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2017年9月26日 (火)

ふくい横断鉄道たび

タイトルは苦心の産物。

非電化単線鉄道愛好会会長としては、福井に来たからには越美北線に乗らないわけにいかない。
越美北線は50キロ以上あって未乗車の非電化単線鉄道のなかではけっこう目立つ存在ではあるのだが、周辺に非電化路線がなく接続路線もほとんどないためどうしても後まわしになりがちだった。だが逆に言うとずっと機会をうかがっていたとも言える。今回はきっぷが咲きにあって北陸に来たわけだが、そういうわけでまず越美北線を制覇することにする。
越美北線の下り始発は6時台だが、越前大野どまり。終点の九頭竜湖までいく始発は9時過ぎだ。それに乗って折り返すことにする。それでも昼過ぎには福井まで戻って来られることになる。

9時少し前に駅のホームに上がる。JR西日本ではお馴染み、ほぼ1年前の山陰旅行でさんざん乗車したキハ120の単行が停車していたがこれは回送。留置線に引き揚げていったあとにやはりキハ120の二両編成がやってきた。うち終点の九頭竜湖まで行くのは前側の車両のみ。後ろ側の車両は越前大野どまりだ。上りの通学列車が二両編成でその折り返しということだろう。
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三十一はもちろん一両目の、前方が比較的見やすい左側に陣取る。福井駅の越美北線ホームは西側、つまり下り線側ホームの切り欠き部分にあるが、越美北線の列車はいったん北陸本線を上り方面に向けて走行するので、発車した列車は本線を二度またいで北陸本線の上り線に入る。やがて右手にコンテナ貨車、左手に電気機関車が見える。貨物駅の南福井だ。南福井を出外れてすぐ、北陸本線の上り線から左に別れていよいよ非電化の越美北線、と思うひまもなく越前花堂駅だ。越前花堂駅は北陸本線のほうにもホームがあって、北陸本線と越美北線の分岐点とされているけれども、構造的には別の駅だ。ここで団体客が乗車してきた。周囲は福井平野の田園地帯。ちょうど収穫時期で、刈り入れ済みの田圃とまだ稲穂が頭を垂れている田圃が入り乱れている。田圃の風景自体は変わらないが、列車が進むにつれ遠くにかすんで見えた山がだんだん大きくはっきり見えるようになってきた。やがて左右から迫ってくる山に押されるようにして線路と道路と川が合流したかと思うと心なしか列車も上り勾配にかかってきたようだ。やがて一乗谷に到着すると越前花堂から乗った団体が降りていった。これまでの平野とは違って今度は川に沿って登っていく。足羽川を右に左にと何度も渡る。ふと見下ろすと川に腰までつかった釣り人の姿。アユ釣りかな。美山付近でいったん小さい盆地に出るが、またすぐ勾配にかかる。計石を過ぎるたところで多分はじめてのトンネルを越えると大野盆地だ。
福井平野の田園地帯から山中を経てたどりついた大野盆地は、福井平野と同じような田園地帯だった。越前大野で10分あまり停車して後ろの車両を切り離す。単行となった列車は大野平野の田圃の真ん中を行く。福井平野で見たのとおなじような風景、つまり遠景の山がだんだん近づいてくるという過程が繰り返される。山が目前に迫ってくると勝原。この先、終点までの九頭竜湖までは比較的近年(といっても40年以上前だが)の開通で、ほぼ全区間がトンネルで、唯一の中間駅である越前下山はトンネルとトンネルのあいだに設置されている。トンネルをぬけると終点の九頭竜湖駅に到着。駅名の由来となっている九頭竜ダム湖は少し離れていて駅付近からはうかがえない。折り返し時間は10分もないのでとてもそこまで足を伸ばしていられない。駅の周囲を少し見てすぐ引き返し、そのままとんぼ返り。
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上り列車(地形的には下りだが)では、右側最前列に陣取る。ゆきの列車と同じ側になるが、前方展望を優先したのだ。すぐ目の前がフロントウィンドウなので、ゆきに見えなかったものがいろいろと見える。とは言え、はじめのうちはほとんどトンネルの中なので景色と言っても暗闇でしかない。勝原を過ぎるとようやく前方がよく見えてくる。柿ヶ島を過ぎて大野盆地にさしかかったところで九頭竜川を渡る。前面展望のおかげで橋梁名までしっかり読み取れたのだが。
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「だいじゅうきゅう・・・」とまで読んだところで気づく。「だいいち・くずりゅうがわ・きょうりょう」だ。漢数字の「一」と「九」が続いて紛らわしい。実はこの橋はかつて東海道線の木曽川橋梁として作られたものを転用したものだということだ。越前大野到着。駅ホームにJRの職員がが立っているのもよく見える。増結するような気配もないけれどここで乗務員が交代でもするのかなと思っていたのだが、到着してみると運転士がタブレットホルダーを取り上げて運転席の窓をあけ、駅員に渡していた。運転席のすぐ横のフロントウィンドウのすぐ下にタブレットが置いてあったのに気づかなかったのに軽いショックを受けたのと同時に、タブレットの受け渡しを目の前で見ることができて少し嬉しかった。駅員から次のタブレットが来るのかなと思っていたがそのままタブレットをもたないまま発車。なるほど、この先は自動閉塞なんだな。一乗谷では例の団体がまたもや乗車して来て車内は急に混み始めた。と言っても立ち客が出るほどではないが。そして越前花堂で一斉に降りて行く。あらかじめ計算していたらしく幹事が運賃をまとめて払っていた。ていうか、あらかじめ駅にでも相談すればきっぷを作ってくれるんじゃないんかなあ。越前花堂を過ぎると北陸本線と合流。ゆきと同じように本線を二度またいで下り線に入る。ほどなく福井着。

さて今夜の宿は敦賀だが、まだ昼過ぎでだいぶ時間に余裕がある。この間に福井付近の私鉄路線をいくつか乗車しておこう。何せ福井に次回来るのがいつになることやらわからないからなあ。福井周辺にはふたつの私鉄が3路線を保持している。えちぜん鉄道が2路線、それから福井鉄道だ。三十一にとってこの中で優先順位が高いのは福井鉄道線だ。えちぜん鉄道は普通鉄道だが、福井鉄道は軌道で福井市内には併用軌道区間もある。それからもうひとつ、福井鉄道は福井駅から武生までほぼ北陸本線と並行しているので、どうせ敦賀に向かうのなら福井鉄道を使ってもほとんど遠回りにならない。というわけで、福井鉄道を使うのは決まったのだが、それでもまだ時間があるのでえちぜん鉄道の二路線のうちどちらかを往復してくることにする。えちぜん鉄道の福井駅でふたつの路線、勝山永平寺線と三国芦原線を比べてみたが時間もほぼ同じ、料金も同じ、運転頻度も変わらないので決め手がない。ほぼ全線が平野の中と思われる三国芦原線よりも、多少なりとも起伏のありそうだというくらいの理由で永平寺勝山線を往復してみることにする。もうひとつ理由があるのだがそれが成り立つかどうかは明日の行程次第なのでここでは言わない。
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えちぜん鉄道の福井駅は高架だがあきらかに仮設で、先行して建設された新幹線ホームを間借りしているようだ。なお、えちぜん鉄道の列車には(全部ではないらしいが)アテンダントが乗車している。よーく見ると柱の影にわずかに後ろ姿が。列車は単行の電車。ひとまず右側に陣取る。車内はけっこう混んでいる。高校生が目立つが、中間テストにはまだ早いんじゃないかなあ。次の新福井駅はまだ高架上だが、地平に降りて福井口を出ると三国線と分岐して東に向かう。福井を出て東に向かうという点では越美北線と同じなのだが、少し住宅が多いかなあ。それを反映してか、駅の間隔も短いようだ。永平寺口まで来るとだいぶ山が近くなる。ここでまとまった数の下車客があった。この先は駅の間隔も少し長くなる。終点勝山は相対ホーム2面。反対側には別の列車が待っていて、こちらの列車が到着すると入れ替わるように発車していった。
ここまで乗ってきた乗客のほとんどはこのまま恐竜博物館に向かうらしい。三十一はそのまま折り返すが、さすがに1分の折り返しには間に合わないので、乗ってきた車両の折り返しを30分待つ。その間に駅舎の写真を撮ろうとしたがまともに逆光なのでちょっと斜に構える。この写真はまたマシなほうかもしれない。
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駅前の片隅に古い車両が展示されていた。古い電車と貨車だ。
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同じ電車で折り返す。運転士とアテンダントも同じペアだ。終点を目前にした福井口駅で運転士が交代した。どうもこの駅が運転の拠点になっているらしく、福井口-福井-勝山-福井口でひとつの乗務経路になっているようだ。そのときは気づかなかったのだが、同時にアテンダントも降りていたようだ。アテンダントは全列車で乗務しているわけではないらしく、このときは交代はいなかった。乗客が一斉に下車する終点こそアテンダントが必要なんじゃないかなあと思ったが、実はそれはただの言い訳で単に若い女子がいなくなって残念だっただけかもしれない。

福井鉄道の乗り場は、JRをはさんでえちぜん鉄道の反対側。もともと福井駅から武生に向かう列車に乗るつもりだったのだが、乗り場で案内を見ていると「市役所前で乗り継いで武生方面に向かう場合」という、まさに三十一がこれから行こうとしている経路の説明があり、しかもそこに例示されている電車(毎時23分発)はまさに目の前に停まっている電車だということに気づき、あわてて飛び乗る。あとでわかったのだが実は最初考えていた直通列車に乗っても最終的に敦賀に着く時間は同じだったのだ。駅前から一駅区間乗って市役所前で本線を走る快速に乗り換える。
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市街地では併用軌道を走るが、足羽川にかかる橋を渡って少しいくと専用軌道に入り、ほぼ北陸本線に並行して南下する。専用軌道に入ったあたりでは複線だったのだが気がつくといつの間にか単線になっていた。もう夕方で乗客は高校生が多い。しかし福井から離れるごとに少しずつ降りていって、家久を過ぎると乗客は三十一だけになってしまった。武生まで行くんだったらJRのほうが早いんだろうなあ。
終点の越前武生駅は、JRの武生とは少し離れている。しかも間にショッピングセンターの大きな建物がはさまっているので見回してもわからない。たまたま事前に地図で確認しておいたから迷わなかったが、さもなくば道に迷ったかもしれない。

武生からはJRで敦賀に向かう。できれば普通列車に乗ってみたかったが、適当な列車がなくやむを得ず特急に乗ることにする。どうせフリー区間で自由席なら特急にも乗車できる。次の特急は「しらさぎ62号」。どこかで聞いたような、と思って思い出した。昨日金沢から福井まで乗った列車だ。

武生から敦賀までは特急で一駅、20分。その間に北陸トンネルを通過する。北陸トンネルを通るのはこれで3回目だと思うが、ちょっと思いついて通過時間をスマホのストップウォッチで測ってみることにする。結果、6分41秒03。だから何だと言われても困るけど。北陸トンネルを出るとすぐ敦賀。

今日の旅程:
福井 (0908) → 九頭竜湖 (1049) 705D
九頭竜湖 (1056) → 福井 (1222) 728D
福井 (1255) → 勝山 (1348) 29レ
勝山 (1420) → 福井 (1512) 42レ
福井駅 (1524) → 市役所前 (1527) 福井鉄道
市役所前 (1538) → 越前武生 (1617) 福井鉄道
武生 (1651) → 敦賀 (1710) 5062M

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2017年9月25日 (月)

吹雪にはまだ早い越路

遅い夏休み。
福井に来ています。土曜日に時刻表で「おとくなきっぷ」をあれこれ検討した結果、北陸フリーきっぷを利用することにした。富山石川福井の北陸3県のほぼ全域をフリーエリアとして、東京都区内からの往復には新幹線の指定席が利用てきるというものだ。北陸には過去、北陸新幹線の開業以前に二度ほど来たことがあるが、新幹線初乗車を兼ねて北陸3県のうち通過しかしたことのない福井を中心に訪問しようと考えている。

とは言え、北陸新幹線の長野以遠は大半がトンネルであることはわかっている。これは北陸新幹線にかぎった話ではなく最近新しく開業した新幹線に共通だが。

前日の日曜日にきっぷを入手しておいて当日の朝ホテルを予約して荷造りをし、家を出たのは昼前。上野駅の窓口で席の指定をうける。空席は充分あるが窓際は空いていないという絶妙な混雑ぶりだ。約3時間弱で金沢到着。前に来たのは2005年だった。もちろん新幹線開業前だが、駅舎はすでに高架になっていた。乗り継ぎが30分ほどあるのでいったん改札の外に出てみる。北陸鉄道駅の位置だけ確認して引き返す。そのうちこの情報が必要になることがあるかもしれないのでね。
福井に向かう特急に乗り継ぐためホームに上がると、向いのホームにあずき色の415系が停車していた。うわ懐かし。常磐線にこの塗装の415系が走ってたのはいつごろだっけ。30年以上前だったかも。
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在来線のしらさぎで福井へ。高架の金沢を出てしばらくすると、高架のまま白山の車両基地に向かう新幹線を置き去りにして地平におりる。白山以遠はようやく高架の橋脚が立ち上がったところ。
少し大きな川を渡る。看板を見ると「手取川」。上杉謙信と織田信長が戦った「手取川合戦」はここか。加賀温泉を過ぎると県境の小さな峠を越えて福井県に入った。福井平野の田園地帯をいく。やがて進行方向左側にえちぜん鉄道が並行する。えちぜん鉄道が一時的に曲がりしている将来の新幹線ホームにむかって仮設のスロープがのびていく。福井駅自体はすでに高架になっているが、えちぜん鉄道の駅も含めた東口はまだ工事中。

今日の旅程:
上野 (1230) → 金沢 (1520) 563E
金沢 (1548) → 福井 (1636) 5062M

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2017年9月16日 (土)

「ダンケルク」

映画「ダンケルク」 (公式サイト)

観てきました。

世間(そのスジの世間)では、ヤク改造のスピットファイアが主に英国面に堕ちた人々の間で評判になっていたようだけれど、同じ英国面でも海のほうに堕ちた三十一にとってまず目をひいたのはイギリス駆逐艦だった。
もちろん当時のイギリス駆逐艦はすでに残っておらず、フランスの記念艦 Maille-Breze (読み方わからん)をそれっぽく改造したそうだが、ぱっと見 「悪くない」と思った。船首楼船型、二本煙突、前後に背負式に装備された砲塔。台詞で登場した艦名は「バンキッシャー」だったがこれはおそらく Vanquisher で、いわゆる V 型駆逐艦(時期的に第一次大戦型)のうちの一隻ということだろう。
実際に「演じた」 Maille-Breze は 1950年代建造の Surcouf 型駆逐艦ということだが、粗を探せば「マストに電子装備らしきあれやこれ」とか「後甲板に VDS らしきもの」とか「全体に上構のシルエットが高い」とか色々文句をつけるところはあるにしても、CGを使わず実艦を使ったことを考えればよく出来ている。
実際のダンケルク撤退戦からすでに 77年も経っており、かつて「戦艦シュペー号の最期」に「本人」が登場したような芸当はもはや不可能だ。

さて映画の感想に移ろう。
アカデミー賞最有力との前評判だが、それは多分海のむこうでの話だろう。日本の単なる「映画好き」にはほとんどの場面が意味不明に見えるだろう。それくらい背景説明が無い。台詞にも出てこない。「これくらい知ってるよね」という前提で全て話が進む。というか、進むような話自体がない。ただひたすら戦闘と兵士や民間人の悪戦苦闘と死が描かれる。
かと思うと、イギリスで徴用された民間船がダンケルク沖合に到着したところであたかも「めでたしめでたし」とでも言うような演出がなされる。このあとの戦闘も多少描写されてはいるもののエピローグのようだ。実際には民間船も動員した撤退とそれを阻止しようとするドイツ海空軍の攻防がもうひとつの山場であったはずなのだが。

要するに、ドイツ軍のフランス侵攻から英軍の撤退という一連のキャンペーンの中から、ダンケルク撤退戦の、さらにその中のごく一部の時間帯だけを前後から切り放して目の前に放り出されたような印象。突然話が始まって突然終わる。背景を知らない人間には厳しい映画だろう。評価は分かれると思う。

自分は、船と飛行機を見るため「だけ」に DVD/BD が出たら買うかも知れない。

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2017年9月 6日 (水)

2017年8月の打ち上げ

8月は8件。アメリカ4、ロシア1、ヨーロッパ1、日本1、インド1(失敗)。

2日 0158GMT クールー / ヴェガ (OPTSAT 3000他)
14日 1631GMT ケープカナベラル / ファルコン9 (CRS-12)
16日 2207GMT バイコヌール / プロトンM (COSMOS 2520)
18日 1229GMT ケープカナベラル / アトラスV (TDRS-M)
19日 0529GMT 種子島 / H-IIA (QZS-3)
24日 1850GMT バンデンバーグ / ファルコン9 (FormoSat-5)
26日 0604GMT ケープカナベラル / ミノトー (ORS-5)
31日 1330GMT スリハリコタ / PSLV (IRNSS-1H) 失敗

珍しくアメリカが4件と半数を占めた。さらに細かく見ていくと SpaceX が2件、ULA が1件、オービタルサイエンシズが1件。

夏休み最後の日にインドが打ち上げた PSLV だが、ロケット本体は正常に動作したもののフェアリングが分離できず、結果として内部に搭載されていた衛星の分離もできず軌道投入に失敗。夏休みの宿題をまともに済ませた記憶がない三十一はなんとなく共感を覚えた。それはともかく、通常ペイロードの分離はロケット側の責任範囲(ピギーバックを除く。ピギーバックは分離も衛星側の責任)なので、PSLV にしてみれば 99% までうまくいった打ち上げも最後の 1% で失敗したということになる。

Orbital Launch Chronology

そうそう、H-IIA は 2005年以来29回連続の成功。

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