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2017年9月29日 (金)

みんなのよい旅プロジェクト

本日は雨。
三十一の旅行はかなり行き当たりばったりなのだが、旅程に大きく影響する要素がいくつかある。まずはホテルが確保できるかどうかだが、それに次ぐのが天気だ。鉄道旅行なら天気はあまり関係ないのではと思われるかもしれないが、荷物を背負いながらカメラを抱えて駅前をうろうろしたりするので、雨に降られると難渋する。せめて小雨であればまだ許容できるのだが、雨がひどくなると窓から車外を見るのにも支障が出るし最悪はダイヤが乱れたりする。なので三十一はホテルではこの先の天気予報と日出日没時刻をにらみながら、ああでもないこうでもないと日程に悩むのが常なのだ。

ところが今日の雨は工夫でどうにかなりそうもない。富山県の今日の降水確率はほぼ午前中いっぱい100%。今日乗る予定の区間を最初のほうにまわしておけばよかったのかもしれないが、そうするためにはここ数日間の旅程をすっかり入れ換えなくてはならなくなるが、今となってはそんなことは無理。もう済んでしまったことはどうにもならないので、雨の中をまわる覚悟を決める。幸いなことに今日の予定では一昨日の武生のように歩いて乗り継ぐようなことはないし、基本的には高岡を中心に往復するだけなので荷物の大半は高岡駅のコインロッカーに預けておけばいい。
昨日ほどではないが今朝も早起き。ホテルから駅まではペデストリアンデッキがつながっていて雨に濡れることはない。万葉線ホームの横にあるコインロッカーにほとんどの荷物を預け、カメラや小物類だけを持つ。
まずは城端線を往復する。今では少し珍しいともいえる、一昔前まではあちこちで見かけたキハ47ディーゼルカーの二両編成。全身オレンジの首都圏色だが、これはリバイバル塗装だろう。二両という「長大」編成なのでいずれ通学する高校生が大量に乗り込んで来ることが想定されるが、いまはまだ少し早いのか、それほど混雑していない。クロスシートの隅っこに席をとる。この時点で自分のスペースを確保しておかないとこの先が大変だ。そうこうしているうちに、富山方面からやってきた列車から高校生が一斉に乗り換えてきて車内は一気に混雑する。危ないところだった。定時に発車するとすぐに旧北陸本線から左に離れて南下する。3分で新高岡。北陸新幹線への乗り継ぎ駅だがビジネス客はそれほど多くないようだ。むしろここから乗り込んでくる高校生が意外に多かった。たまたま近くに駅ができたから、通学にも使おうということかな。駅前には大きなロータリーと駐車場、それとアクの強い女社長で有名なチェーンホテル。新幹線をはさんで反対側の市街地方面には新旧いりまじった住宅が建ち並んでいた。こっちは新幹線にあわせて新規開発されたようには見えない。
新高岡を出ると富山平野の西端を淡々と南下する。二塚を出るともはや使われなくなった工場引き込み線が離れていく。砺波と福野に高校があるらしく、それぞれの駅で高校生がまとめて降りていく。砺波には複数の高校があるようだ。どうでもいいが、あのライトグレーのセーラー服は吹雪のときは視認性が低くて危険ではないかなどと余計なことを考える。軍用機のロービジ塗装じゃあるまいし、だいいちあれは夏服だ。終点の城端到着。
城端駅舎は瓦葺きの重厚な外観。
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相対式ホームだが、もっぱら駅舎側のホームを使っているのだろう。しかし向かい側のホームもきれいに維持されていてまったく使われていないようには見えない。
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折り返しの列車は8時半過ぎなのでもちろんもう高校生は乗ってこない。好きな席を選び放題だが、とにかくまわりは田園地帯だし天気は悪いしで、どの席がいいというほどの決めてがない。相変わらず雨は降っているが、まったく見通しがきかないというほどではない。少なくとも数キロは視程があるようで、とりあえず水平線上の景色までは視界が効いていて特に閉塞感は感じない。しかしその上を見るともう一面の雲に覆われていて、右を見ても左を見ても遠景にあるはずの山はまったくみえない、という絶妙な視界。二塚まで戻ってくると、先ほど見た引き込み線の線路の撤去工事が行われていた。高岡に定時着。あいの風とやま鉄道のホームを越えて反対側にある氷見線ホームへ。一両編成だが車内は空いている。こちらでは意図して右側に座る。右に海が見えるはずなのだ。天気がよければ雨晴海岸から立山連峰が見えることがあるということだが、今日は無理だろう。列車はキハ40の一両編成。「忍者ハットリくん」のラッピング車両だ。富山県は藤子不二雄の出身地だからということらしいのだが、塗装だけならともかく車内アナウンスをハットリくんにやらせるのはやめてほしい。内容が頭に入ってこないじゃないか。能町で貨物線を分岐する。工場引き込み線でもなく氷見線の支線でもなく、れっきとした新湊線という固有の線路名称をもつJR貨物の第一種路線だ。伏木駅の手前でも貨物線が並行する。こちらは工場の専用線のようで、しかも使われていないらしい。
越中国分を出ると富山湾沿いに出る。さっきも書いたとおり、天気がよければ遠く立山連峰まで見渡せるということだが、今日はとてもとても。大きな波が岩に砕けてまるで映画のオープニングのようだ。たまたま撮ったものだが、「男岩」という名所らしい。
Ameharashiinrains
雨晴駅を出ると海岸と並行して走ることは変わりないが少し離れて、海は見えるが波打ち際までは見えなくなる。公園や松林越しに海を見ることなり、そのまま終点氷見に到着。氷見ではかなり強い雨になっており、駅前に出てみたものの、屋根のあるところからかろうじて駅舎を撮る。
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駅の入り口には農協のノボリが。
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JAが展開している「みんなのよい食プロジェクト」をご存じだろうか。実はもう数年前だが、たまたま必要があって某所に電話をした際の保留音が「みんなのよい食プロジェクト」だった。検索すると音源が出てくるので万一興味のある人は聞いてみるとよかろう。自分はこれを多分10回以上聞かされた。切るわけにもいかないし、いつ電話の相手が戻ってくるかもわからないので聞き続けるしかなかった。電話のあと、検索して出てきたのがこのノボリのキャラクターだ。あまり知られていないだろうが三十一にとってはとにかくインパクト大だった。

閑話休題。
構内に戻って「ハットリくん」の写真を撮って乗り込む。
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ちょっとゆっくりしている間に海側のクロスシートに空きがなくなってしまったのでロングシートに座る。高岡に折り返す列車は雨の中順調に走っていたのだが、伏木駅で中学生の団体が乗り込んできた。乗り慣れていない様から高校生ではあり得ない。一両編成の列車の中はたちまち制服姿の中学生でいっぱいになり、それでもまだホームに乗り切れない中学生が待っているようで「詰めろ詰めろ」「座れるやつは座ってスペースを作れ」という声が響く。どうにか全員乗り込んで4分遅れで発車。終点高岡に到着したときには1分遅れにまで回復していたが今度は列車を降りる中学生、階段をのぼる中学生、改札を出る中学生が邪魔をする。

あわてて改札を出て万葉線に乗り換える。万葉線の高岡駅は駅の地平部分に取り込まれて乗り換えは便利だ。万葉線といえば赤い低床電車がまず思い浮かぶが三十一を待っていたのは古典的な路面電車。駅を出ると駅前通りの併用軌道を行く。このあたりは単線で、電停ごとにスプリングポイントによる交換設備がある。これは定時運行という点ではあまり望ましくないのではないかなあ。複線にするかさもなくば専用軌道にできればいいのだが。右折して大通りに出るとしばらく複線が続くようだ。このあたり、右手に高岡城があるはずだが1ブロック隔てているのでそれらしい緑が見えるだけ。それから電車は延々と直進して郊外に向かう。だいぶ郊外の趣が出てきたあたりで米島口。ここには万葉線の本社と車庫があるのだが、看板がなければそれとはわからない質素な本社社屋だ。
Manyosenoffices
米島口を出るとこれまで走ってきた大通りを右に外れて専用軌道に入る。そしてすぐ築堤をよじ登って氷見線と新湊線をオーバークロスする。やがて庄川を渡ると新湊の市街地に入り、さらに市街地を抜けると今度は工業地帯に入る。終点のひとつ手前が海王丸駅で保存されている海王丸への最寄り駅らしい。そして終点の越ノ潟。駅自体は無人だがすぐ先に新湊港口を横断する渡し船の乗り場がある。渡し船は無料ということだが、三十一はそのまま折り返す。
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高岡までもどってあいの風とやま鉄道で富山まで出、一番早い新幹線で帰京。

本日の旅程:
高岡 (0705) → 城端 (0801) 329D
城端 (0838) → 高岡 (0931) 332D
高岡 (0943) → 氷見 (1013) 535D
氷見 (1022) → 高岡 (1053+1=1054) 534D
高岡駅 (1100) → 越ノ潟 (1149) 万葉線
越ノ潟 (1152) → 高岡駅 (1239) 万葉線
高岡 (1248) → 富山 (1309) 439M
富山 (1319+5=1324) → 上野 (1546) 564E

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2017年9月27日 (水)

若狭ゆえ、悩み。

昨夜なぜわざわざ敦賀まで来て宿泊したのか、今から種明かしをします。
去年だったか「律令制国でまだ踏破していない国」を挙げたことがあったのを覚えている人はいるだろうか。実はそのとき「若狭国」が漏れていた。あとになって気づいたのだが、敦賀は福井県のうち嶺南と呼ばれる地方には含まれるが国名でいうと越前になるのだそうだ。若狭だとばかり思っていたよ。というわけで今朝の時点で、まだ足を踏みいれたことのない「律令制国」(島を除く)は「若狭」「志摩」それから多分踏破済みだけど証拠のない「和泉」の3つ。特に「若狭」は今言ったような事情もあってずっともやもやしていたのだが、今回使うことになった北陸フリーきっぷのフリー区間には小浜まで含まれていることに気づき、せっかくなので若狭国に足を踏みいれることにした。
しかし若狭は当初の目的とは違ういわばおまけ。あまり時間をかけるわけにもいかない。その一方で、フリー区間に含まれる小浜まで行って戻ってきてしまうと、「若狭国踏破」という目標は達成できるものの小浜より西の小浜線区間が未乗車のまま残ってしまう。時間を節約するか、この機会に全線乗車してしまうか、葛藤したあげくの解決策が始発で終点の東舞鶴まで往復するという強行軍になった。そのために敦賀に前泊することにしたのだ。
朝6時前に目覚ましで起床。そのつもりがなくても目が覚めてしまうということは近頃よくあるが、意図的に早く起きるというのはこうした旅行のときくらいしかしない。小浜線の電車は125系の直流電車。いまは敦賀駅構内全体が直流になっているが、かつては北陸本線側は交流で、あとから小浜線が直流電化されて敦賀駅には直流と交流が混在していた時期があった。
小浜線の列車はいまはまだ空いているが、やがて高校生の通学列車になって混雑するのだろう。それは覚悟するしかない。荷物の大半は敦賀駅のコインロッカーに置いてきた。敦賀駅を発車した列車は北陸本線とわかれ、敦賀市街地の南のはじっこ、山地と平地の境界付近をぐるりとまわってから西に向かう。この先、リアス式海岸の若狭湾にほぼ沿うかたちで走るので、海にまで達する尾根筋とその間に挟まれた小平野が交代であらわれるという、言ってしまえば代わり映えのない風景が続く。粟野を出て少し走るとそうした尾根筋の最初のひとつを越えていく。実はここが敦賀市と美浜町の境界、つまり旧越前と旧若狭の国境で三十一はついに若狭国に足を踏みいれた。若狭湾沿いを走るとはいえ、車窓から海はほとんど見えない。目の前には田圃が広がり、その向こうには山が重なる。海はさらにその向こうだ。田圃を海に見立ててみると典型的なリアス式海岸の風景に見える。つまりリアス式海岸が隆起したか干拓したかして陸地化されたのが目の前の風景だろう。そのうちブラタモリで取り上げられたりしないだろうか。
三方を過ぎたあたりから高校生が増え始め、一挙に増えたのは大鳥羽だ。小浜市街地にある高校に向かうのだろう。東小浜駅でまとまった人数が降りて行くのと入れ違いにまた少し乗り込んでくる。一斉に下車したのが小浜で、車内はたちまち静かになった。小浜を出て少ししたとき、立派な墓石が見えて「酒井」と読めたのだが、まさか藩主の墓じゃないよね。酒井家は若狭小浜藩の藩主だ。加斗を過ぎたあたりから海が見えてくる。若狭本郷、若狭和田、若狭高浜と海に沿って走るがこの先はまた峠を越えて京都府に入り、終点東舞鶴に到着。東舞鶴にはほぼ10年前に来て以来だ。できれば港まで足を伸ばしてみたかったのだが、今日はそのまま折り返す。あ、もちろん小浜-東舞鶴間はちゃんと別途運賃を払いましたですよ。
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写真は高架の東舞鶴駅に停車する小浜線の列車。

いったん敦賀までまた戻って来ると昼前。今夜の宿泊は富山県の高岡だが、いったん福井まで特急で戻る。午後の予定ははっきり決めていなかったのだが、福井県のJRは全線踏破したので、この際私鉄も含めて全部乗車してしまおう。そうすればもう二度と来なくてもよくなる。いやまあ、新しい路線が開通したりしたらきっとまた来ることになるんだろうけど。とりあえず決まっているのは北陸新幹線の福井延伸。
それはともかく、福井県内の全ての鉄道路線で未乗車なのはもはや2路線のみ。福井鉄道の一部、市役所前-田原町と、えちぜん鉄道の半分、芦原三国線の全線。福井鉄道とえちぜん鉄道芦原三国線は田原町で接続しており、直通運転もしている。往復であわせて踏破するには都合がいいのだ。実はこれが昨日えちぜん鉄道の永平寺勝山線を優先して乗車した理由なのだが、よくよく考えてみれば勝山線を先にする理由にはなっていなかった。しかしそのとき必要だったのは正しい決断をすることではなくてとにかく決断することだったから、別に問題はない。
さて今日も決断しなければならない。田原町まで行く経路はふたつ。駅前の電停から福井鉄道で終点の田原町まで向かうか、あるいは越前鉄道三国線の電車で田原町を経由するか。往復で経路を変えれば両方を踏破できるので、決めなくてはいけないのはどちらを往路にしてどちらを復路にするかだけ。今日の決断にもっとも大きな要素となったのは天気だ。いまはまだ曇り空だが午後から雨が降り出すという予報。田原町での乗り換えでどのくらい歩く必要があるのかまだわからないが、路面電車である福井鉄道からえちぜん鉄道への乗り換えを雨が降らないうちに済ませてしまったほうがいいだろう、という判断から先に福井鉄道に乗ろうと決め、駅前ロータリーの一画にある電停に向かう。時刻表より少し遅れてやってきた電車は5分ほど遅れて発車。さらに駅前支線から本線に合流するところの交差点でかなり待たされる。そのあとは比較的スムーズに走ったが、わずか3つの電停しかない区間で7分の遅れ。それでも田原町駅での乗り継ぎには充分間に合った。
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田原町駅のえちぜん鉄道側のホームから見た福井鉄道の電車。
やがてやって来たのは昨日と同じ単行の電車だが、この車番は昨日と同じでは? 2日かけて二往復して乗る車両はひとつだけ、ってことになるなあ。もう少しバリエーションが欲しかった。しかし今さらそんな繰り言を言っても仕方ない。電車はそこそこ混んでいるが、空席がないというほどでもない。クロスシートの窓際を見つけて着席。次の福大前西福井駅はデパートと一体化した駅らしいが、ちょうどカーブの途中にあってここから線路はほぼ真北を向く。ここからしばらくは市街地や工場地をいくが、九頭竜川を渡ると景色が一変して田園地帯に入る。しかしほぼ北に向かって走ることは変わらない。鷲塚針原駅は福井鉄道からの直通電車が折り返す駅で、そのための折り返しホームが設置されている。
福井県の特に嶺南と呼ばれる地域を除いた部分の地形には大きな特徴があって、海岸線がほぼ山塊で占められていて海岸線からそのまま平野につながるという地形がほとんどない。唯一の例外が三国付近で、九頭竜川とえちぜん鉄道三国線と、かつての国鉄三国線はみなここを目指している。かなりの面積を持つ福井平野にとって海への出口は三国港しかない。今乗っている電車も海に向かっているはずなのだが、このまままっすぐ北に向かうと山地にぶつかってしまう。その突き当たったところで西に曲がると三国に向かえるわけだが、そのちょうど曲がったところに芦原温泉がある。しかし福井駅から30分以上かけてえちぜん鉄道で温泉に向かうのはあまり便利ではないようで、いかにもという温泉客は乗客の中に見当たらなかった。鉄道を利用する場合の主流はJRの芦原温泉駅からバス、あるいは旅館やホテルの送迎車ということらしい。三国の街に入って、三国神社、三国と乗客が降りていき、終点の三国港で電車を降りたのは三十一を含めて3名のみ。アテンダントが東尋坊行きのバスを案内していたけど、利用者はいたんだろうか。三国港駅には平日の朝だけ職員が派遣されるらしく、いまの時間帯は無人。
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三国港駅では小雨が降り始めていた。傘が必要なほどではなかったがこれから天気が悪くなる前触れだと思うとどうしても気になる。今日これ以降、あるいは明日の日程にも影響するかもしれない。
三国港からそのまま同じ車両で折り返すのは三十一だけか、とも思ったが発車間際に外国人らしい二人組の男女が乗り込んできた。この乗客3人で三国港を発車。ちなみに乗員は運転士とアテンダントの2人。アテンダントは乗客の案内、乗車券の発行と運賃の収受、案内放送などを実施しているがドアの開閉操作は運転士が行なっている。逆にいうと特に資格が必要ない範囲の業務をアテンダントが担当しているということだな。三国港から福井に向かっているあいだに少し雨が強くなってきたようだ。田原町から先は福井県内最後に残った未乗車区間。築堤を駆け上って北陸本線をオーバークロスし、右手に車両基地を見下ろしながら築堤をおりて勝山線と合流すると福井口。これで福井県内の鉄道全路線を踏破したが電車はあと二駅、福井まで行く。福井口はいったん地平に降りるがその先の区間は高架に上がる。途中、新福井は高架上に相対式ホームを持つ駅だが、駅自体は仮設なので立派な高架橋の上に構内踏切が設けられている。高架駅で構内踏切が設置されている駅って他にないんじゃないかなあ、と思ったが四国のJR牟岐線と阿佐海岸鉄道の接続駅である海部駅がそうだったことを思い出した。

福井駅から特急に乗っていったん金沢へ。まだ少し時間があるので北陸鉄道にでも乗ってみようかとも思ったが、天気も思わしくないのでここで少し早い夕食をとってから今夜の宿泊地である高岡に向かうことにする。

今日の旅程:
敦賀 (0629) → 東舞鶴 (0822) 924M
東舞鶴 (0855) → 敦賀 (1103) 929M
敦賀 (1125) → 福井 (1159+2=1201) 5M
福井駅 (1223+5=1228) → 田原町 (1233+7=1240) 福井鉄道
田原町 (1248) → 三国港 (1328) 29レ
三国港 (1339) → 福井 (1431) 42レ
福井 (1438) → 金沢 (1526) 4023M
金沢 (1643) → 高岡 (1722) 453M

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2017年9月26日 (火)

ふくい横断鉄道たび

タイトルは苦心の産物。

非電化単線鉄道愛好会会長としては、福井に来たからには越美北線に乗らないわけにいかない。
越美北線は50キロ以上あって未乗車の非電化単線鉄道のなかではけっこう目立つ存在ではあるのだが、周辺に非電化路線がなく接続路線もほとんどないためどうしても後まわしになりがちだった。だが逆に言うとずっと機会をうかがっていたとも言える。今回はきっぷが先にあって北陸に来たわけだが、そういうわけでまず越美北線を制覇することにする。
越美北線の下り始発は6時台だが、越前大野どまり。終点の九頭竜湖までいく始発は9時過ぎだ。それに乗って折り返すことにする。それでも昼過ぎには福井まで戻って来られることになる。

9時少し前に駅のホームに上がる。JR西日本ではお馴染み、ほぼ1年前の山陰旅行でさんざん乗車したキハ120の単行が停車していたがこれは回送。留置線に引き揚げていったあとにやはりキハ120の二両編成がやってきた。うち終点の九頭竜湖まで行くのは前側の車両のみ。後ろ側の車両は越前大野どまりだ。上りの通学列車が二両編成でその折り返しということだろう。
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三十一はもちろん一両目の、前方が比較的見やすい左側に陣取る。福井駅の越美北線ホームは西側、つまり下り線側ホームの切り欠き部分にあるが、越美北線の列車はいったん北陸本線を上り方面に向けて走行するので、発車した列車は本線を二度またいで北陸本線の上り線に入る。やがて右手にコンテナ貨車、左手に電気機関車が見える。貨物駅の南福井だ。南福井を出外れてすぐ、北陸本線の上り線から左に別れていよいよ非電化の越美北線、と思うひまもなく越前花堂駅だ。越前花堂駅は北陸本線のほうにもホームがあって、北陸本線と越美北線の分岐点とされているけれども、構造的には別の駅だ。ここで団体客が乗車してきた。周囲は福井平野の田園地帯。ちょうど収穫時期で、刈り入れ済みの田圃とまだ稲穂が頭を垂れている田圃が入り乱れている。田圃の風景自体は変わらないが、列車が進むにつれ遠くにかすんで見えた山がだんだん大きくはっきり見えるようになってきた。やがて左右から迫ってくる山に押されるようにして線路と道路と川が合流したかと思うと心なしか列車も上り勾配にかかってきたようだ。やがて一乗谷に到着すると越前花堂から乗った団体が降りていった。これまでの平野とは違って今度は川に沿って登っていく。足羽川を右に左にと何度も渡る。ふと見下ろすと川に腰までつかった釣り人の姿。アユ釣りかな。美山付近でいったん小さい盆地に出るが、またすぐ勾配にかかる。計石を過ぎるたところで多分はじめてのトンネルを越えると大野盆地だ。
福井平野の田園地帯から山中を経てたどりついた大野盆地は、福井平野と同じような田園地帯だった。越前大野で10分あまり停車して後ろの車両を切り離す。単行となった列車は大野平野の田圃の真ん中を行く。福井平野で見たのとおなじような風景、つまり遠景の山がだんだん近づいてくるという過程が繰り返される。山が目前に迫ってくると勝原。この先、終点までの九頭竜湖までは比較的近年(といっても40年以上前だが)の開通で、ほぼ全区間がトンネルで、唯一の中間駅である越前下山はトンネルとトンネルのあいだに設置されている。トンネルをぬけると終点の九頭竜湖駅に到着。駅名の由来となっている九頭竜ダム湖は少し離れていて駅付近からはうかがえない。折り返し時間は10分もないのでとてもそこまで足を伸ばしていられない。駅の周囲を少し見てすぐ引き返し、そのままとんぼ返り。
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上り列車(地形的には下りだが)では、右側最前列に陣取る。ゆきの列車と同じ側になるが、前方展望を優先したのだ。すぐ目の前がフロントウィンドウなので、ゆきに見えなかったものがいろいろと見える。とは言え、はじめのうちはほとんどトンネルの中なので景色と言っても暗闇でしかない。勝原を過ぎるとようやく前方がよく見えてくる。柿ヶ島を過ぎて大野盆地にさしかかったところで九頭竜川を渡る。前面展望のおかげで橋梁名までしっかり読み取れたのだが。
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「だいじゅうきゅう・・・」とまで読んだところで気づく。「だいいち・くずりゅうがわ・きょうりょう」だ。漢数字の「一」と「九」が続いて紛らわしい。実はこの橋はかつて東海道線の木曽川橋梁として作られたものを転用したものだということだ。越前大野到着。駅ホームにJRの職員がが立っているのもよく見える。増結するような気配もないけれどここで乗務員が交代でもするのかなと思っていたのだが、到着してみると運転士がタブレットホルダーを取り上げて運転席の窓をあけ、駅員に渡していた。運転席のすぐ横のフロントウィンドウのすぐ下にタブレットが置いてあったのに気づかなかったのに軽いショックを受けたのと同時に、タブレットの受け渡しを目の前で見ることができて少し嬉しかった。駅員から次のタブレットが来るのかなと思っていたがそのままタブレットをもたないまま発車。なるほど、この先は自動閉塞なんだな。一乗谷では例の団体がまたもや乗車して来て車内は急に混み始めた。と言っても立ち客が出るほどではないが。そして越前花堂で一斉に降りて行く。あらかじめ計算していたらしく幹事が運賃をまとめて払っていた。ていうか、あらかじめ駅にでも相談すればきっぷを作ってくれるんじゃないんかなあ。越前花堂を過ぎると北陸本線と合流。ゆきと同じように本線を二度またいで下り線に入る。ほどなく福井着。

さて今夜の宿は敦賀だが、まだ昼過ぎでだいぶ時間に余裕がある。この間に福井付近の私鉄路線をいくつか乗車しておこう。何せ福井に次回来るのがいつになることやらわからないからなあ。福井周辺にはふたつの私鉄が3路線を保持している。えちぜん鉄道が2路線、それから福井鉄道だ。三十一にとってこの中で優先順位が高いのは福井鉄道線だ。えちぜん鉄道は普通鉄道だが、福井鉄道は軌道で福井市内には併用軌道区間もある。それからもうひとつ、福井鉄道は福井駅から武生までほぼ北陸本線と並行しているので、どうせ敦賀に向かうのなら福井鉄道を使ってもほとんど遠回りにならない。というわけで、福井鉄道を使うのは決まったのだが、それでもまだ時間があるのでえちぜん鉄道の二路線のうちどちらかを往復してくることにする。えちぜん鉄道の福井駅でふたつの路線、勝山永平寺線と三国芦原線を比べてみたが時間もほぼ同じ、料金も同じ、運転頻度も変わらないので決め手がない。ほぼ全線が平野の中と思われる三国芦原線よりも、多少なりとも起伏のありそうだというくらいの理由で永平寺勝山線を往復してみることにする。もうひとつ理由があるのだがそれが成り立つかどうかは明日の行程次第なのでここでは言わない。
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えちぜん鉄道の福井駅は高架だがあきらかに仮設で、先行して建設された新幹線ホームを間借りしているようだ。なお、えちぜん鉄道の列車には(全部ではないらしいが)アテンダントが乗車している。よーく見ると柱の影にわずかに後ろ姿が。列車は単行の電車。ひとまず右側に陣取る。車内はけっこう混んでいる。高校生が目立つが、中間テストにはまだ早いんじゃないかなあ。次の新福井駅はまだ高架上だが、地平に降りて福井口を出ると三国線と分岐して東に向かう。福井を出て東に向かうという点では越美北線と同じなのだが、少し住宅が多いかなあ。それを反映してか、駅の間隔も短いようだ。永平寺口まで来るとだいぶ山が近くなる。ここでまとまった数の下車客があった。この先は駅の間隔も少し長くなる。終点勝山は相対ホーム2面。反対側には別の列車が待っていて、こちらの列車が到着すると入れ替わるように発車していった。
ここまで乗ってきた乗客のほとんどはこのまま恐竜博物館に向かうらしい。三十一はそのまま折り返すが、さすがに1分の折り返しには間に合わないので、乗ってきた車両の折り返しを30分待つ。その間に駅舎の写真を撮ろうとしたがまともに逆光なのでちょっと斜に構える。この写真はまたマシなほうかもしれない。
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駅前の片隅に古い車両が展示されていた。古い電車と貨車だ。
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同じ電車で折り返す。運転士とアテンダントも同じペアだ。終点を目前にした福井口駅で運転士が交代した。どうもこの駅が運転の拠点になっているらしく、福井口-福井-勝山-福井口でひとつの乗務経路になっているようだ。そのときは気づかなかったのだが、同時にアテンダントも降りていたようだ。アテンダントは全列車で乗務しているわけではないらしく、このときは交代はいなかった。乗客が一斉に下車する終点こそアテンダントが必要なんじゃないかなあと思ったが、実はそれはただの言い訳で単に若い女子がいなくなって残念だっただけかもしれない。

福井鉄道の乗り場は、JRをはさんでえちぜん鉄道の反対側。もともと福井駅から武生に向かう列車に乗るつもりだったのだが、乗り場で案内を見ていると「市役所前で乗り継いで武生方面に向かう場合」という、まさに三十一がこれから行こうとしている経路の説明があり、しかもそこに例示されている電車(毎時23分発)はまさに目の前に停まっている電車だということに気づき、あわてて飛び乗る。あとでわかったのだが実は最初考えていた直通列車に乗っても最終的に敦賀に着く時間は同じだったのだ。駅前から一駅区間乗って市役所前で本線を走る快速に乗り換える。
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市街地では併用軌道を走るが、足羽川にかかる橋を渡って少しいくと専用軌道に入り、ほぼ北陸本線に並行して南下する。専用軌道に入ったあたりでは複線だったのだが気がつくといつの間にか単線になっていた。もう夕方で乗客は高校生が多い。しかし福井から離れるごとに少しずつ降りていって、家久を過ぎると乗客は三十一だけになってしまった。武生まで行くんだったらJRのほうが早いんだろうなあ。
終点の越前武生駅は、JRの武生とは少し離れている。しかも間にショッピングセンターの大きな建物がはさまっているので見回してもわからない。たまたま事前に地図で確認しておいたから迷わなかったが、さもなくば道に迷ったかもしれない。

武生からはJRで敦賀に向かう。できれば普通列車に乗ってみたかったが、適当な列車がなくやむを得ず特急に乗ることにする。どうせフリー区間で自由席なら特急にも乗車できる。次の特急は「しらさぎ62号」。どこかで聞いたような、と思って思い出した。昨日金沢から福井まで乗った列車だ。

武生から敦賀までは特急で一駅、20分。その間に北陸トンネルを通過する。北陸トンネルを通るのはこれで3回目だと思うが、ちょっと思いついて通過時間をスマホのストップウォッチで測ってみることにする。結果、6分41秒03。だから何だと言われても困るけど。北陸トンネルを出るとすぐ敦賀。

今日の旅程:
福井 (0908) → 九頭竜湖 (1049) 705D
九頭竜湖 (1056) → 福井 (1222) 728D
福井 (1255) → 勝山 (1348) 29レ
勝山 (1420) → 福井 (1512) 42レ
福井駅 (1524) → 市役所前 (1527) 福井鉄道
市役所前 (1538) → 越前武生 (1617) 福井鉄道
武生 (1651) → 敦賀 (1710) 5062M

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2017年9月25日 (月)

吹雪にはまだ早い越路

遅い夏休み。
福井に来ています。土曜日に時刻表で「おとくなきっぷ」をあれこれ検討した結果、北陸フリーきっぷを利用することにした。富山石川福井の北陸3県のほぼ全域をフリーエリアとして、東京都区内からの往復には新幹線の指定席が利用てきるというものだ。北陸には過去、北陸新幹線の開業以前に二度ほど来たことがあるが、新幹線初乗車を兼ねて北陸3県のうち通過しかしたことのない福井を中心に訪問しようと考えている。

とは言え、北陸新幹線の長野以遠は大半がトンネルであることはわかっている。これは北陸新幹線にかぎった話ではなく最近新しく開業した新幹線に共通だが。

前日の日曜日にきっぷを入手しておいて当日の朝ホテルを予約して荷造りをし、家を出たのは昼前。上野駅の窓口で席の指定をうける。空席は充分あるが窓際は空いていないという絶妙な混雑ぶりだ。約3時間弱で金沢到着。前に来たのは2005年だった。もちろん新幹線開業前だが、駅舎はすでに高架になっていた。乗り継ぎが30分ほどあるのでいったん改札の外に出てみる。北陸鉄道駅の位置だけ確認して引き返す。そのうちこの情報が必要になることがあるかもしれないのでね。
福井に向かう特急に乗り継ぐためホームに上がると、向いのホームにあずき色の415系が停車していた。うわ懐かし。常磐線にこの塗装の415系が走ってたのはいつごろだっけ。30年以上前だったかも。
Kanazawa415_20170925s

在来線のしらさぎで福井へ。高架の金沢を出てしばらくすると、高架のまま白山の車両基地に向かう新幹線を置き去りにして地平におりる。白山以遠はようやく高架の橋脚が立ち上がったところ。
少し大きな川を渡る。看板を見ると「手取川」。上杉謙信と織田信長が戦った「手取川合戦」はここか。加賀温泉を過ぎると県境の小さな峠を越えて福井県に入った。福井平野の田園地帯をいく。やがて進行方向左側にえちぜん鉄道が並行する。えちぜん鉄道が一時的に間借りしている将来の新幹線ホームにむかって仮設のスロープがのびていく。福井駅自体はすでに高架になっているが、えちぜん鉄道の駅も含めた東口はまだ工事中。

今日の旅程:
上野 (1230) → 金沢 (1520) 563E
金沢 (1548) → 福井 (1636) 5062M

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2017年9月16日 (土)

「ダンケルク」

映画「ダンケルク」 (公式サイト)

観てきました。

世間(そのスジの世間)では、ヤク改造のスピットファイアが主に英国面に堕ちた人々の間で評判になっていたようだけれど、同じ英国面でも海のほうに堕ちた三十一にとってまず目をひいたのはイギリス駆逐艦だった。
もちろん当時のイギリス駆逐艦はすでに残っておらず、フランスの記念艦 Maille-Breze (読み方わからん)をそれっぽく改造したそうだが、ぱっと見 「悪くない」と思った。船首楼船型、二本煙突、前後に背負式に装備された砲塔。台詞で登場した艦名は「バンキッシャー」だったがこれはおそらく Vanquisher で、いわゆる V 型駆逐艦(時期的に第一次大戦型)のうちの一隻ということだろう。
実際に「演じた」 Maille-Breze は 1950年代建造の Surcouf 型駆逐艦ということだが、粗を探せば「マストに電子装備らしきあれやこれ」とか「後甲板に VDS らしきもの」とか「全体に上構のシルエットが高い」とか色々文句をつけるところはあるにしても、CGを使わず実艦を使ったことを考えればよく出来ている。
実際のダンケルク撤退戦からすでに 77年も経っており、かつて「戦艦シュペー号の最期」に「本人」が登場したような芸当はもはや不可能だ。

さて映画の感想に移ろう。
アカデミー賞最有力との前評判だが、それは多分海のむこうでの話だろう。日本の単なる「映画好き」にはほとんどの場面が意味不明に見えるだろう。それくらい背景説明が無い。台詞にも出てこない。「これくらい知ってるよね」という前提で全て話が進む。というか、進むような話自体がない。ただひたすら戦闘と兵士や民間人の悪戦苦闘と死が描かれる。
かと思うと、イギリスで徴用された民間船がダンケルク沖合に到着したところであたかも「めでたしめでたし」とでも言うような演出がなされる。このあとの戦闘も多少描写されてはいるもののエピローグのようだ。実際には民間船も動員した撤退とそれを阻止しようとするドイツ海空軍の攻防がもうひとつの山場であったはずなのだが。

要するに、ドイツ軍のフランス侵攻から英軍の撤退という一連のキャンペーンの中から、ダンケルク撤退戦の、さらにその中のごく一部の時間帯だけを前後から切り放して目の前に放り出されたような印象。突然話が始まって突然終わる。背景を知らない人間には厳しい映画だろう。評価は分かれると思う。

自分は、船と飛行機を見るため「だけ」に DVD/BD が出たら買うかも知れない。

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2017年9月 6日 (水)

2017年8月の打ち上げ

8月は8件。アメリカ4、ロシア1、ヨーロッパ1、日本1、インド1(失敗)。

2日 0158GMT クールー / ヴェガ (OPTSAT 3000他)
14日 1631GMT ケープカナベラル / ファルコン9 (CRS-12)
16日 2207GMT バイコヌール / プロトンM (COSMOS 2520)
18日 1229GMT ケープカナベラル / アトラスV (TDRS-M)
19日 0529GMT 種子島 / H-IIA (QZS-3)
24日 1850GMT バンデンバーグ / ファルコン9 (FormoSat-5)
26日 0604GMT ケープカナベラル / ミノトー (ORS-5)
31日 1330GMT スリハリコタ / PSLV (IRNSS-1H) 失敗

珍しくアメリカが4件と半数を占めた。さらに細かく見ていくと SpaceX が2件、ULA が1件、オービタルサイエンシズが1件。

夏休み最後の日にインドが打ち上げた PSLV だが、ロケット本体は正常に動作したもののフェアリングが分離できず、結果として内部に搭載されていた衛星の分離もできず軌道投入に失敗。夏休みの宿題をまともに済ませた記憶がない三十一はなんとなく共感を覚えた。それはともかく、通常ペイロードの分離はロケット側の責任範囲(ピギーバックを除く。ピギーバックは分離も衛星側の責任)なので、PSLV にしてみれば 99% までうまくいった打ち上げも最後の 1% で失敗したということになる。

Orbital Launch Chronology

そうそう、H-IIA は 2005年以来29回連続の成功。

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