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2015年11月17日 (火)

アイドリングストップ

ブランドと偶像

三十一がひそかに注目しているアイドルが何組かあるが、あえて名前は挙げない。ここで名前を挙げてしまうとあたかもマイノリティを宿命づけられたようであまりに不憫だからです。万一奇跡が起こって晴れてマジョリティになれる日が来たらそのときにカミングアウトすることにしよう。

どうやら三十一がカミングアウトする時が来たようだ。
しかし残念ながらそのときの想定と違ってマジョリティになったわけではない。

タイトルで見当のついた人もいるかもしれないが、この10月一杯で「全員卒業」という形で活動を終了したアイドルグループがある。

アイドリング!!!」だ。

小説でもドラマでもアニメでもマンガでも、三十一が好む物語の共通点は登場人物のキャラが立っていることだ。メンバーが特別かわいいわけでもなく、スタイルがいいわけでもなく、歌がうまいわけでもなく、ダンスが上手なわけでもなく、そろって若いわけでもないこのグループの(三十一にとっての)売りは、MCのバカリズムが引き出したそれぞれのメンバーのキャラクターだった。ドッキリを仕掛けられたり、相撲をとったり、罰ゲームをやらされているときに垣間見えるひとりひとりのキャラクターがリアルで面白かった。それが本当に「リアル」だったかどうかは一般人たる三十一には確かめようがないことだが、演出があったとしても気づかれないかぎりはどっちでもいいことだ。

活動終了はすでに4月に発表されていて、もう終わりが決まっているせいか最後のほうはかなりぶっちゃけた話も出るようになった。それによると「アイドリング!!!」のファンは2~3千人しかいなくてその中で「推し変」が繰り返されているだけだったという。「総選挙」に何万人も動員するどこかのグループとは大違いだ。しかしそれでも簇生するアイドルグループたちの中では動員力はあるほうだったろう。以前にも指摘したように

少数のコアなファンをあてにして(CD、イベント、グッズ、ファンクラブ会費など)堅実な商売を続けるのもひとつの方法論だろう。

というやり方を続けていくことも可能だったはずだ。
しかし「アイドリング!!!」の特異な点はプロデュースがテレビ局だったということだ。冠番組を放送するとか、イベントを主催するという点では有利に働いたかもしれない。当初のメディア露出という点でも有効だ。しかしテレビ局の本業はタレントをプロデュースすることではなく番組を放送することだ。上記のような方法でテレビに頼らずに活動を継続していくという選択肢はとれなかった。番組の打ち切りとグループの活動終了は連動せざるを得なかった。
もうひとつ、やはりテレビ局のスタッフは番組を作ることが本業でタレントのプロデュースではない。そこには自ずから違うノウハウがあるはずだが、番組のプロデューサーが結果としてグループのプロデューサーを兼ねるような形になった。秋元康とかつんくに匹敵するプロデューサーを雇えばよかったとまでは言わないが、ある程度経験のある専任のプロデューサーを外部から招聘するべきだったろう。

まあ、今さら何を言ってもあとの祭りだ。

正直、金銭的にも時間的にも体力的にもかなりの負担感があり、4月に「活動終了します」という発表を聞いたときには「やれやれ」という気持ちが少なからずあったことは否定できない。2年ほど前にプロデューサーが交代したときから、そう遠くない時期にこうした方向性が打ち出されるであろうことは覚悟していた。むしろ、よくここまでもったものだと思う。

状況を受け入れたつもりになっていた10月末、活動終了まで1週間を切った頃に夢を見た。この「4月に発表された10月いっぱいでの活動終了」そのものが壮大なドッキリだったという夢だ。

そうか、俺は終わって欲しくなかったんだ。
夢は正直だ。

残念ながら「活動終了」はドッキリではなく、「アイドリング!!!」は終わってしまった。

三十一が注目している(していた)アイドルは「アイドリング!!!」だけではなくまだ何組かあるけれど、そちらについてはまだカミングアウトしない。

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