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2016年9月30日 (金)

作州浪人と言えば宮本武蔵だが今日は智頭急行線には乗りません

昨日の例にならってまず今日の主目標を。
この旅行の記事を最初から読んでる酔狂な人は今頃「当初の目的はどうしたんだ」と思っているかもしれない。そう、この期におよんでも三十一はまだ「美作国」に足を踏みいれていないのだ。そこで今日の目的は美作国に入って津山の扇形機関庫を見、そして東京に戻ることとする。
はじめは往きに津山の扇形機関庫を見てくるつもりだったのだが、出発が日曜になった関係で往きに寄ると津山が月曜になってしまう。この手の公共施設は月曜日が定休のところが多く、この津山の「まなびの鉄道館」もその例に漏れなかった。そこで帰りにまわすことにしたのだ。三十一はこういう「月曜日の罠」にひっかかることがけっこう多いような気がする。
さてでは津山までどういうルートで行って戻って来るべきか。津山を中心に考えると、鉄道路線が4方向に向かって走っている。つまり、岡山方向には津山線、姫路方向に姫新線上り、鳥取方面に因美線、新見方面に姫新線下りと4つの選択肢がある。往き帰りを別ルートにすると選択されるのは4分の2。ここで昨日も書いた「中国地方山間部から山陰中部の、新幹線から直接のアクセスがないローカル線をこの機会に乗り潰してしまおう」という条件をあてはめてみると必然的に鳥取-津山-新見というルートがきまってしまう。帰りのことを考慮すると逆方向は選びにくい。津山である程度時間を確保することも考えなくてはいけない。そうすると鳥取を朝の7時台に出る列車に乗るほかに選択の余地がない。昨日無理をして鳥取に宿泊したのはこうした理由があるからだ。

まず心配なのは天気。鳥取地方は明け方まで激しい雨ということで、大雨のなか駅まで大荷物を抱えて傘をさすのはあまりやりたくない。だからできるだけ駅に近いホテルを選んだのだがそれでも5分は歩かなくてはいけない。幸いにも大降りというほどではなく、かといって傘がいらないほどの小雨というわけでもなく、まだ薄暗いうちに駅に向かう。最初は朝7:23の普通列車で途中の智頭まで行くつもりだった。しかし考えてみると、これはまともに通学列車なんではなかろうか。広島でも朝の通学列車に乗ることになったが、あのときは始発は6時台だった。7時半に近いこの列車は始発駅から高校生であふれることだろう。荷物がなければそれでもいいのだが、大荷物というハンデを抱えて若い高校生と争うのは厳しい。そこでその前に出る特急で智頭まで行くことにした。いくらなんでも高校生は特急には乗ってくるまい。そのかわり三十一は特急料金を払ってより早い時間の列車に乗ってしかも智頭駅で長い時間待たなくてはいけなくなる。特急料金は本来時間をカネで買うものだが、三十一は高校生に負けてカネを払って時間を失うことになる。

乗り込むのは鳥取駅から智頭急行線を経由して岡山に向かう「スーパーいなば」。使用されているキハ187系に乗るのは3日連続になる。同じく智頭急行を経由して関西方面に向かう「スーパーはくと」はこれまで乗ったことのないHOT7000系で、三十一の当面の目的地である智頭までは同じルートなのでそちらを選んでもよかったのだが、30分早い列車に乗っても智頭での待ち時間が30分長くなるだけなのでやめました。「スーパーはくと」は今後乗る機会があるような気もするし。近代的な高架駅ながら非電化というちょっと不思議な鳥取駅を東に向かって発車。やがて山陰本線を左に見送ると、因美線は地上に降りる。鳥取市街地を抜けるとなんというかお馴染みの日本の風景。田んぼと集落と里山。ただ建物の屋根に赤い石州瓦が使われている割合はだいぶ減ったように思う。最初の停車駅である郡家までは鳥取平野のうちに含まれるのだろうが、郡家を過ぎると山の気配が強くなってくる。30分弱で智頭。ここで降りる乗客はほとんどいない。
さて鳥取できっぷを買うとき、いつものように面倒くさい買い方はしないで券売機でとりあえず津山まで買っておいた。列車に乗ってからふと気になって券面を見てみると「下車前途無効」 ありゃ、途中下車できないのか。智頭で45分くらい待ち時間があるんだけどなあ。駄目元で駅員に「津山行きを待つ間、待合室で待っていてもいいですか」と聞いてみると快諾してくれた。駅員にしても、乗客に無闇に構内をうろつかれても困るだろうから「駄目元」といいつつかなりの確率でOKされるだろうとは思っていた。待合室に座ってあたりを見渡しているとおかしなことに気づく。この駅はJRと智頭急行線の接続駅のはずだが、智頭急行のきっぷを売っている気配がない。ようやく気づいた小さな表示には「智頭急行線内で完結するきっぷは、隣の智頭急行智頭駅でお求めください」。隣の? まあ少しくらいはいいだろうと外に出てみると、あああれだ。JRの駅とはだいぶ趣の異なる新しい駅舎。改札から別ということか、へー。
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8時ちょっと前、折り返し津山行きになる列車が到着したので駅員が声をかけてくれる。もうすっかりお馴染み、たまには違う車両にも乗ってみたいとすら思わせるキハ120だ。数名の高校生を含む降車客が行ってしまうのを待って乗り込む。どこに座ったかは言わずもがな。ちなみに三十一以外の乗客はこの段階ではひとりだけ。発車5分前、例の通学列車が向かいのホームに到着。おお、キハ47系の3両編成だ。終着の智頭でのそれなりの人数が下車していったので、始発の段階ではもっと多かったはずだ。三十一が調べたかぎりでは郡家と智頭に高校がひとつずつあるらしい。
因美線はもともと鳥取(因幡国)と津山(美作国)を結ぶ路線だが、そのうち途中の智頭以北が新規開業した智頭急行線と一体化して岡山や関西といった山陽方面と鳥取を結ぶ高速ルートに組み込まれた。その結果、因美線は特急が行き交う智頭以北と、そのルートから外れた智頭以南で運転系統が分断されている。これから乗るのがその高速ルートから外れたほうだ。智頭を発車するとしばらく智頭急の線路と並行して走る。前面窓から見ていると因美線のほうはかなり草が繁っているのに智頭急線のほうはほとんど草が生えていない。それだけ運転密度が違うんだろうなあとそのときは思ったのだが、そんなのは実はまだ序の口だったのだ。やがて智頭急線のほうは左にカーブし、築堤に上がり、さらに高架に上がってトンネルに消えていった。三十一が乗っている因美線の列車は少しずつ高度を上げているようだが、このあたりではまだそれほどの勾配ではない。それよりも気になったのは、しばしば25キロ制限があらわれることだ。必ずしも勾配がきついわけでもカーブがきついわけでもないのに、どうして制限がかかっているのだろうと思ってふと気づいた共通点。これは三十一がそう思っただけなので本当かどうかわからないのだが、どうも川べりを走るとか道路脇を走るとか、線路の路盤が護岸構造になっているときに制限がかかっているように思えた。築堤の上などは快適に走っているのだが、路盤の少なくとも片側が擁壁で支えられているときに速度を落としている。これに気づいて三十一はちょっとぞっとした。繰り返して言うがこの三十一の見方には根拠がないので鵜呑みにしないように。
雨は強くなったり弱くなったりしながら降り続いている。線路脇に生い茂った草も緑に濡れている。濡れた重みで葉が垂れ下がっているのか、列車がしばしば線路脇の草をこすっていく。今回の旅行でも雨の山中を走っているとときどきあることではあったのだが、このあたりでは「ときどき」ではすまない。ときには草や葉ではすまず、枝がぶつかったのか「ガン」という音が響くこともある。那岐駅に停車中、運転士が席の後ろに遮光幕をひいたので「あれどうして目隠し?」と一瞬思ったが「ああトンネルか」と思い至る。次のトンネルが鳥取県と岡山県の県境、つまり因幡国と美作国の国境だ。いよいよ美作国に足を踏みいれるぞ。国境のトンネルに向かって急勾配をひたすら登る。
国境をトンネルで越えるとき、特に今回のように3000メートル以上ある長いトンネルで越えるとき、果たしてどのタイミングで実感がわいてくるだろうか。実際の国境はトンネルの中のどこかになるのだが、道路と違って鉄道では標識が出るわけではないのでどこが本当の国境だかわからない。やっぱりトンネルを抜けたときだろうか。しかし三十一は今回、意外とトンネルに入ったときではないかと思った。今回の三十一の感じ方は「美作国に入った」というよりはむしろ「因幡国を出た」という気持ちが強かったようだ。「美作国に早く入りたい」という願望がいつの間にか「因幡国を早く出たい」という願望に変化し、トンネルに入ったときに「因幡国の景色はこれで見終えた」という気持ちが生まれてきた。別に因幡国から早く逃げ出したいというわけではないのだが、「まだ因幡か」「まだ因幡だ」というじれったい感情が「ようやく因幡を抜けた」という形で解消された、その瞬間がトンネルに入ったタイミングになったのだろう。
そしてトンネルを抜けていよいよ美作国。これで「64分の62」となった。国境を越えると今度は下りの急勾配。制動をかけながら下っていく。美作で最初の駅、美作河井に停車中、運転士がおもむろに前部ドアの前についているバックミラーの調整を始めた。仕業前に確認しないのかな、と思ったが線路脇の草や枝にぶつけているうちに曲がってしまったんだろう。濡れ衣を着せてしまってすみませんでした。このあたりまで来るとすっかり雨も上がり日もさしてきた。トンネルをさらにいくつか抜けて、津山盆地におりてくる。津山盆地は美作の中心となる平地で、冒頭にも記した通り津山では4つの路線が集中している。左側から姫新線が寄ってきたかと思うといったん合流して、すぐに上下線に分岐すると東津山駅に到着。一般的にはここはシーサスクロッシングにするところだろうが、考えてみるとこれでも機能は変わらない。鉄橋で川を渡って津山着。

津山駅前広場は工事中。「まなびの鉄道館」に向かうには駅の左方向にある踏切を渡って駅舎の反対側に出るのだが、通路が右方向にしかつながっていないので迂回を余儀なくされる。事前にアクセスマップを見てきたので道筋はわかっているのだが、ルート沿いにノボリがずっと立っているのであまり迷うことはないだろう。踏切に近づくとちょうど津山線の列車が到着するところだった。踏切に着く頃にはもうあいてるな、と思ったのだがすぐにまた踏切が鳴り始め、今度は何だろうと思ったら姫新線の列車が到着するところだった。数少ない到着列車を同じ時間帯に集中させているのは備後落合と同じだが、めったにひっかからない踏切にたまたまひっかかると長く待たされるというのはあんまり愉快ではあるまい。
ノボリや看板をたどって問題なく「まなびの鉄道館」にたどりついたのだが、いざたどりついてちょっと戸惑う。これ本当に入り口か? 何の変哲もない金網に空けられたゲートにしかみえない。よく見ると看板が出ているのだが色使いのせいかあまり目立たない。入り口からは扇形機関庫の背面しか見えないのもわかりにくくしている。入り口そのものにもう少し歓迎ムードを出したほうがいいんじゃないかなあ。余計なお世話だけど。入場料はおとな300円で、硬券を模した入場券をくれた。すぐ目の前が目玉の転車台と扇形機関庫なのだが、その右側を金網で仕切ったむこうは津山鉄道部の留置線でキハ47やキハ120が留置されている。というか、もともと津山鉄道部の敷地の中にあった転車台と機関庫を仕切って「まなびの鉄道館」に仕立てたのがよくわかる。
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扇形機関庫におさめられていたのはディーゼル機関車が多く、DL好きの三十一にとっては夢のようだったが、SLはD51が1両あるだけなのでお子様たちにはやや不満かもしれない。もっともこのD51は2号機の「なめくじ」でこれはこれで貴重なのだけどね。実車のほかにも展示施設があって、鉄道の仕組みなんかを展示だけではなく実験を通じて学ぼうというコンセプトらしい。三十一は説明だけ読んで「知ってる知ってる」とパスしてしまったが、子供にも実感で理解させることができるだろう。結局三十一は1時間弱くらいいたと思う。実験展示はパスしたかわりに、実車のブレーキホースの格納方法をまじまじと観察したり、鉄道模型の説明をしてくれたおじさんと話し込んだりしていたので普通に見学するのでもやっぱり同じくらいかかるのではないだろうか。

駅に戻ってきたがまだ11時前。次の列車まで2時間近くある。「まなびの鉄道館」でがんばって時間を潰したつもりなのだが潰しきれなかった。さてどうしよう。
実は津山で行けるものなら行ってみたいと思っていたところがもう一ヶ所ある。津山城だ。明治維新当時の美作津山藩は石高はそれほど高くないが、德川家康の次男である結城秀康の直系の子孫という由緒を誇っていた。ところがこの家系は不祥事や当主の若死にが続いて越前福井67万石だった領地がついには美作津山5万石にまで減らされてしまった。幕末に近くなって高直しで10万石に増やしたが実際にはかなりの水増しがあって藩財政は相当苦しかったようだ。しかし津山城は石高は減らしたとは言え名門の親藩が入るにふさわしい堅城で特にその石垣は見事という評判だ。時間がなかったので諦めていたのだが、改めて駅前の案内地図を見てみると駅から1キロくらいらしい。道もわかりやすいし、とりあえず行けるところまで行ってみようと歩き始める。ところがこの頃からまた雨が降り始め、少しずつだが強くなってきている模様。市の中心となる通りを曲がると城跡の入り口があった。石垣と、見上げるような石段。一瞬躊躇するが思い切って登ることにする。百段はなかったと思われる石段を登り切るとつきあたりになり、右手方向が入り口らしい。ここから先は有料か。300円なのでそれほど高いわけではないが、何しろ雨。降ってさえいなければ300円払うのはやぶさかではない。また無料なら多少の雨でも入ってみる気になっただろう。しかし雨の中、300円払ってまで中に入る気になれなかったのでここから踵を返して駅に戻る。
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駅まで戻ってみると、改札の前に掲示板が出ていた。
なになに、「姫新線 久世ー中国勝山間の踏切で列車と自動車の接触事故があったため、姫新線の列車に遅れが生じる可能性があります」 なんとまあ。
いまならまだ時間に余裕があるので、少々遅れても最終的に目的地にたどりついてくれるならいい。万一にも動かなくなってしまうと困る。もし姫新線が使えないとなるとここから津山線で岡山に出て、東京に帰ることになるだろう。きっぷの買い方が変わってくるのだ。そしてその場合、姫新線の津山-新見間が未乗車で残ってしまう。
次の津山線の列車は12:27、そして当初乗るつもりだった姫新線は12:46。その次の津山線が13:30。あと1時間近くあるので、もうしばらく時間を潰してもし動かないようなら津山線経由できっぷを買って東京に帰ろう。最悪、13:30の津山線に乗れれば充分早いうちに帰宅できる。さっき、鉄道博物館に向かう途中にファミレスのようなレストランがあったのでそこでランチにしよう。

ランチを終えて12時ちょっと過ぎに駅にもどってみると、ちょうど例の掲示板を片付けているところだった。さては動くか?
当初の予定通り、姫新線でいったん新見に行きそこから伯備線で岡山に出て新幹線で東京に帰る、という面倒くさいきっぷを買う。「姫新線は動きますよね?」「遅れる可能性はありますけど」「まあたどりつければいいです」という確認を経てきっぷを確保。

姫新線の列車は、もはや予定調和のようにすら思えるキハ120。
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ところが周囲の写真を撮っているあいだにいつもの席を女子高生にとられてしまった。まだ昼過ぎなんだけど、中間試験には早いよね? 同じロングシートの、一番後ろに座ったので一応前方は見える。定刻通り、津山駅を西に向かって発車した列車は、津山線と並行したまま先ほど歩いて渡った踏切を今度は列車に乗って行く。歩行者として踏み切りを行く列車を見るのと、その列車に乗っているのとでは速度感がずいぶん違うなあ。しばらく津山線と並行していたが、ほぼ同じタイミングで津山線は左へ、三十一が乗る姫新線は右へカーブして別れていく。
このあたりは盆地の田園地帯なので基本的には平坦で曲線もきつくない。ただときどき川を渡ったり川に沿って走ったりすることがあるが、川は線路と反対側に向かって流れているようだ。美作千代駅はもともと対向式ホームをもつ構造だったのが、上り線側が撤去されて棒線駅になっている。しかしホームはまだ形を残していた。ところがそのホーム上に棚が作られて何か栽培されていた。実がなっていなかったのでわからなかったのだがまさかブドウじゃないよね。キュウリか何かかな。美作落合駅でそろいの制服を着た3人組の女子が乗り込んできたけど、高校生には見えない。こんなところに大学があったのかな。そろって中国勝山で降りて行った。
刑部で対向列車と行き違いをするはずだったが、相手が来ない。例の事故のせいで新見を12分遅れで出たそうだ。というわけで、こちらも待たされることになる。12分かあ。もし12分遅れると新見着は14:38。まさにその時間に岡山行きの「やくも」が出るということで、指令からの指示で運転士が「やくも」への乗り換え客がいないか聞いていたが該当者なし。実は三十一は、もし間に合うのであればその「やくも」で岡山に向かおうと思っていた。しかしまだ特急券は買っていないので「乗り換えます」とは言えなかった。車内で買うということもできるだろうが、いくらなんでも乗り継ぎの新幹線までは車内では買えない。別々に買えばいいじゃないかと思うかもしれないが、新幹線と乗り継ぐ在来線特急の特急券を同時に購入すると在来線側の特急料金が半額になる。別々に買うとその特典が得られない。実際のところそれで節約できる金額はたかが知れているのだが、その仕組みを知っていながら利用しないというのはテツの矜持が許さない。そのため「やくも」は諦め次の普通列車で岡山に向かうことにした。それでもそんなに夜遅くならないうちに帰れるだろう。
実際には新見には10分遅れの到着となり、「やくも」までは2分の余裕があってきっぷさえ持っていたなら充分乗り換えに間に合っただろう。しかし窓口できっぷをちゃんと買っていたら到底間に合わない。というわけで黄色い115系の普通列車で岡山に向かう。進行方向左側のクロスシート窓際に陣取って、眼下を流れる高梁川がよく見えるが朝早かったせいかうとうとすることが多くなった。総社あたりでかなり混雑し、倉敷でだいぶ乗客が入れ替わったが混雑はむしろ激しくなった。三十一が座っていたボックスの4席も全て埋まる。そのひとり、三十一の対角線上に座った大きな荷物を抱えた客がイヤホンもつけずにテレビかビデオか何かをずっと観ていてうるさいことこの上ない。どうも中国語のようだ。しかし本人はひんしゅくを買っていることに気づいた様子もない。終着の岡山までその状態は続いた。
岡山駅で適当な新幹線の指定席を入手し帰京。

今日の旅程:
鳥取(0705)→智頭(0731) 72D
智頭(0815)→津山(0924) 675D
津山(1246)→新見(1426+10=1436) 861D
新見(1450)→岡山(1622) 856M
岡山(1638)→品川(1956) 136A

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