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2016年9月27日 (火)

川下り

昨日に引き続き、今日も面倒くさいきっぷの買い方をしなければならない。この旅行のあいだ、ずっとこんななんだろうなあ。適当なフリーきっぷがないので毎日毎日きっぷを改めて買うことになる。日程通りのきっぷをあらかじめ買っておけばいいじゃないかというのはもっともだが、天候とかホテルの予約状況とか気分といった要素が絡んで直前になるまで日程が確定しないので仕方ない。特に今日は出発が早いので余裕を見込むと遅くとも6時半には駅に着いていたい。さらに逆算すると6時には起きなければいけない。アラームの助けを借りてだが予定通りに起きてチェックアウトし駅に向かう。会社に行くときにはこうは行かない。

これから乗り込む芸備線の三次行き列車はなんと6両編成。キハ47とキハ40をありったけ集めたんだろう。言い換えると、高校生がそれだけたくさん乗り込んでくると予告されたようなもので覚悟を決める。はじめ、デッキつきのキハ40に座席をとったが発車前に前2両だけが三次まで向かうと知らされて席を移す。クロスシートの進行方向左側だ。広島を発車してすぐ、右手に貨物ターミナルが見える。昨日は見逃していた。コンテナ車はたくさんいるが機関車がなかなか見つけられない。ようやく見かけたのはEF66だった。左手は太田川の堤防。下深川て15分停車して後寄り4両を切り離し。向原では高校生が一斉に下車していき車内の雰囲気が一変する。やがて江の川を左に見て終点三次に到着。
さて今回の旅行はもともと山陰地方西部を主な目的にしていたのだが、9月になってその目的に大きな修正をもたらすニュースが飛び込んできた。鉄には周知のことだろうが、JR西日本が今月中に三江線の廃止届けを提出すると表明したのだ。通常、廃止の1年前までに届け出ることになっているので廃止は来年9月末ということになるが、  国土交通省の許可を得て3月末での廃止を目指すのではないだろうか。
当初は今回の旅行で三江線に乗車するつもりはなかったのだが、隣接している路線であるので、廃止前の三江線乗車を主目標として計画を修正した。ところが廃止の対象になるだけあって昼間の全線乗車を目指すためには選択肢は事実上ひとつしかなかった。すなわち、9:57三次発の列車に乗り、石見川本で乗りついで14:49に江津に到着するというルートだ。厳密に言えば早朝5:44の三次発、あるいは6:00の江津発というのがあるのだが、江津や三次ではそもそも宿をとること自体が難しい。広島に宿泊して朝の芸備線で三次に出て乗りつぐのが確実なほぼ唯一の選択肢だったのだ。広島からの芸備線は次の列車でも間に合ったのだが、接続が4分しかなくかなり慌ただしい。前日の三次の乗り継ぎも3分だったので今日はいったん外から駅を見たかったし、何より最初で最後の乗車になる三江線でできるだけ良い席を確保しておきたかった。

三江線の列車は昨日も乗ったキハ120だがなんと豪華二両編成。しかも先頭車両はラッピング車両だった。何のラッピングなのか知らないが。
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昨日と同じように前方がよく見えるロングシート最前列に陣取る。三次を発車した列車は芸備線の線路を横切って右手に別れて行く。鉄橋を二回渡って江の川の左岸に出、これからほとんどの区間で江の川を右に見て走ることになる。左は山、右は谷。下には道路が見え、さらにその下に川が見えるという光景が十年一日のごとく続く。江の川はたっぷりとした水量をたたえ、一見するとどちらに向かって流れているのかわからないが、まだ広島県内であるにもかかわらずすでに列車と同じ方向つまり日本海側に向かって流れているようだ。細かいアップダウンはあるが、これから終点までこの江の川とほぼ並行しているので昨日の芸備線のような急勾配はなく、基本的にはほぼずっと下り基調が続く。三江線の北半分、浜原以北は戦前に、以南は戦後になってから開通しており、さらに南部の半分にあたる浜原-口羽間が最終的に開通して全線開業したのは昭和50年になってからだった。この建設時期の違いがどう現れているかというのもひとつの興味だったのだが、結果としては最終開通区間とそれ以外の違いが目についた。何しろ最終開通区間ではトンネルと鉄橋で川の屈曲に関係なく直線的に線路が布かれている。有名な宇津井駅はこうしたトンネルとトンネルの間を鉄橋で結んだ、その上に設置された駅だ。三江線では数少ないアピールポイントらしく、わざわざ数分停車して撮影時間を与えるというサービスを行っていた。それに便乗した三十一の写真だが、完全に逆光だったのでかなりオーバーにふったら一部白飛びしてしまった。
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背景に写った家の屋根がそろって赤い石州瓦なのはさすがに島根県で、石見国に入った証拠だ。もっともこのあたりは三江線の線路が江の川の右岸と左岸を行き来するごとに県境を越えるので、三次側から順にたどっていくとまず香淀駅が広島県、続いて作木口駅・江平駅・口羽駅が島根県、次の伊賀和志駅が再び広島県、そして宇都井駅からまた島根県となり、県境を越えた実感がまったく湧かない。浜原からは戦前に開通した区間に入るが、やはり江の川に沿って走るという光景に変わりはない。ときに雑木で川が見えなくなることはあるが、その逆にほぼ真下に川面が見えるようなこともあって、そんなときにはそれなりの高度感がある。やりようによっては四万十川沿いを走る予土線のようにトロッコ列車を使って観光地化できたんではなかろうかと思う。隣の木次線で使っているトロッコ列車を貸してもらってもよかったんではないか。今さらこんなことを言っても死児の齢を数えるような空しい所業でしかないが。

石見川本駅でいったん列車を下ろされる。次の江津行きの列車までは1時間半あまり。何もない駅で1時間2時間潰すのは慣れっこな三十一ではあるのだが、さすがに一瞬途方に暮れる。とりあえずはいつものように駅前に出て駅舎の写真を撮ってみた。備後落合よりは開けている。
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ひとまず町の中心地と思われる方角にぶらりと歩き出し、たまたま見掛けた喫茶店に入って昼食がてら時間を潰す。「カフェ」ではなく「喫茶店」というところが肝心だ。昔ながらのカレーライスを食し、昔ながらのコーヒーを喫して時間を見計らって店を出て駅に戻る。
駅に戻ってみるとこれから乗ろうとする江津行きの列車が待機していたのだが、これは全く同じ車両にしか見えない。ひょっとして運転士も同じかなあ。三十一も同じ席に座る。
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写真左にわずかに土手が見えるが、これが江の川の堤防である。反対方向からの列車と交換して江津に向け発車。
前方を展望していて気づいたのだが、このあたりで何ヶ所か、線路をふさぐ形で水門が設けられている。数えていなかったのだが、多分5ヶ所くらいはあっただろう。もちろん普段は開いていて列車を通せるようになっている。水位が高くなったときには水門を閉鎖して溢水を防ぐのだろう。もともと堤防を越えて線路が敷かれていたのだろうが、後になって堤防をかさ上げした際に元の高さに据え置かれた線路と堤防の段差を埋めるために水門が設置されたものと推測したのだが暇な人は調べてみてください。これも他の路線ではなかなか見掛けない貴重な要素ではあるんだけどなあ。
そういえば、廃線が決まったせいかところどころで撮り鉄の姿をみかける。なかには線路ギリギリに構えているヤツがいて冷や冷やする。この席からだとよく見えるのだよ。
終点である日本海岸の江津はもうまもなくのはずだが、江の川と左右に山という風景が変わる気配はなかなか感じられない。残り二駅という千金あたりまで来てようやく、前方のあの山をやり過ごすと海に出るんではないかという気配がしてきた。海に出る前の最後の屈曲部に沿って線路もぐるりと大回りしていく。川幅は広く、川の流れもゆるやかになって水鳥が遊んでいたり対岸にヨットなどのプレジャーボートが係留されていたりする。前方で川を渡る橋は国道と山陰本線だろうか。その橋のむこうにはもはや山はみえない。終着ひとつ前の江津本町駅に着く。駅名からこのあたりがもともとの古い市街地なのだろうと想像していた。本線の駅は古い市街地から離れて置かれることが多く、のちになって旧市街地至近に別に駅が設けられるようになる例はけっこう多い。八戸とか能代とか倉吉とか。しかし実際の江津本町駅は何の変哲もない川っぺりに置かれた無人駅であった。なんでこんな駅名なんだろうといぶかっているうちに山陰本線が近づいてきて終点江津に到着。全線乗り通してみて思ったのは、ほぼ全線が川べりで平地がほとんどなかったこと。昨日の芸備線でも、山越えの区間はあっても小盆地もあって、まだらではあっても沿線人口はそれなりにあった。しかし三江線沿線ではまれに現れる開けた土地もそれほど広いわけではなく、沿線人口もそれほど多いとは思えない。かなり厳しい状態というのは認めざるを得ない。

江津から山陰本線で今夜の宿営地である出雲市に向かう。はじめは浜田に宿をとる予定だったのだが楽天では空きホテルが見つからなかった。そこで西側の益田や東側の大田市を探してみてもやはり見つからず、最終的に候補になったのは出雲市か東萩、という江津から見て真反対のふたつだった。まったく初体験となる東萩と、かつて訪れたことのある出雲市の比較となったが、今後の展開を考えて出雲市を選んだ。その理由は今後明らかになるであろう。

出雲市へは次の特急で向かうのだが、その前に三江線の列車が折り返す。ただし折り返しの列車は2両のうち1両を切り落として1両編成となっていた。写真は江津駅を出た三江線の列車が右にカーブして今まさに姿を隠そうとしているところ。
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その数分後、下りのアクラライナーと交換する形でこれから乗ろうとしている特急が入ってきた。
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自由席にするか指定にするか悩んだのだが、とりあえず自由席にしておく。実際に乗ってみるとかなり混んでいて、海側の窓際は無理。かろうじて前から2列目に山側の窓際を確保。キハ187系はデッキの壁面がガラスになっていて前方がよく見えるのだが、特等席である1列目つまり三十一のひとつ前の席の若い男は何を考えているのか背もたれを無意味に深々と倒し、しかもテーブルに置いたPCだかタブレットだかに覆い被さるかのような前傾姿勢でのぞき込んでいて、背もたれを倒した意味がないんじゃないかと思ったが、その姿勢を保っているかぎりにおいては倒された背もたれ越しに三十一の席から前がよく見えるので、その態度そのものは腹立たしいのだが三十一個人の刹那的な欲求を優先してよしとしよう。
振り子車両キハ187系は、高速化改良された山陰本線を快調に飛ばす。田儀駅は今年の1月に大雨の影響で山側の線路が土砂に埋まり、単線での運用を余儀なくされて臨時ダイヤによる運行となっていたのだが、その土砂も撤去されて山側の線路の使用が再開しており土留めの工事が引き続き行われていた。西出雲では右手つまり三十一の座っている側に車両基地が見える。サンライズがいるはずだが見つけられなかった。目立ったのはやくもの381系電車だ。神戸川を渡り、高架にあがると出雲市。

本日の旅程:
広島(0657)→三次(0855) 1850D
三次(0957)→石見川本(1209) 424D
石見川本(1343)→江津(1449) 426D
江津(1519)→出雲市(1612) 3004D

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