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2016年9月28日 (水)

三段(腹のことではなく)

まずはじめに、今日の旅程を決める際の主目標を発表しておこう。どうもその方がいろんな説明がわかりやすそうだ。
三十一がこのブログを書くときには、読者にできるだけ新鮮な驚きを味わってもらうために極力ネタばれを避けているのだが、わかりやすさには代えられない。
などともったいぶって見たが、鉄分が濃い人々なら容易に推測できそうな、木次線がそれである。

もともと当初の予定では木次線に乗車するつもりではなかった。三江線を踏破したら山陰方面を西に向かうつもりだったのだ。だが一昨日芸備線に乗車していて、備後落合駅で木次線の列車を目撃したときにこれは片手間では踏破できないぞと感じたのが最初のきっかけだったろう。そもそも、三江線を主目的としたときに岡山に前泊するのは本来はあまり意味がないのだが、これにはもともと往きに津山に寄ってこようという計画の残滓が影響している。しかしそれでは津山に行くのが月曜になってしまうので後回しにすることにしたのだ。その結果、三江線の前泊である広島泊のさらにその前日に岡山泊というのが差し込まれ、岡山から広島に向かうのに芸備線を使うというルートを選ぶことになったのだ。それでも昨夜の宿が浜田でとれていればそのまま西に向かった可能性が高い。浜田に宿がとれず、出雲市と東萩を天秤にかけたときに改めて木次線が有力な候補として浮上した。はじめはそこまで考えていなかったのだが、中国地方山間部から山陰中部の、新幹線から直接のアクセスがないローカル線をこの機会に乗り潰してしまおうと、この旅行の目的が大きくシフトした。その結果今日の主目標として木次線が設定されることになったのだ。

さて、ここのところ毎日のように同じ説明をしている気がするが、木次線を昼間に乗り通すなら宍道11:19の備後落合行きに乗るしかない。そこでこの列車を軸に、出雲市から宍道に出て木次線で備後落合まで行き、芸備線で新見に出るというルートが必然的に決まった。この列車に間に合わせるには10:30過ぎに出雲市を出ればよい。朝ずいぶん余裕があるので、この間に一畑電車を使って出雲大社まで往復してみようかとも思ったのだが、そうすると7時過ぎに出て2時間ちょっとで戻ってこなくてはいけない。あまりに余裕がなさすぎるし、万一遅れたときに取り返しがつかない。同じようなことを岡山でもやっていたが、あのときはちゃんとバックアッププランがあった。今回は目標の列車に乗り損ねると以後の旅程がすべて崩壊する。そんなリスクはさすがにとれなかった。それに出雲大社には9年前に一度行ってるし。

またまた面倒くさいきっぷの買い方をして、それでもまだ時間があったのでお茶でも飲もうかと思ったのだが適当な店が見つからず、しかたないので待合室で時間をつぶす。よきタイミングでホームに上がってみた、つもりだったのだが、おや、松江方面行きの列車は10:43だったはずでは? 案内表示は10:41になっているなあ。手元の時刻表は田儀駅復旧前の臨時ダイヤを掲載しているのだが、実際には田儀駅はすでに復旧ずみなのでダイヤが変わっていたのかもしれない。危ない危ない。この列車は田儀を通らないので変わらないだろうと高をくくっていたが今後ちょっと注意しよう。
やってきた列車は西出雲始発だがキハ47気動車の2両編成。通学には遅い時間なので高校生はいない、はずなのだが女子高生がふたりほど乗車していた。宍道で木次線に乗り換える。女子高生のうちひとりも同じ列車に乗り換えた。中間試験には早いよね。

それはさておき、木次線の列車はもうすっかりお馴染みとなったキハ120だが、なんと豪華2両編成、と思いきや二両目は締め切りの回送車両のようだ。そういえば9年前に木次まで乗ったときもこうだったような気がする。いつもの座席に着席すると間もなく発車。地方のローカル線ではよくみかけるのだが、運転士とは別に保線担当者が前方監視のために立つことがよくあって、前方を見たい三十一にとっては正直邪魔ではあるのだがこれが乗客である三十一自身の安全に寄与していると考えると甘受するしかない。宍道を出た木次線はいきなりの急勾配。この区間はもとは民間で建設されたものをのちに国鉄が買収して編入したのだがその痕跡は正直感じられない。簸上鉄道が宍道から木次までを開業してから今年でちょうど100年ということでノボリが駅に立てられていた。木次までは以前乗車済みだが、あまり強い印象がない。勾配はきついが意外に風景は開けていて、いかにも古典的な日本の田園風景だ。木次駅では乗客の大半が降りていった。例の女子高生もその中のひとりだ。木次を出るといよいよ初乗車区間なのだが、あまり印象は変わらない。田んぼの中を築堤で横切ったり、山際の雑木林をつっきったりしながら徐々に高度を上げていく。はじめのうちは開けていた風景もだんだんと狭隘なものになっていき、大小さまざまな小盆地の連なりといった趣だ。そしてその小盆地ごとに駅が置かれている。これがかつてのそれぞれの「ムラ」に対応するのだろうか。こうした「ムラ」は明治以降は字あるいは小字と呼ばれるようになった。

出雲横田ではしばらく停車して後部のぶら下がり車両を切り離す。
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切り放された車両は宍道に向かって折り返す。
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残された1両目はそのまま終点の備後落合まで向かう。もちろん三十一はこのまま終点まで乗るのだ。身軽になった列車は相変わらず田んぼを中心とした小盆地を貫いていく。だいぶ登ってきたはずなのだが、それでもわずかな平地があれば畔を盛って稲を作らずにはいられない日本人の執念とも言うべき所業に半ば恐怖を交えた畏怖の念を抱いた。はたしてこの田んぼはいつまで続くのだろうかと見ていたが、だんだん形をいびつにしながらも県境の直前である出雲坂根近くまで途絶えることがなかった。
さてその出雲坂根駅はいまでは珍しくなった三段式スイッチバックと名水延命水で有名だ。ここで30分近く停車するので、駅の内外を撮りまくるついでに、駅構内に引かれている延命水をひとくち呑んでみる。特に旨いとも思わなかったがこれで少しは寿命が延びてひとつでも多くの非電化単線鉄道を踏破できるようになればいいのだが。
ホームから本線側を見る。左がこれまでやってきた宍道方面、右がこれから行く備後落合方面。
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同じところから反対側を。停車している車両の上に国道橋。
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30分近く待ってようやく発車。行き違いがあるわけでもないのにどうしてこんなに停車時間が長いのやら。おそらくはかつてのダイヤをそのままなぞっているのではないかと推測する。三十一にとってはたっぷり撮影時間が確保できて言うことはないのだが、急ぐ人には無駄な時間に感じられるだろう。もっとも、急ぐ人は木次線を使わない。これまでと逆方向に向けて発車した列車はシーサスポイントを越えて折り返し線に入っていく。しばらく高度を上げていくとスノーシェッドに守られたポイントが現れる。少し過ぎたところで一旦停車して運転士と保線担当者と、三十一を含むテツ数名が車両の反対に向かい、信号が変わるのを待ってまた反対方向に、つまり元の方向に走り始める。ふと外を見ると、右側の下のほうに今とおってきた折り返し線と、そのさらに下に本線が見えたので慌ててカメラの準備をしたが間にあわなかった。無念。

この先は30パーミルの最急勾配を経てJR西日本最高度駅である三井野原に向かう。このあたりはハーフループともいうべき複雑な線形をしているはずなのだが、トンネルを縫って走っていると方角がつかめず実感がわかない。ようやくトンネルが一段落するともはや峠の頂上に近いらしい。と、突然色鮮やかな道路橋が現れた。忌々しい国道のおろちループだ。さっき、出雲坂根駅からちらりとみえていたのだがスイッチバックを堪能している間にすっかり存在を忘れていた。カメラを構えるひまもなくファインダーをのぞかないまま闇雲にシャッターを切ったわりにはよく撮れていた。
Img_8432s
三井野原は中国地方では有数のスキー場らしく、旅館がちらほらと見えるがもちろん今はオフシーズン。ここをピークにあとは広島県側を一気に駈け降りていく。三井野原をはさむ区間ではさすがに田んぼは見かけなかったが、油木まで来るとまたもや田んぼが見られるようになる。

一昨日も来た備後落合到着。一昨日眺めていた乗り換え風景を今日は自分が実践することになるとは想像していなかった。
そしてここからは一昨日とは逆に芸備線を新見に向かう。備後落合ではけっこうな雨だったのだが、小奴可あたりでは小降りになって少し明るくなってきた。一昨日もこのあたりで晴れてきていたような気がする。新見に着いて、次の特急で米子方面に向かう。米子に向かったのは、初日に伯備線の南半分は乗車済みで北半分が残っていたため。特急にしたのは、日があるうちに米子にたどりつくためだ。米子から今度は鳥取を目指す。今日の宿営地は鳥取。実はこの鳥取泊まりはかなり異例で、まず鳥取に向かう列車は完全に夜になってしまうこと。それから鳥取では最初ホテルが見つからなかったのだがいろいろ手を尽くしてどうにか部屋を確保したこと。普段ならここまで無理はしないのだが、明日の計画のためにはどうしても鳥取に宿泊する必要があった。このあたりの説明は明日以降に。
米子で指定席を確保して、少し時間があったので喫茶店で夕食がてらこの文章を書く。頃合いを見計らってホームに向かい、列車は予定通り着いたのだが、三十一が新見から乗ってきた「やくも」の次の列車が遅れていたので待ちあわせで3分延発。これが響いて鳥取へも4分延着。その間もずっと車内で原稿書き。

本日の旅程:
出雲市(1041)→宍道(1101) 132D
宍道(1119)→備後落合(1434) 1449D
備後落合(1437)→新見(1600) 444D
新見(1610)→米子(1721) 1017M
米子(1841+3)→鳥取(1942+4) 2012D

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