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2019年3月17日 (日)

飯田線のバラード

今回の目的は飯田線。
実は飯田線は今をさること40年近く前、1980年頃(さだかでない)に乗車したことがあるのだが、それ以来乗車しておらずほとんど記憶がない。また当時辰野から午後に乗って夜遅く豊橋に到着しており、後半はほとんど闇の中だった。
そういうわけでずっとひっかかっていたのだが、一応乗車したことはあるので後まわしになっていた。しかし、昨年の後半くらいから精力的に未乗車区間の消化につとめた結果、東日本地域でJRと地方私鉄の未乗車はほとんどなくなった。そこで今回の春の青春18きっぷ期間の最初の目的に飯田線を選ぶことにしたのである。
とは言え、飯田線は難物だ。距離は200km程度でしかないのだが、その間に100近くの駅があり各駅停車では7時間かかる。おまけに中間にまったく分岐がない。豊橋方面から入るにせよ、辰野方面から入るにせよ、200kmを乗り通して反対側から出るしかない。日中に乗車しようとするなら、遅くとも午前10時代の列車に乗る必要がある。それほど列車数が多くない飯田線では、選択肢はかなり限られる。
幸い3月になってだいぶ日が長くなり、日没は6時近くにまで遅くなっている。それでも、辰野側から乗ろうとすると前泊しないと一日での全区間乗車はできない。新幹線を使って直接アプローチできる豊橋側から入るしかないのだ。
豊橋から入るとして選択肢はふたつ。10:08 豊橋発の特急「伊那路」か、10:42 豊橋発の普通列車だ。特急を使った場合、帰宅が2時間早くなるが青春18きっぷのほかに特急券と乗車券を買わなくてはいけない。しかし三十一は特急を選んだ。まず特急券は新幹線との乗り継ぎ割引があるのでそれほど高くない。乗車券も、飯田線は地方交通線になるので少々割高だが、東京から豊橋までの乗車券につなげて買うので遠距離逓減が効いて相殺されるだろう。
東京から「ひかり」に乗り込み豊橋へ。豊橋駅の飯田線ホームは名鉄の隣。新幹線は自由席だったが、「伊那路」は指定席を買ってある。先頭1号車は指定席車だったので最前列を購入。ただし実際に乗車してみると最前列の窓際席は目の前が壁。通路側でないと前が見えない。しかし指定席車はほとんど空気を運んでいるような状態だったので通路側に座る。検札の車掌も特に注意するわけでもなかった。ということはこの席はずっと空いているのだろう。
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名鉄の本線と分岐して辰野に向かう。豊川までは複線。まわりには住宅などの建物が途切れることなく続き、その中を行く複線電化の線路。まるで都市近郊の私鉄路線のような印象だが、駅の規模が小さい点だけが異なる。
豊川駅を出ると単線となり、新城を出るころにはまわりの風景は一気にローカル感を増してくる。田んぼと里山。その中を行く単線の線路と無人駅。昔乗ったときは、このあたりは完全に夜で景色などまったく見えなかった。長篠城跡の脇をかすめて長篠に入るころから今度は山の気配が支配的になる。勾配が厳しくなり、ところどころにトンネルが現れる。特急だけあって主要駅以外は通過していくのだが、交換可能駅でも一線スルーになっておらず分岐で大きく速度を落としているのが気になった。
やがて中部天竜を過ぎるとダム建設で付け替えられた新線区間に入る。長いトンネルで尾根を越えて隣の谷へ移る。水窪を過ぎたところで同じようにトンネルで元の谷筋に戻るのだが、この新線区間にひとつ飯田線名物がある。「渡らずの橋」だ。鉄橋は通常川などの地形を渡るためにかけられるが、この鉄橋は対岸に渡らずに元の川岸の側に戻ってしまう。当初の予定では川岸にトンネルを掘って通すはずだったのだが、断層のためトンネルを掘ることができず、川の上に鉄橋をかけて迂回することにしたのだ。
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前面窓から見た「渡らずの橋」
長野県に入ると天竜川に沿って走るようになる。トンネルが多く、川がよく見える時間帯はそれほど長くないが、それでも悠々と流れる川面が左手に見えた。気づくと先頭車両の乗客はひとりだけになっており、それを良いことに窓にへばりついて写真を撮ってみる。
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天竜峡駅で下車。列車はこの先飯田駅まで行くがここで下車したのは、乗り継ぎとなる普通列車が天竜峡駅始発だからだ。
この先、飯田線は伊那谷を行く。左にも右にも相変わらず高い山並みが見えることは変わりないが、これまでのような山道ではなく狭いながらも盆地を行くようになり、田んぼや宅地が広がる。飯田や伊那、駒ヶ根といった大きな駅の周りには市街地が広がり、高校生や中学生が乗ってきたり降りていったりするようになる。
乗り換えた普通列車は213系の2両編成、セミクロスシートだ。思い起こせば(約)40年前の飯田線では80系電車が走っていた。そのころ80系が好きだった自分は旅行計画時にあわよくば80系に乗りたいと思い飯田線を旅程に含めることを主張した(この時は同級生3人での旅行だった)。しかし辰野で乗車した豊橋行きの電車は80系ではなくスカ色3扉クロスシート半流の旧型国電で、三十一は正直がっかりした。しかし考えてみればこの電車は戦前型のクハ68もしくはクモハ51で、もっとちゃんと記録しておけばよかったのにと、今になってつくづく思う。なお80系電車への乗車はかなわなかったが、途中駅で交換した相手の列車が80系電車で目撃することはできた。
飯田線の終点である辰野に近づいてくると天気が少し悪くなってきた。辰野で中央本線と合流するがこの列車自体はこのまま茅野まで走る。辰野駅がJR東海と東日本の境界駅になるので、乗務員が交代する。中央本線の新線と合流する岡谷駅で列車を降りて、ここから東京に向かうことにする。待合室で時間を潰して頃合いを見てホームに向かったところ、雪が降っていた。さすが長野県。
本日の旅程:
東京(0833)→豊橋(0956) 505A
豊橋(1008)→天竜峡(1224+2) 21M
天竜峡(1233)→岡谷(1555) 225M
岡谷(1622+3)→小淵沢(1707) 1536M
小淵沢(1722)→高尾(1944) 554M

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