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2017年3月20日 (月)

来たぜ、東北

わりと松岡茉優は好きなほうだ。女優としてよりはバラエティタレントとしてだが。適度な天然ぶりが心地よい。綾瀬はるかまでいくと行き過ぎだ。

閑話休題。
震災前の2009年に、八戸から久慈、宮古、釜石、盛、気仙沼、一ノ関と三陸沿岸を縦断した。そのため、それ以降に再訪することはなかった。2013年に福島のいわき市に行ったときにはそれほど影響がなさそうに見えた。
三陸地方はすでに訪問済みではあるものの、鉄道路線としては大船渡線以南、東北本線以東のエリアは手つかずのままだった。しかし一部のバス代行が長く続いたことと、さらに一部がBRT化されたことで二の足を踏んでいた。しかし昨年、この地域のBRT化された区間を除いた全区間が復旧したことで二の足を踏む理由はなくなった。むしろ、それにあわせて非電化区間として「仙石東北ライン」が開業したことから逆に早めに乗車しておきたい地域になった。

郡山から新幹線で仙台へ。左手に残雪を冠しているのは蔵王連峰だろうか。
今日はかなりのハードスケジュールで、遅れなどで乗り継ぎ損ねると破綻しかねない。一応代替プランは用意されているが、いくつか当初の目的を諦めなくてはならないだろう。

まずは石巻・女川方面へ。現在、仙台から石巻へ向かうルートは3つある。仙石線を使うルート、東北本線から石巻線を使うルート、そして新しくできた仙石東北ラインルートだ。往復を別経路としたとしても、ひとつは断念しなければならない。さもなくばもう一往復するかだが、今日のところはそんな余裕はないだろう。今回切り捨てられたのは3ルートの中で唯一全区間電化済みの仙石線ルートとなった。非電化単線鉄道愛好会会長としては当然の決断だろう。

列車のタイミングがちょうどよかったので、まず仙石東北ラインで石巻に向かう。ホームに下りたら陸羽東線に向かう「リゾートみのり」が待っていた。
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「みのり」のあとに入ってきたのが HB-E211系ハイブリッド車両だ。東北本線は交流電化、仙石線は直流電化。並行して走っている松島-高城町間に連絡線を建設して直通させることにしたのだが、セクションを作って交直両用電車を走らせるのではなく、連絡線は非電化のままにしてハイブリッド車両を走らせるという選択がなされた。時代だなあ。
三十一が乗った仙石東北ラインは特別快速という扱いで、途中塩釜、高城町、矢本にしか停車しない。三十一は先頭車運転台直後の扉脇に立って前方が展望できる位置に陣取った。とは言え、同好の士多数により2列目という位置ではあったが。
東北本線を快調に飛ばした列車は塩釜を出ると本線上に作られた渡り線を横切って連絡線に入る。連絡線で一旦停車して対向列車をやり過ごすと仙石線に入っていく。仙石線は直流電化単線区間だが、高城町から先は内陸に移転した区間だ。線路も駅も真新しい。線路はやがて地平に下りて旧線に合流する。このあたりの建物もほとんどが真新しい。新しい建物が並んでいることが哀しく見えるという不条理。
石巻到着。乗り継ぎに少し時間があるので写真を撮ってまわる。まずはこれまで乗ってきた HB-E211系。
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それから、これから女川に向かうおなじみのキハ110系気動車2両編成の列車。この列車とは今後しばらく付き合うことになるだろう。
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石巻に向かう列車はやたらと混んでいた。しかもその乗客の大半は半自動ドアもワンマン列車の乗り方も知らない旅行客らしい。駅で乗り降りするたびに一騒動あって、女川に到着したときには3分遅れていた。どうやら女川で何かイベントがあったらしい。しかし三十一はすぐに折り返さなくてはならなかったので、人混みをかき分けるようにして駅舎の外に出て写真をとるとまたもや人混みをかき分けるようにして構内に戻り、発車間際の列車に飛び乗って折り返す。折り返し列車は定時に発車。
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ついさっき石巻から乗ってきた列車で、今度は終点の小牛田まで乗りとおす。石巻からいったん北に向かい、やがてに西に転じて小牛田をめざすが、この間ほとんど平坦な地形で、国鉄が石巻への経路として選択した理由がわかったような気がした。この区間では今でも石巻港向けの貨物列車が運行されている。東北本線と接続する小牛田に到着すると、10分あまりで再度折り返す。列車としては3つ目だが全部同じ車両なので代わり映えしない。前谷地で気仙沼線に乗り継ぎ。
気仙沼線は大半の区間が被災してBRTで復旧されており、レールが残っているのは前谷地から柳津まで。奇しくも1968年に柳津線として開通した区間だけが残ったことになる。柳津駅から先は行き止まりになっていた。
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柳津線、もとい気仙沼線の列車はキハ110の単行。
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柳津から先はBRTになる。線路跡の一部を専用道路とした代行バスだ。これを「乗車」と言っていいのかどうか微妙なところだ。今回も、BRTに乗らずにそのまま折り返すという選択肢もあった。しかしそれだと意外に時間があまってしまうので(そんなことを昨日も言っていたが)、「乗車済み」と勘定するかどうかは別として、とりあえず乗っておくことにする。
やがてやってきたバスは特徴的な塗装だが、内装は普通の路線バスとそう変わらない。ただし、専用ルートを走行するのに必要なセンサー類は追加装備されているはずだ。柳津駅はまだ海岸にはほど遠い。海に出るまでは通常の国道を走る。途中の陸前横山駅は築堤上にホームがあって階段で街とつながっている。このあたりは直接被災していないはずだがバスと列車の連絡をするには適さなかったのだろう。峠を超えて海に出る直前、陸前戸倉から専用ルートに入る。これから先、専用ルートと一般道を組み合わせてBRTは走る。実際に乗車してみるまで三十一はBRTに批判的だったが、被害の比較的軽いところから順次専用ルート化することで、つぎはぎの復旧でも一般道と組み合わせることで全体の路線を早期に回復できるというメリットがあるのだろう。気仙沼線と大船渡線はBRTを選択し、仙石線はレールでの復旧を選んだ。それにはそれぞれメリットとデメリットがあるので一概にどちらが良いとはいいきれない。鉄としての三十一にとって答えは明らかだが、それが全体にとっての最適解であるとは限らない。むしろ必要なのは、鉄道が最適解となるために何が必要かを考えることだろう。
南三陸町の中心地である志津川地区では、地区全体をかさ上げ工事している真っ最中だ。バス停も坂を登り切った人工的な高台の上に仮設されている。一見して宇宙的な光景だが、かつての気仙沼線、かつての志津川駅、かつての街がこの下にあったと考えると胸が締め付けられるようだ。
陸前小泉駅近辺でかつて川を渡っていたはずの気仙沼線の高架橋をバスの中から携帯で撮影。
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本吉駅で乗員が交替したあと、再度専用ルートに入ったのだがそのときに後ろを見てみると駅の構造が半分だけ残っていた。
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気仙沼の市街地に入ってくると一般道は渋滞しておりとても時間通りには走れない。この後に関してはやや余裕があるのであまり心配はしていなかったが、30分以上遅れるようなことがあると大船渡線が夜にかかってしまうかもしれない。しかし最後の一駅区間分はまたも専用ルートになり、その威力で渋滞をスキップしていく。それでも気仙沼駅に着いたときには7分遅れていた。駅に着く直前、並行して走る大船渡線の列車が追いかけてきた。このあとこれに乗って行くはずなのだが。
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こちらは気仙沼駅から回送されているBRT。
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気仙沼から大船渡線で一ノ関に向かうが、これは2009年に1度乗車した区間。あの時も確か夕方だったが、今回も午後の遅い時間。しかもちょうど春分で、太陽が真西に沈んでいく時期だ。大船渡線の鍋弦路線を体感するには最適と言えなくもない。
一ノ関から新幹線で盛岡に出て投宿。

本日の旅程:
郡山 (0757) → 仙台 (0841) 201B
仙台 (0924) → 石巻 (1016) 5527D
石巻 (1037) → 女川 (1102+3) 1631D
女川 (1110) → 小牛田 (1231) 1632D
小牛田 (1243+1) → 前谷地 (1300) 1635D
前谷地 (1301) → 柳津 (1323) 929D
柳津 (1342) → 気仙沼 (1534+7) BRT
気仙沼 (1615) → 一ノ関 (1738) 338D
一ノ関 (1814) → 盛岡 (1854) 57B

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