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2017年10月10日 (火)

貴社記者帰社汽車

三十一が重宝しているJR東日本のフリーきっぷには「三連休パス」と「週末パス」がある。「週末」は繁忙期を除く毎週末利用できるが、「三連休」のほうはもちろん三連休でないと発売されない。ところが違いはそれだけではなくて、「週末」はおおむね宮城県・山形県以南のJR東日本路線が対象であるのに対し、「三連休」では岩手秋田青森県を含むJR東日本全線(いまは函館付近も含まれている)が対象に含まれている。せっかくの三連休、「週末パス」では行けないエリアの未乗車非電化単線区間を踏破しようかと思い立つ。
対象エリアで現在未乗車の非電化単線区間は4つ。津軽鉄道、JR男鹿線、由利高原鉄道、JR北上線だ。三連休パスを使えば一気に制覇できそうだ。ところが急な話でホテルがとれない。連休初日の夜、青森、弘前、秋田、盛岡で検索してみたが空き部屋が見つからない。仙台あるいは福島あたりなら確保できそうだが、目的地と距離がありすぎる。どうしてもこの連休でなければいけないというわけではないので、このプランは断念した。いきなり出鼻をくじかれてしまったので詳細な計画にまでは至らなかった。

ケチがついてしまったのでいっそ連休は自室で安静にしていようかとも思ったのだが、天気予報によると夏かと見まがうような暑い連休になるとのことでもあり避暑がてら出かけることにした。利用するのは「週末パス」だ。
当初「三連休パス」で考えていたのにひきずられて、「週末パス」で行けるできるだけ遠い未乗路線を目指すことにした。具体的には福島県の会津鉄道だ。会津鉄道はもと国鉄の会津線で第三セクター化され、さらに日光側の東武線と接続されて浅草からの特急が乗り入れるようになった。その間は「野岩鉄道」という別の会社線になっている。
もちろん、これまでにも機会があれば会津鉄道に乗車したいと思っていた。それが未乗車のままになっていたのはやはりそれなりの理由があるのだ。国鉄会津線は会津若松から会津盆地を南下して会津滝ノ原(現在の会津高原尾瀬口)に至っていたが、さらに延伸して日光の隣、今市で日光線に接続するという構想があった。国鉄改革でいったん凍結されやがて第三セクターの野岩鉄道を設立して工事を再開することになったが、地域の有力企業である東武鉄道が出資したこともあり接続先が国鉄日光線から東武鬼怒川線に変わって完成された。会津鉄道に乗るためにはかつての経路である会津若松まわりと野岩鉄道経由の両方があるが、東京方面から野岩鉄道経由で行く場合には東武を利用するのが一番便利ということになる。しかしそうすると「週末パス」を使う意味がない。とにかく非電化区間だけに乗れればいいというなら、会津若松側から非電化区間の末端である会津田島まで往復するのが一番簡単なのだが、電化区間とは言えその先の山越え区間が未乗のまま残ってしまう。どうせならこの区間も乗ってみたいのだ。会津鉄道と野岩鉄道と東武鬼怒川線は事実上一体として運用されているが、そこに東武とはライバル関係になるJR日光線を組み込もうとするととたんに話が簡単でなくなる。JR日光線と東武日光線は同じく日光を目的としているが、その途中では実はほとんど交わらない。どちらかを選ぶとどちらかを捨てるしかないのだ。便利なのは東武だが、「週末パス」利用を前提とするとJRを使いたい。こうした問題があって、これまで後まわしになってきていた。しかしいつまでも後まわしにしておくわけにもいかないので本腰を入れて計画を立てることにする。
時刻表を調べてみると、鬼怒川方面から会津若松まで直通する AIZU マウントエクスプレスが走っているので、これを利用するのが便利そうだ。ひとまず時間帯のいい下り3号を軸に考える。幸いなことにこの3号は東武日光始発。「週末パス」を使ってJR日光駅まで行ってそこから東武日光駅まで歩き、「週末パス」で乗れない東武線、野岩鉄道線、会津鉄道の末端部分は別途運賃を支払うことにしよう。

AIZU マウントエクスプレスの発車時間から逆算して東北新幹線でまず宇都宮へ。そして日光線で日光へ。本当は、せっかく宇都宮まで来ているので未乗車で非電化の烏山線に乗りたかったのだが、今回はその時間がなかった。優先順位は会津鉄道なので今回は断念。日光線も初乗車なのだが使用車両はお馴染みの205系電車。外国人観光客がかなり目立つ。50分近い乗車時間のあいだに駅はわずか6つ。日光線はレトロ観光路線としてのブランディングがなされており、駅舎や車両にもそれらしいデザインが施されている。終着日光駅では大きなバッグを背負った外国人観光客や、対照的に軽装の若い女子の団体が群れをなす。駅員が「ジャパンレールパスを利用する外国人乗客は有人改札口へ」と英語を交えて繰り返し叫んでいる。乗り換え時間は15分ちょっとしかない。その間に東武日光駅まで歩いて、しかも運賃を調べてきっぷを買う必要がある。かきわけるように改札を出て駅舎の外へ。駅前広場で見回せば見つかるだろうと思っていた東武日光駅だが、目に入らない。いちおう事前に位置関係は調べておいたので東武日光駅があるはずの方向にむけて歩き出す。広いバスターミナルの向こうに見える三角屋根がそれらしい。思いの外距離があり少々焦ったが、10分くらいの余裕で東武日光駅にたどり着き、会津田島までの切符を買う。2050円。
改札を入ると AIZU マウントエクスプレスが頭端式のホームにすでに停車していた。非電化の会津鉄道線に直通するため当然ディーゼルカーだが全線電化の東武の駅では異彩を放つ。3両編成の最後尾車両に席をとる。東武日光線をいったん下今市まで行ってから東武鬼怒川線にはいるのだが、下今市で進行方向がかわるためにそれ以降終点までこの車両が先頭になるのだ。10分くらいで方向が変わるので、座席も最初からその方向に向けられている。秋田新幹線の上り列車とか、佐世保線の特急みどりとか、北海道新幹線開業前の特急スーパー白鳥とかと同じだ。
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東武日光駅を発車した列車はJRの日光駅を見下ろしてまずは下今市に向かう。快速列車という扱いなので停車する各駅でそれなりに乗降がある。下今市ではかなりまとまった人数が降りていったのと入れ違いに、東武特急で東京から来たと思しき観光客が大挙して乗車してくる。まあこれが普通の選択だよなあ。ホームの反対側には100系スペーシアが停車していた。やがて逆方向に向けて走り出し、複線の日光線から右方向に単線の鬼怒川線が分岐する。東武ワールドスクエア、鬼怒川温泉と名前の知られた駅に順次停車していくが、交換相手の遅れがあったのかいつの間にか5分ほど遅れていた。鬼怒川温泉駅では東武最新の500系特急リバティが停車しているのを見かける。新藤原からは野岩鉄道線に乗り入れる。単に会社がかわっただけではなく、野岩鉄道線はもともと鉄建公団による建設線だから、高架やトンネルが多い直線的な線路形状になる。ことにこのあたりは栃木福島県境の山岳地帯だからなおさらだ。沿線には有名な川治温泉などがあるが線路は駅付近でちらりと外界に顔を出すだけで大半はトンネルの闇の中。ダム湖もあるのだが車窓から見えるのはほんのわずか。ただし野岩鉄道線は全線直流電化されていて、東武特急や東武線の電車が乗り入れてくる。しかし今乗っているのは直通のためのディーゼルカーだから電化の恩恵は受けられない。やがて分水嶺を越えて福島県にはいると会津鉄道との結節点となる会津高原尾瀬口。国鉄時代は会津滝ノ原と呼ばれていた。しかし少なくとも車窓から見るかぎり、それほど特別な駅とは思われない。集落から少し離れた高台にぽつんと置かれた何の変哲もない中間駅に見える。

実はこのあたり、まだスキーをやっていた頃に奥会津のスキー場への往復でよく車で通った道筋なのだ。週末に日帰りでスキーに行くときは南郷とか高畑のスキー場に行くことが多く、そのときに川治温泉方面から野岩鉄道に並行して走る121号線を使って奥会津に入るというルートを多用していた。もっともスキーのためにこのあたりを走るときには大抵明け方または夕方過ぎで昼間に走ることはなかったので景色に見覚えはない。

会津高原尾瀬口から北は会津鉄道線になるが、このあたりはまだ電化されている。もともとの起点終点から考えると末端になる会津田島より南が直流電化されて日光方面からの電車が乗り入れる。会津田島より北側は非電化のままだ。もともとの起終点とは違って、日光と直結することになるかつての末端側がいまでは表玄関になってしまっている形だ。しかし終点の会津若松まで行くのであれば、JRの東北新幹線と磐越西線のルートには太刀打ちできない。だから多少なりとも入り込みが見込める会津田島までが電化されて、それより先は非電化で放置されているのだろう。野岩鉄道の沿線では観光資源は川治温泉くらいしかない。野岩鉄道が開業する際に、東武と接続するのであれば会津鉄道側でもせめて会津田島まで電化して電車を乗り入れる形にしなければ野岩鉄道の経営そのものが成り立たないと判断されたのだろう。つまり野岩鉄道の開業と会津鉄道の一部電化はセットなのだ。

会津鉄道線、というか旧国鉄会津線は、阿賀野川の支流が作る細長い可耕地に沿って走る。この谷筋が屈曲すればそれに従って線路も方向を変える。この細長い盆地はやがて大きな会津盆地に呑み込まれることになる。川と線路はおおむね同じ方向に走るからときどき交差することがあり、鉄橋上から見下ろす渓谷は意外に深い。南北に走る谷筋と線路が少しだけ東西向きになったところが会津田島駅だ。ここはかつての南会津の中心地で郡役所も設置されており、当時の郡役所跡が残っていて観光地となっている。現在では郡は単なる地域名でしかないが明治時代までは郡は県の下位、町村の上位に置かれた中間的な行政機関だった。会津田島駅は電化区間の終点なので折り返しホームや留置線が置かれている。折り返しホームには鬼怒川でも見たリバティの編成が停車していた。非電化区間に入ると周囲は完全にローカル線の風景。それほど広くない谷は田圃に覆われ、黄色く熟した稲が穂を垂れている。このあたりではこれからが刈り入れ時期らしい。会津下郷駅で逆方向の AIZU マウントエクスプレスと交換。この待ち時間に販売員が乗り込んできて「ますバーガー」と「花豆パイ」を売り歩く。けっこう売れていたようだ。芦ノ牧温泉前後では再び山越えになる。長いトンネルが続き、地図で調べるとダム湖があるらしい。ダム建設によって新線に切り替わったことが容易に推測できる。これが最後の山越えで、あとは会津盆地の市街地を行くようになり、左から只見線が合流すると近代的な西若松駅。会津鉄道はここまでだが列車は二つ先の会津若松まで行く。

さて会津若松からのルートは二つ。磐越西線を東に向かって郡山に出るか、あるいは西に向かって新潟方面に出るか。どちらのルートも既に乗車済みなのでどちらでもかまわない。しかし郡山には今年の春に来たばかり。郡山から仙台に出て宿をとり、仙台付近の未乗区間を乗りつぶして帰京するというのも考えたがどうもいまいちだ。いっそ新潟に出るのはどうだろう。新潟に宿をとることができれば、未乗の越後線や弥彦線を踏破することができるだろう。どちらも電化路線だが電化されたのは比較的最近で意外と面白いかもしれない。実は少し前から気になってはいたのだがなかなか機会がなかった。そこで磐越西線を新潟方面に向かう列車を調べてみると、次の普通列車までは二時間近く間が空いてしまう。なかなかうまくいかないなあ。ところが今日は三連休の中日。普段は走らない列車が時刻表に掲載されている。AIZU マウントエクスプレスから一時間弱で接続する新潟行きの臨時列車「SLばんえつ物語号」だ。ただしこの列車は全席指定、まさか前日の夜になって席がとれるわけがないだろうと思いながらも駄目もとでネット予約に挑戦したところ、予期に反して予約できてしまった。しかも窓際席で。こうして新潟に向かうことが確定する。
いったん駅前に出て遅い昼食がとれないかと右往左往していたときに駅舎の屋根の向こうから黒い煙が立ち上るのを見つけたので、昼食はあきらめて駅売店でパンを買って改札を通る。列車はまだホームにつけられておらず、ついさっきまで乗っていた AIZU マウントエクスプレスの隣の線路で準備をしているようだが、AIZU マウントエクスプレスが邪魔をしていてよく見えない。やがて AIZU マウントエクスプレスが発車してしまうとホームで待ち構えていた鉄分の濃い人々が一斉にカメラを向ける。たぶんよそから見ると三十一もその一員でしかないんだろうなあ。「SLばんえつ物語号」は戦後型の C57-180 が12系客車を改造した7両編成を牽引する。考えてみれば客車列車に乗るのは2008年に九州へ往復したときに乗車した「はやぶさ」以来だ。
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C57 が牽く列車は白い蒸気を吐きながらいったん喜多方方面に引き上げる。せっかくなのでこの場面は動画にしてみた。そのうちどこかに置くかもしれない。やがて客車を先頭にした推進運転で列車がホームに据え付けられる。今度は鉄と、これからこの列車に乗車しようという家族連れが入り混じってSLに群がる。三十一はそれを遠巻きに見て、念のためにとカメラを向けては見るもののあまり満足いくものにはならず早々に離れて客車のほうを見て回ることにする。客車は高級感をめざしてか茶系の艶出し塗装が施されているがよくよく見るとベースが12系客車だけあって外板にはかなり傷みが見受けられ経年は隠しきれない。車内も展望車やグリーン車は全面改造されているものの三十一が乗る普通車指定席は伝統的なクロスシートだ。三十一の席は進行方向左側、窓際ではあるものの後ろ向きの席だ。同じボックスで相席になったのは五十絡みの男性で抱えたバッグには鉄分の多い缶バッジ(材質はアルミだろうけど)がびっしりと飾られたわかりやすい鉄人でした。
やがて長一声の汽笛とともに客車列車特有の衝撃をともなって発車。電車しか乗ったことがないであろう一般客はびっくりしたようだ。このあたりはまだ平坦なので、薄い煙を引きながら会津盆地を行く。ポイントポイントでは撮り鉄の集団が待ち構える。磐越西線はほぼ東西に走るので、上り列車下り列車いずれも順光になる。喜多方を出ると電化区間は終わり。車内からだとわからないがやはりSLには架線の下は似合わないだろう。磐越西線そのものはこれまで二度ほど乗車したことがあるのでそれほど目新しくない。阿賀野川を右にあるいは左に見ながら走る。野沢駅で10分停車。給水と点検のためということだが、格好の撮影タイムとなり三十一もカメラをつかんでホームに下りる。順番に運転台に乗せてくれるらしくホームに行列ができていた。三十一はきっと誰かが撮った写真をあげてくれるだろうと思ったのでその行列には並ばなかった。
山都を出てしばらくして展望車に行ってみる。展望車は両端と真ん中にあるようだが、三十一が行ったのは隣の車両、真ん中の展望車だ。椅子は少なく、窓際に腰掛られるようにバーが設置されていた。長時間これで座り続けるのはつらいだろうが、窓が大きく展望は確かにいい。自席は荷物置き場と割り切って、乗車時間のほとんどを展望車で過ごすのも一案だな、などと考えていたら車内アナウンスが入り「限定ストラップの抽選会があるから席に戻れ」という。三十一はこの手の抽選にあたったためしがないので一瞬無視しようかとも思ったが望み薄とは言えチャンスをみすみす棒に振るのもどうかと思い席に戻る。「抽選会」とのことだったが実際には「じゃんけん大会」でアテンダントとのじゃんけんに勝ち残るとストラップがもらえるということだ。もちろん三十一は早々に負け抜けた。
売店で缶ビール(つまみつき300円)を買って再び展望車へ。三十一は普段酒を飲まない。飲めないわけでもないし嫌いなわけでもないのだが、近頃酔っている時間がもったいないと思うようになった。そんな三十一がビールを買う気になったのだから、やはりどこか高揚していたのだろう。久しぶりのビールが喉に沁みる。飲み終えたころに津川着。ここでも給水と点検のために15分停車する。カメラはずっと手元にある。空き缶を手に立ち上がり、ゴミ箱に捨てるとホームに下り立つ。今日の日没は17時08分、すでに日は沈んでいるが西の空はまだ赤い。その赤い空を背景に乗員がテンダ上にのぼって石炭の掻き寄せ作業を行なっているシルエットがいい感じだ。三十一の拙い写真でその雰囲気の万分の一でも伝わればいいのだが。
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津川に停車している間にあたりはすっかり暗くなった。もはや展望車に残っている意味もないので自席に戻る。終点の新潟まで残り1時間半ほど、その間SL列車に乗っていることを思わせるのは車内に漂う煙の匂いと、駅を発車するときの汽笛と衝撃。五泉、新津と停まって信越本線に入り終点の新潟へ。到着後、先頭の機関車に向かってはみるもののホームの照明だけでは黒ずくめの機関車をうまく撮れる自信がなかったので早々に引き上げる。
さてこの後だが、もともと新潟に泊まるつもりで磐越西線のダイヤを調べてその結果「ばんえつ物語号」の指定席を予約することになったのだが、実は肝心の新潟でのホテルの予約ができなかった。金額を考えなければ泊まれないことはないのだが、どうも三十一の予算を超える。次にもう一度来ることを考えればかえって安上がりかもしれない、とも考えたが休みの最後の一日に無理をするよりは早めに帰京して休み明けに備えたほうがいいかもしれないという気持ちのほうが上回った。もはや三十一も自分の体力に満幅の自信を持てないお年頃だ。結局新潟での宿泊を断念して上越新幹線で一度帰宅することにした。ずいぶん本末転倒のような気がするが成り行きで仕方ない。これくらいいい加減にやらないと長続きしないしね(言い訳)。駅ビルで軽い食事をとって新幹線で帰宅。

10月8日の旅程:
上野 (0922) → 宇都宮 (1009) 255B
宇都宮 (1038) → 日光 (1127) 837M
東武日光 (1143) → 会津若松 (1438) 3756~3157~3157D~3158D
会津若松 (1525) → 新潟 (1906) 8233レ
新潟 (2020) → 上野 (2222) 1348C

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