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2019年4月 1日 (月)

和をもって貴しとなす

新しい年号は「令和」(れいわ)と決まった。違和感を禁じ得ないが、そのうち慣れるだろう。平成のときもそうだった。

三十一の予想は当然のように外れたが、「和」を的中させたのは上出来だろう。個人的には「和」が「貴い」とはさして思っていないのだが、世間一般にはそう思われていて、しかも現実では「和」が十分ではないと思われる場面が多いから、目標や理想として「和」を掲げるのは大方の納得が得られるのではないか。「和」の使用は20度目になるが、前の記事でも触れた通り「和銅」以外の18回(今度で19回目)はすべて2字目だ。試しに列挙してみると以下の通りになる。

承和、仁和、応和、安和、寛和、長和、康和、養和、正和、貞和、文和、永和、弘和、元和、天和、明和、享和、昭和、令和

 

しかし「令」はどうだろう。「令」は過去元号に使われたことはないし、天皇の諡号追号としても採用されていない。出典は万葉集だそうで、それ自体はまあいいとしても「令月」が「よい月」を意味するなんてことをどれくらいの人が知っているだろう。日常に使うことはまずないし(実際手元のIMEでは「れいげつ」は変換しなかった)、類似の使い方としては「令嬢」「令息」「令夫人」くらいしか残っていないだろう。そのなかでも本当に日常使われているとしたらせいぜい「令嬢」くらいであとは死語に近い。「令嬢」にしてももはや半死半生だ。
さらに気になるのが、漢文では「令」はもっぱら使役の助字として使われていることだ。「令和」という字面を見たときに「和せしむ」と訓じたくなる。「和」はいいとしても、それを上から強制あるいは指導されるようなニュアンスを感じる。「民主的でない」ということで議論を呼ぶかもしれない。

同じ「れい」という読みならむしろ「礼」のほうがよかった。「礼」はマナーだがそこには相手の感情や立場を尊重するという意味がある。「礼和」なら互いにリスペクトをもって融和するという理想を示すことになり、よほどのひねくれものでない限り文句はつけないだろう。ちなみに「礼」も過去の元号や天皇諡号追号に使用されたことはない(女院号としては例がある)。

まあいまさら何を言っても詮無いことだ。いずれ慣れるだろうし、また今後ますます西暦使用が主流になってそれほど広く使われないかもしれない。実はそれが目的だったりして。

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