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2017年2月28日 (火)

なんとかファースト

トランプ大統領の「アメリカファースト」を「国益第一主義」と言って批判する人がいるが、それぞれの国が自国の利益を追求するのは当たり前で、それを否定するのは天に唾するような所業でしかない。問題は「国益」をどう考えるかだ。
1930年代の国際不況への対応として生まれたのが主要国によるブロック経済化の試みだ。自国を中心として一定の原産地と市場を囲いこみ、域外の勢力を排除することで経済的に自立しようとしたこの試みはしかし、排除された勢力の不満を強めて最終的に世界大戦にいたった。こうしたブロック経済化は短期的には効果があっても長期的には不安定化を引き起こす、という理解と反省の上に立って、戦後の西側世界は自由貿易を基礎とする国際協調主義をとってきた。
つまり、長期的には「自由貿易」と「国際協調」が自国の利益になるという認識を西側諸国は共有しており、その盟主がアメリカだったのだ。基本的にこの認識は今でも変わっていない。問題は「長期的な利益」よりも「短期的な見返り」を求める浮動層の意向を政治が無視できなくなってきていることだ。浮動層の母体は中間階級だ。はっきりと上層階級あるいは下層階級に属しているなら求めることは明確になりやすい。どっちつかずの中間階級がその時々の情勢や空気に流されて揺れ動く。皮肉なことに、「自由貿易」と「国際協調」に支えられて成長してきた経済が産んだ中間層自身が、自らの母体となった条件を壊そうとしている。

テレビで誰かが触れていたが、ナショナリズム Nationalism と民主主義 Democracy とポピュリズム Populism の語幹である Nation、Demos、Popul はいずれも「民衆」を意味し、つまりこれらは紙一重の違いしかないということでもある。古代ギリシャの民主主義が衆愚政治にとってかわられたように、民主主義がポピュリズムに陥ろうとするベクトルは常に存在する。ポピュリズムに陥らないためにもっとも重要なのは突き詰めれば「教育」ということになるだろうが、短期的な見返りを求める立場からすれば迂遠に過ぎるとしかみられない。堂々巡りだ。

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