐となる新中小国信号場を観察するためだ。中小国駅は見逃したが、どうやらこれが新中小国信号場らしいという施設が見つかったのだが、三十一の記憶にある新中小国信号場とは印象が異なる。「こんなだったかなあ」と思っていたら、目の前に北海道新幹線の高架橋があらわれ、海峡線の複線はその高架橋を挟み込むようにして合流する。以前海峡線に乗ったのは東日本大震災より前のことだったから、その頃からはだいぶ様相が変わっているようだ。ここからは三線区間となって北海道新幹線と線路を共有する。この先には「奥津軽いまべつ」駅が工事中なはずだ。この駅名は三十一の好みではないが正式に決まってしまったのでそう呼ぶしかない。このまま工事中の駅構内を通過するのかと思っていたら、駅の手前で在来線は本線から分岐して駅の外側を迂回する形になった。いまこの駅は営業していないはずなので、これでいいのだろう。新幹線開業後はどうするのかな。在来線の列車はこの駅に停車しないのでこのままなんだろうか。

青函トンネルを通過中、トイレに行く途中で見てみると大半の乗客は寝ていた。まあそりゃそうだよな。車窓からは何も見えないし。
トンネルを抜けたときにはもう暗いだろうと思っていたが、思いのほか明るかった。5時くらいまでは景色が見えることがわかって少し心強くなった。しかし木古内に着くころにはすでに真っ暗。函館山もまったく見えない。函館には定時到着。覚悟はしていたがやはり寒かった。

本日の旅程:
上野(1226)→新青森(1529) 3019B
新青森(1539)→函館(1755) 4019M

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2015年10月 8日 (木)

2015年9月の打ち上げ

9月の終わりから10月初めにかけて、仕事が忙しかったりプライベートでもイベントがあったりして延び延びになってしまいました。
こういう場合、普通は「公私ともに多忙で」とか書くんだろうが、考えてみたら「仕事」もプライベートだよなあ。「公」じゃないよね。三十一は公務員じゃなくて私企業の従業員にすぎない。なので「公私ともに」とは書かないようにする。

閑話休題。
9月の打ち上げは一挙に12件。中国が5、ロシア3、ヨーロッパ2、アメリカ1、インド1。

2日 04.37.43GMT バイコヌール/ソユーズ (Soyuz TMA-18M) 有人
2日 10.18GMT ケープ・カナベラル/アトラス V (MUOS 4)
11日 02.08.10GMT クールー/ソユーズ (Galileo x 2)
12日 15.42GMT 西昌/長征3B (通信試験衛星)
14日 04.42GMT 酒泉/長征2D (高分9)
14日 19.00GMT バイコヌール/プロトン (Ekspress AM-8)
19日 23.01GMT 太原/長征6 (PhoneSat 他)
23日 22.00GMT プレセツク/ロコット (Strela-3M x 3)
25日 01.41GMT 酒泉/長征11 (PJ-1 他)
28日 04.30GMT スリハリコタ/PSLV (Astrosat 他)
29日 23.13GMT 西昌/長征3B (北斗 I2-S)
30日 20.30GMT クールー/アリアン 5 (Sky Muster, ARSAT 2)

数の上でも中国が目立つが、内容でも中国は目立っている。
19日の長征6と、25日の長征11はいずれも新型だ。

現在まで長征シリーズは長征2、3、4 とシリーズが作られてきたがいずれも同じ発展系列上にある。いわば兄弟分だ。だが長征6は新開発のエンジンを搭載したもので、これまでの長征シリーズとは一線を画したまったくの新型になる。長征6 の一段目のエンジンは YF100 と呼ばれるがケロシン/液体酸素を推進剤とする酸素リッチ二段燃焼サイクル・エンジンだ。この形式のエンジンはロシアにいくつか先例があるが一段目エンジンとしては西側では例がない。YF100 はロシアでゼニット・ロケットの二段目に使われている RD-120 を参照して製造されたと言われるが、そうそう一朝一夕にコピーできる代物ではない。また RD-120 と比べると推力が大きくなっておりデッドコピーではないことは明らかだ。これまでの長征シリーズは、技術的にはそれほど見るべきものはなかったが、この長征6 では技術的に大きな飛躍を遂げている。今後同じ系列でサイズの異なる長征5 や長征7 の打ち上げが見込まれている。

いっぽうの長征11は、比較的小型で最上段を除いた全段が固体燃料エンジンになっている。固体燃料ロケットは、液体燃料とはまた違ったノウハウが必要で、中国のロケット開発の裾野が大きく広がっていることをうかがわせる。小型ではあるが固体燃料だけあって即応性が期待でき、緊急に打ち上げの必要が生じたときに(比較的小型のペイロードに限られるが)タイムラグの短縮が期待できるだろう。今後商用打ち上げに充当されるかどうかはわからないが、商用の場合でもリードタイムの短縮は魅力だ。

Orbital Launch Chronology

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