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2016年9月27日 (火)

山とキハ120

月曜の朝、岡山は雨。
今夜の宿はすでに広島に決まっている。それにはちゃんと理由があるのだが、ともかく今日中に広島まで行くことになる。新幹線を使えば1時間もかからずに着けるのだが、もちろん三十一がそんな簡単なことをするわけがない。

ダイヤの都合で岡山出発は11時過ぎになってしまうのだが、9時にホテルを出る。駅の窓口でちょっと面倒なきっぷの買い方をして、無事に目的のきっぷを手に入れたところで駅を出て駅前の電停に向かう。この時間にしたのは、平日朝のラッシュが一段落した時間帯を見計らったからだ。岡山電軌はわずか2路線。終着まで20分もかからないので全線に乗車しても2時間はかからないはず。駅前電停でまず来た東山行きに乗り込み、すぐ折り返して分岐駅の柳川まで戻り、もう1路線の清輝橋行きで往復してまた駅前まで戻ってきたときにはほぼ1時間が経っていた。天気がよければもっとよかったのに。写真は清輝橋電停。
006s
岡山から特急やくもに乗車。381系電車には以前乗車したことがあるけれど、米子から松江までという、振り子の意味がほとんどない区間だった。自由席はかなり混んでいたが進行方向左側窓際の席を確保できた。倉敷までは山陽本線を行く。倉敷では水島臨海鉄道線のディーゼルカーと、DE10ディーゼル機関車を先頭にした貨物列車を目撃。瀬戸内工業地帯を象徴するような光景だ。倉敷からは伯備線に入る。伯備線は過去に乗車済みだが上りのサンライズ出雲だったので伯備線区間は夜。昼間の乗車は初めてだ。高梁川が近寄ってきて並ぶ。思っていたよりもずっと川幅が広くて驚かされる。山陽新幹線と山陽自動車道が並んで高梁川を越えていく、その下をくぐっていく。やがてもうひとつ高梁川を斜めに渡った高架橋が頭上を越えて右側に出たかと思うと合流してくる。井原鉄道線だ。総社駅を通過、左側に井原鉄道のホーム、右側には吉備線のホームと本線が挟まれる形になる。実は吉備線を使って総社に出てくるというのも考えたのだが岡山電軌を優先したのだ。
高梁川の川幅は広くなったり狭くなったりしているが水量は豊かで水面は茶色く濁っている。ときに車体の傾斜を実感することもあり、さすがに元祖振り子車両だと思った。席に座っているせいか、自然振り子方式でも違和感は感じなかった。備中高梁に到着。河岸の緩斜面に市街地が広がっているが、備中松山城は山城で車窓からは見えなかった。ここ備中松山藩は、備後福山藩とともに、中国地方の外様の雄藩である池田家の岡山藩と浅野家の広島藩の間に打ち込まれた譜代大名というクサビであった。18世紀半ば以降は百年以上にわたって板倉家が城主を務めてきた。方谷駅で上り列車と交換し、やがて新見に到着すると列車を乗り捨てて、山陰に向かうやくもを見送る。新見駅はこの近辺の拠点駅ではあるが周囲を中国山地に囲まれている。
041s
待機していた、JR西日本のローカル線用気動車キハ120が入ってきた。駅名標の横に立つキロポスト(距離標)は姫新線の起点姫路からのキロ程を示すものだろう。
089s
実は今日の日程はこの区間のダイヤで決まってしまった。芸備線の末端区間、新見ー備後落合間を日のある時間帯に走る列車は、早朝5時台の列車を除くとこの13:01発の列車しかないのだ。逆方向の列車も事情は変わらない。だから岡山出発が11時過ぎになってしまった。

新見に発着する芸備線の列車はここから2駅伯備線を走ってから非電化の芸備線に入るのだが、いま停車している1番線には架線が張られていなかった。
乗車したのは10人ちょっとだろうか。このうち終点まで乗り通すのはほぼ間違いなく鉄だろう。キハ120は前半分がロングシート、後半分がクロスシートになっているのだが、クロスシートにはもはや空きがなく(というのは4人席に少なくとも1人は座っている状態だ)ロングシートで前が見やすいところに陣取ることにした。先頭には地元のお婆さんがすでに座っていたのでその少し後に控える。
備中神代まで2駅間の伯備線は、電化されて特急や貨物列車も行き交う幹線のはずなのだが、乗っている車両と渓谷筋を行く急勾配路線という外観のおかげですでにかなりのローカル感。分岐駅となる備中神代でもやはり芸備線ホームには架線は張られていなかった。よく見るとホームの時点ですでに分岐済みで、この先はもう芸備線にしか線路がつながっていなかった。備中神代を出ると今回の旅行で初めて非電化区間に出るが、むしろこれまでの山中の線路に比べると開けた印象で、もちろん左右に山は見えるのだが、小盆地に広がる田んぼをつっきって線路が走っていく。市岡、矢神、野馳あたりまではそんな風景だ。その間に地元のお婆さんが下車していって一番先頭に席を移す。岡山県内最後の駅である野馳を出ると急な下り坂になり、25キロ制限がしばしば現れる。県境を越えて広島県内最初の駅である東城では帝釈峡にでも向かうらしい団体が降りていった。東城を出ると今度は上りになり、エンジン音をうならせて登っていく。内名を過ぎると今度はまたまた下っていく、アップダウンの激しい区間だ。小奴可を過ぎたあたりから日が出てきた。終着の備後落合に到着。

備後落合駅は芸備線と木次線の接続駅だが、接続駅としてはもっとも不便な駅のひとつと言っていいかもしれない。どうしてここで接続させようと思ったのだろうかといぶかるくらいの山中の秘境駅だ。
147s
2両ならんでいるキハ120の右側のほう、オレンジとピンクのラインが入っているのがこれまで乗ってきた芸備線末端部を走る列車で、左側の紫とブルーのラインのほうがこれから乗る三次行きになる。同じ形式ならわざわざ乗り換えなくても、と思わなくもないが車両運用の都合だろう。
180s
キハ120が2両並んだかと思ったら、今度は向かい側のホームに木次線のキハ120が入ってきて色違いで3両揃い踏みとなる。一見するとちょっとした拠点駅のようだが
実際には数少ない列車同士の接続をできるだけとるための工夫で、この光景が見られるのはほんの数分しかない。
三次に向かう列車では、これまでと同じ形式の同じ席を確保。多少は勾配が緩くなるだろうと思っていたのだが、今度はこれまで見掛けなかった20キロ制限が盛んに出てくるようになる。備後西条駅ではスプリングポイントを通過。備後庄原あたりまで来るとまた田園風景が広がるようになる。下和知駅では指令から何か無線が入ったらしいがよく聞き取れず、運転士が携帯で何やら話していた。通話が終わると何事もなかったかのように発車。次の塩町駅で高校生が大量に乗車してくる。いずれこういう時間帯が来るだろうとは覚悟はしていたが輸送力の小さいキハ120はたちまち満員になる。
三次ではわずか3分の接続で快速広島行きに乗り換える。キハ120単行と比べるとキハ47が二両編成の快速は定員では3倍くらいになっているだろう。ここまで来ると広島に向かう日常的な流動がそれなりのボリュームになっているということか。けっこう大胆に途中駅を通過していってるので、帰宅しようとする高校生はそれほど目立たない。と思っていたら、下深川駅でまたもやどっさり乗り込んできた。ここから広島までは各駅停車だ。5時半、まだかろうじて日のあるうちに広島到着。

今日の旅程:
岡山駅前(0930)→東山(0947) 岡山電軌
東山(0950)→柳川(1005) 岡山電軌
柳川(1012)→清輝橋(1020) 岡山電軌
清輝橋(1022)→岡山駅前(1033) 岡山電軌
岡山(1104)→新見(1206) 1009M
新見(1301)→備後落合(1425) 443D
備後落合(1438)→三次(1600) 359D
三次(1603)→広島(1729) 5873D

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