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2016年1月 8日 (金)

奇跡は待つものではなく起こすものなのだよ

三十一にとって秋から冬はアメフトのシーズン。
年が明けて最初の週末にレギュラーシーズンの試合が完結して、プレイオフの面子が出揃った。

わが Denver は奇跡的に AFC のシード順1位となった。
ひいきの三十一ですら想定していなかったカンファレンス1位はまさに「奇跡」だ。なんと言ってもチームの要である QB が計算できない状態では期待するだけ無駄、というのが通り相場だ。そもそも昨シーズンのプレイオフで早々に敗退したのはエース QB の P. Manning が怪我のせいもあって調子が出なかったのが最大の理由であろう。もっとも、そこまでたどりついたのも Manning の力が与って大きいから、彼を責めるわけにもいかない。
それから半年のオフシーズンを経て始まった今年のシーズンでは、Manning のプレーぶりは目を覆いたくなるような出来だった。全盛期の Manning を見慣れた身からするとまるで別人。何より問題なのは Manning の強みであった相手の守備を読み取る力と臨機応変なプレー変更だ。判断力自体が衰えたとは思わない。しかしそれを実際に遂行する Manning の身体は本人が思った通りに機能してくれなかった。投げたパスが思わぬところに飛んでパス失敗やインターセプトを繰り返すという場面を、今シーズンの前半には嫌というほど見させられた。
それでも(これまた)奇跡的に全勝を続けてきたのは、何より守備陣のがんばりと、それから同地区のライバルチームの低迷に助けられてきた。しかしシーズン半ばになって Manning の身体はいよいよ動かなくなり、ついに先発 QB の座を控えの B. Osweiler に明け渡した。三十一はこの時点である程度見切りをつけた。Osweiler は4年目だがこれまで実戦の経験はほとんどない。Manning の後継という目論見で入団してきたものの、ほぼ新人と考えていい。全勝の蓄積もあるのでプレイオフにはいけるかもしれないがそれが精一杯だろうと予想したのだ。シーズンの残りの試合はスーパーボウルを目指すというよりも、むしろ Osweiler に経験を積ませることを第一に考えるべきだろう。三十一の頭の中ではすでに Manning は過去のプレイヤーになっていた。

Osweiler が先発 QB となった Denver はその後、何週かの間は勝ち続けていたがその後は負けが込んできて、地区成績では Kansas City に急速に追い上げられることになる(1勝5敗から10連勝で最終成績は11勝5敗)。
三十一が Osweiler のプレイを見ていた印象としては、背が高く、肩が強く、リリースが早いというフィジカルな面では利点が大いにあるが、プレッシャーを受けたときに往々にしてパニックに陥る面が見られる。経験が浅いので仕方ないことではあるのだが、対策としてはウェストコースト・オフェンスを軸にプレーを組み立てるのがよいのではないかと思った。背が高くてリリースが早い Osweiler はウェストコースト向きの QB のように思われた。ウェストコースト・オフェンスとはかつて San Francisco で一世を風靡した早いタイミングでの短いパスを多用するオフェンスだ。ウェストコーストはプレイのタイミングが早いのでプレッシャーが QB にかかりにくいオフェンスでもある。現ヘッドコーチの G. Kubiak はもともとウェストコースト畑のオフェンスコーチなので、得意分野のはずだ。しかしシーズン途中でプレースタイルを大きく変えるのは難しい。QB だけが変わっても周りの選手が対応できない。シーズン途中で QB が変わるというのはそういうことだ。変わった当初は勝つことができても、しばらくすれば相手チームに研究されて思うようには進めなくなる。シーズンも終盤に入ると、「あとひとつ勝てばプレイオフ確定」「あとひとつ勝てば地区優勝」といった重要な試合を何度も落としてその間に Kansas City に迫られていた。なんとかプレイオフは決めたものの、地区優勝は怪しくなってきた。

そこに起こった最後の奇跡が最終週の試合だ。この試合の前の時点で、Kansas City との勝ち星の差はわずかにひとつ。もし Denver が負けて Kansas City が勝つと並んでしまう。こうした場合に備えて NFL では Tie Breaker ルールを定めているが、それによると Denver は地区優勝を逃してワイルドカードに回ることになる。プレイオフでは上位チームが有利になるようになっているから、これは大きな違いだ。しかもこの間、カンファレンス首位を走っていた New England が調子を落として連敗していたので、もしこの試合で Denver が勝てば地区優勝の上シード順1位を獲得し、負ければワイルドカードに回ってシード順は5位(プレイオフは各カンファレンス6チーム)になってしまう。シード順1位になればトーナメント形式のプレイオフ一回戦は免除で一週間の休みとなる上、常にホームで試合ができることになる(これを Home Field Advantage と称する)。相手の San Diego はすでにプレイオフ落ちが確定しているが、QB の P. Rivers は Denver に相当強いライバル意識を持っているのでそう簡単に勝たせてはくれない。実際、試合はかなり白熱した展開になった。怪我から一応回復した Manning はユニフォームを着て Osweiler のプレイをベンチから観戦。しかし肝心の Osweiler のプレイがあまりぱっとしない。先取点は Denver がとったものの、自責他責とりまぜて4回のターンオーバーを喫して逆転を許す。それほど点差が開いているわけでもないし、時間はまだ充分あるのに経験の少ない Osweiler のプレーにはやや焦りが見えた。こういうプレッシャーのかかるシチュエーションでこそ、こうした経験の差が如実にあらわれる。
後半に入って少ししたころ、Osweiler に変わって Manning がフィールドに出る。三十一は正直びっくりしたし、危ぶんだ。何しろ三十一にとって Manning はすでに過去のプレーヤーだったから。しかし Manning が主導するオフェンスはあれよあれよという間に前進を続けて得点してしまう。強烈な印象を残した復活劇だ。冷静に観察すれば、Manning のプレーぶりは神がかり的だった全盛期には及ばない。しかし今シーズン前半のどん底の時期の動きに比べれば格段の改善が見られる。怪我の具合もだいぶ良くなってはいるのだろう。解説者も「ボールの回転を見ると怪我をする前よりもいいんじゃないか」とコメントしていたくらいだ。だがそれよりも重要なのは、休みの間に Manning 自身が自分のプレーぶりを客観的に観察して、今の自分の身体の状態で何ができるか、どこまでできるかをしっかりとイメージできるようになったことだと思われる。一番悪かった時期にはイメージとフィジカルがバラバラで、思ったプレーができていなかった。もともと Manning は実際にプレーが始まる前に展開をすべて予測してその計算の上で最適な選択をすることで結果を出してきた。Manning がそのイメージ通りにプレーを遂行できれば止めるのは難しいだろう。

全盛期のような爆発的な攻撃力はないものの、着実にプレーを進めた Manning の力で最終戦に無事勝利し、われらが Denver はシード順1位を獲得した。いったんは先発の座を確かなものにしたと考えられていた Osweiler だが、最後の最後で Manning との圧倒的な地力の違いを見せ付けられることになってしまった。来年以降はまだわからないにせよ、今年のプレイオフは Manning で行くことになるだろう。プレイオフ一回戦を免除されているのでスーパーボウルまで進んだとしても残りは3試合。スーパーボウル以外の2試合は地元でできるし、Manning の身体が万全とまではいかずともそれなりに機能するなら、一昨年以来のスーパーボウル進出、そして17年ぶりの優勝もまったくの夢物語とはいえない。

さらなる奇跡は起きるか。
俄然、期待感が高まってきた。

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