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2017年10月11日 (水)

大洗も鹿島も聖地に違いない

連休最終日。
前日は体力を温存するために新潟宿泊を断念して新幹線で帰宅。自宅に戻ったときは11時を回っていた。しかしそのまますぐ休んだわけではない。少しの間ではあるが時刻表と格闘してから床に就いた。
昨日使った「週末パス」は2日間有効、もう一日使える。あまり遠出をするつもりはないがまるっきり無駄にするのももったいないので、多少なりとも有効活用できればそれにこしたことはない。だがそれも当日実際に起きたときの時間と調子と気分による。
標的となったのは鹿島臨海鉄道大洗鹿島線。未乗車の非電化単線鉄道のうちでは比較的長い区間になる。実は「週末パス」のフリー区間の範囲では最長なのだ。それから大洗鹿島線につながるJR鹿島線に乗り継ぐ。こちらも電化路線ではあるが未乗車。この区間に乗車すれば千葉県内のJRはほぼ完乗となる。残るは成田空港線だけだ。水戸から鹿島線を経て佐原、成田に出るというスケジュールがまず決まり、オプショナルツアーとしてその前にひたちなか鉄道湊線を往復するというプランを計画したところで、後の展開を運に任せて寝につく。
翌日起きた時間ではすでにひたちなか鉄道のオプショナルツアーは実行不可能な時間になっていた。しかし鹿島臨海鉄道には充分間に合う。気分も悪くない。それでも快速では間に合わない時間になってしまったので特急「ときわ」を使って水戸に向かう。今年の春も出発が遅くなって特急を使った気がするなあ。学習しろよ。

水戸駅では二両編成のディーゼルカーが上り特急ホームの片隅に待っていた。そこそこ乗客がいたがクロスシートに席をとることができた。運転席のすぐ後ろなので比較的前方もよく見える。
定時発車。鹿島臨海鉄道はJR常磐線から右方向に分岐するはずなのだが、本線の右手にはヤードが広がっている。このヤードを横切ってから分岐するのかしらと思ったのだが、常磐線と鹿島臨海鉄道が並行して走っているあいだにヤードが途切れてそれからおもむろに分岐した。地平を行く複線電化の常磐線から離れて単線非電化の鹿島臨海鉄道は高架橋に登ると立派なトラス橋でそれほど広くもない運河を斜めにわたり、そのまま高架で海に向かう。東水戸、常澄と単線ながら立派なコンクリート造りの高架橋に置かれた島式ホームの駅に停まっていく。常澄駅では足元のおぼつかないお婆さんが下車していったが駅の階段を無事に下りていけるか心配になった。コンクリート剥き出しの高架橋上をいくためかディーゼルエンジンの騒音がかなりうるさい。やがて街並みが見えてくると大洗。ここが運転の拠点になっているらしく、運転士もここで交代した。前後は高架橋になっているのだがここだけ広めの盛り土構造になっており、ホームと駅舎、それから留置線が置かれている。大洗を出ると再び高架橋。はるか左手にかすかに水平線が見えるようだ。港には大きなフェリーが停泊していた。
このあたりまでは平坦な地形の上に高架、という風景だったのだがだんだん地形に起伏が現れ始める。ときに線路が切通しを行くようになる。右手に大きな湖が見えてきたので北浦かと思ったら涸沼だった。徳宿駅では掘割の中に線路と片面ホームがあって、階段を上ったところに駅舎があった。新鉾田あたりでは線路は地平を走る場面が多くなる。そういえば騒音もあまり気にならなくなった。北浦湖畔では今度こそ本当に北浦を望む。
地図で見ると鹿島臨海鉄道は海岸沿いを走っているようだが、実際には海岸の後背地にできた段丘の陰を走るので海はほとんど見えない。ふと気づくとまわりから田圃が消えて畑ばかりになっていた。水はけの良すぎる砂地では田圃は作りにくいんだろうなあ。日本で一番長い駅名という触れ込みの「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅」にも停車するが「日本一長い駅名」というのがいたちごっこになっていた時期があるので本当に今現在一番長い駅なのかどうかは定かではない。気になる人は自分で調べてみてください。

やがて貨物線と合流。ヤードが広がり、コンテナを積んだ貨車が見えたかと思うと、停留していたEF65電気機関車が車窓をかすめる。そういえばいつの間にか架線が張られているようだ。目前に立派なホームが見えてきたが列車は減速する気配を見せない。ホームからヤードをまたぐ跨線橋がのびた先には大きなスタジアム。サッカーの試合などのイベントがあるときだけ営業する臨時駅の鹿島サッカースタジアムだ。以前は北鹿島駅と呼ばており、正式にはここが鹿島臨海鉄道とJR鹿島線の接続駅になるのだが、なにしろ普段は旅客営業を行なっていないので客扱上では接続駅は鹿島神宮駅になっている。鹿島サッカースタジアムを通過した列車は鹿島臨海鉄道の鹿島臨港線から右に分岐する形で進む。ここはすでにJRの鹿島線になるわけだ。やがて左手に常陸一宮鹿島神宮の森を見ながら高架の鹿島神宮駅に到着。鹿島神宮駅は1面2線の島式ホームだが鹿島臨海鉄道とJR鹿島線でホームを使い分けているらしい。とは言え貨物列車も通るからずっと占拠しっぱなしというわけにもいかないだろう。
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JR鹿島線の列車は、千葉県内のローカル線ではすでにお馴染みの209系電車4両編成。一部の車両はロングシートからセミクロスシートに改造されている。クロスシートはすでにいっぱいだったので先頭車のロングシートにいったんは席をとったのだが、クロスシートに座っていた母子が「この席暑い」と言い出して席を立ったのですかさずそのあとに移る。209系は熱線吸収ガラスを使っているかわりに日除けカーテンが廃止されたのでときに暑く感じることがある。しかし三十一には少々の暑さよりも優先するものがあるので母子が放棄した暑い席を占拠した。
JR鹿島線は地形の関係もあってほぼ高架。軟弱な地盤の水郷地帯を行くだけあって、湿気の多い地上に線路を敷くよりは地下深くの岩盤から支柱を立ち上げて高架構造とし空中に線路を敷くほうが路盤が安定すると考えたのだろう。延方駅も潮来駅も高架橋上に設置され、縦横に走る水路も何事もないかのように超えていく。霞ヶ浦と利根川を結ぶ常陸利根川を超えると十二橋駅。まわりには田圃しかない、高架橋上に片面ホームだけがある駅舎もない無人駅だが、ひとかたまりの若い女子が乗車してきた。私服姿なので大学生かとも思うが、まわりにそれらしい施設は見当たらない。彼女達はいったいどこから沸いて出たのやら。十二橋駅を出ると利根川を直角に渡り、渡りきったところで大きく右にカーブして成田線に合流する。このあと、佐原から成田線に乗り継いでいったん成田に出てから帰宅するがこのあたりは去年にも来たので省略。

10月9日の日程:
柏 (1053) → 水戸 (1147) 57M
水戸 (1200) → 鹿島神宮 (1317) 137D
鹿島神宮 (1323) → 佐原 (1344) 536M
佐原 (1352) → 成田 (1428) 2450M
成田 (1446) → 錦糸町 (1552) 4464F

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