2009年9月27日 (日)

PHP研究中

どこかのシンクタンクみたいなタイトルですが、別に関係ありません。いやその、狙ってつけたんだけどさ。

いまさらと言われるかもしれないが、PHP をちょっとかじってみた。もともと、細かいツールをちまちまとプログラミングするのはそれほど嫌いなほうではなく、一昔前は DOS batch で、ちょっと前は java でツールを作って流したりしていた。とは言え、汎用性のカケラもない、とても他人様には見せられない代物だけどね。

で、去年から自鯖を立て始めたのにともない、Web アプリを作りたいという大それた希望を抱き始めた。もちろんちゃんとした勉強をする気はなく、とにかく動きゃいいというくらいに考えていたのだが、あまりにも考えなしだったのでどの言語、どの仕組みがいいのかというレベルから見当もつかない。しょうがないので、とりあえず名前くらいは聞いたことがあるという頼りない感覚をもとに本屋で入門書をあさってみた。その結果、いま手元にあるのは JSP と PHP と Ruby on Rails の入門書である。

三十一はもともと DB 屋であるので、DB と相性のいい方法がいいと思っていたのだが、その点についてはそれほど違いはないようで、どちらかというと三十一と言語の相性のほうが重要そうだ。ただ実際にコーディングを勉強し始めてみると、eclipse とか Rails といったフレームワークを前提に解説されている JSP と Ruby はちょっと敷居が高い。そんなに手の込んだアプリを構築しようというわけじゃないので、エディタでちょこちょこと書いてすぐ動かせるのがいい。そう考えるとどうも PHP のほうがお手軽なようだ。DB アクセスも PDO を使えば JDBC ライクでとっつきやすい。

とりあえず秀作として、DB から特定の条件でデータを検索して表示する Web アプリを作ってみる。ゴミアプリだけど、今後手を入れていく出発点としては適当だろう。

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2009年6月18日 (木)

バッチツールとしてのエクスプローラー

仕事だったり趣味だったり、Windows というよりは DOS 窓でバッチを流すことがときどきある。今ちょうど仕事で(鬱)バッチを流しているのだが、ディスク容量の関係で全部まとめてできないので分割しながら順番に流しているのである。
分割しながら流すとしても、ひとつひとつがそれなりに時間がかかる。ずっと見ているわけにはいかないので裏で流し続けていて表では別の作業をしているのだ。一方、終わったときにはすぐ後処理をして次のバッチの準備、実行にとりかかりたい。時間がかかるだけに無駄な時間は極力少なくしたい。そうしてたどりついたのが、バッチファイルの一番最後に魔法の呪文を追加するやり方。

> explorer c:\

やってみればわかるが、これでエクスプローラーの窓が立ち上がる。三十一は普段エクスプローラーを使わず、フリーソフトを使っているのだが、バッチ処理が終わると目の前にエクスプローラーの窓が出てくるので嫌でも気づく。

この「バッチ処理完了通知機能」にすっかり味をしめ、使い続けているうちに面白いことに気づいた。バッチから explorer を起動すると、その窓を終了するまでバッチのコマンド・プロンプトに制御が返らないのだ。てことは、適当なところに上の一行を入れておくと、窓が立ち上がってそのまま処理が一時停止する。その窓を終了すると、一時停止していたバッチが再開して処理が継続される。バッチの一時停止には pause を使うのが定番だけど、pause はキー入力待ちになっても通知の役をしてくれない。エクスプローラーを使えば一石二鳥だ。

エクスプローラーでなくても同じような目的に使えるコマンドは他にもありそうだけどね。
三十一はこれまでエクスプローラーをほとんど使っていなかったけれど、これからは重宝しそうだ。本来の目的とは違う目的で。

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2009年3月15日 (日)

三十一はふっかつのじゅもんをとなえた

システムダウンからいちおうの回復をみるまでに2週間かかった。

まだ一部うまく動作しない機能は残っているが主要な機能は復旧して供用を再開できるめどがついた。結局、これまでの環境の修復はあきらめてまったく新しくマシンを用意してそこに環境を構築した。

FAST F330

サイズ、基本スペック、そしてデザインの順番に優先順位をつけて絞り込んでいって選んだ機種。あ、それから価格もね。
アキバではだいたい2万円を切るくらいの価格で手に入る。2.5インチハードディスクはすでに手持ちがあるし、メモリーも余分がある(いま安いので買っちゃったけど)。スリムドライブは買ってこなくてはいけないけど、最悪でも 3.5インチ ATAPI ドライブをつなげばいいと思っていた。その場合、ケースがしまらなくなるけどどうせ導入時くらいしか使わないし。ま、これも結局は買っちゃったんだが。

直接の投資額は3万円弱。それも過去の設備投資(不良在庫ともいう)のおかげと言えるだろう。

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2008年9月 6日 (土)

ブラクラ踏んだかと思いましたよ

Firefox が自動更新されて再起動したあと、NFL の公式サイトの中の各チームのページに飛んだら、ブラウザがクラッシュするようになってしまいました。

困るんだよなあ、早く直してくれないと。

上に貼り付けたリンクは、トップページなので Firefox で開いてもクラッシュしません。でも、同様事例がたくさんあると対応が早くなるかもしれないので、是非みんな踏んでクラッシュレポートを送りつけてやってくださいな。

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2008年7月18日 (金)

ひょっとして依頼されてますか?

だいぶ以前にとりあげた Wikipedia の「短期現役士官」だが、気がついたら加筆依頼のスタブがつけられている。すでにこのスタブのコメント自体にもツッコミを入れたくなった。昭和13年7月に任官した最初の主計科二年現役士官の中に小数だが主計少尉候補生がまじっている。つまり専門学校出身者だよね。拡大もなにも最初から対象なのだが。

主計科だけが短現じゃないこととか、帝国大学に限らず旧制大学卒業者も対象とか、多少の改善はみられているようだ。だけどね、そもそも背景が違うのさ。

軍縮で採用を減らした結果、兵科・機関科将校の配員に支障をきたしたことは事実だ。だがそれと二年現役制度はやや性格が違う。軍縮期の採用調整のおかげで不足したのは、第二次大戦期の中堅将校だ。

採用調整とは関係なく、一般に軍隊では平時に比べて戦時に必要な員数が極端に大きくなる。特に大量に必要になると考えられていたのは大中尉クラスの下級士官である。戦時に合わせて平時からつねにそれだけの人数を抱え込んでいるのは非効率だ。しかし軍人、とくに士官の養成にはそれなりの時間がかかる。戦時になってから対策をうっても戦力として間に合わない。平時からあらかじめ準備しておく必要があるのだ。これらの要員は、あらかじめある程度の軍務の経験と知識をもっておきながら、平時には一般社会で働き、戦時必要な際に召集されて軍務に就くことになる。

日本海軍においても、そのための制度は以前からあった。主に商船学校出身の商船乗組員を戦時に召集して勤務させる海軍予備員がそれにあたる。商船学校ではそのための軍事学の授業があったし、海軍将校も配属されていた。この海軍予備員と、かつて現役として勤務しながら配員の都合で現役を退いた予備役軍人が、戦時召集のためのプールとなる。余談だが、Wikipedia の海軍予備員の項目はなかなかよくできている。短期現役士官の執筆者にはみならってほしいものだ。

ところが、この海軍予備員は兵科および機関科だけが対象で、主計科や軍医科などの将校相当官ではこの制度は適用されない。そのために考え出されたのが二年現役制度で、大正14年にまず軍医科ではじまった。つまり、新任された軍医科士官のうち、これまで通り軍内でキャリアを重ねて昇進していく永久服役士官のほかに、短期間現役として勤務して軍務を経験したのちに予備役に編入されて一般社会で生活し、戦時に召集されて軍務に就く二年現役士官を一部採用したのだ。現役期間はひととおりの軍務を習得するために必要な二年間とされた。例えば二年現役士官を毎年20名採用したとする(昭和4年の実績は22名)と、平時のある一時点では現役として勤務している二年現役士官は40名。毎年20名ずつが入れ替わっていくので、10年この制度を続ければ予備役にある士官は200名となる。平時定員に比べて最大5倍の戦時定員が確保できる計算だ。

昭和13年に主計科および技術科(当時は造船・造機・造兵科)に拡充され、昭和17年に新たに武官化された法務科でも当然のように採用された。

ここで指摘しておきたいのは、二年現役制度を発足させるに当たり法令上の改定は必要なかったということだ。実は法令上二年現役制度の根拠はない。完全に海軍部内の運用だけで対応できた。もともと将校相当官の任用資格として大学・専門学校出身者というのはあった。軍医についてはずっとそうであったし、主計科でも経理学校で生徒教育がはじまるまではずっと大学・専門学校出身者を採用していたのだ。また、現役士官の誰をどのタイミングで予備役に編入するかは、人事を握る海軍大臣の専管事項だ。

採用される側の二年現役士官にもメリットはある。海軍士官に採用された時点で、当人は海軍兵籍に編入され士官の分限を得る。さもなくば――その他の未徴収兵と同じく――兵籍上は(ほとんどが)陸軍二等兵となってしまう。万一の戦時に、陸軍に一兵卒として召集されるのと、海軍で士官として勤務するのと、どっちが嬉しいかというのは当人次第だが、まあ、ほとんど後者だろう。

Wikipedia の記事では相変わらず「任期3年」などという意味不明な記述を掲載し続けている。そのうち気がむいたら三十一版の記事をどこかで紹介するかもしれない。ま、あてにしないで。


追記:

ひとつ書き忘れた。「海軍武官任用令」に、大学出身者は中尉に、専門学校出身者は少尉に任用すると明記されている。この規定は当然、二年現役士官にも適用される。

今見たら、主計少尉の任用条件が変だなあ。多分入力間違いだろう。

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2008年6月19日 (木)

Wikiって、ほんとーにいいものですねえ(ただしMyWiki)

VM上にローカルWikiを作成してから早くも半年になろうとしている。データをサーバー上に移してからは一月くらいかな。その間に作成されたエントリを数えてみると(数えさせてみると)、なんと3000項目を越えていた。

Wikipedia にはもちろんかなうべくもないが、大半の項目は Wikipedia にはないと思います。ま、細々とエントリを分けてるせいもあるんだけど。

そろそろ真剣にバックアップを考えなくちゃ。

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2008年4月16日 (水)

「うぃきぺでぃあ」を信じていいですか

こんな記事を見つけてしまいました。

呂一一型潜水艦

参考文献と脚注に見慣れた文字列が。まさかと思って Wikipedia の中で検索してみたら出てくる出てくる。どうも最近大量に更新した人がいるらしい。
そんなに信用してもらうとかえって空恐ろしくなる。ま、出典さえ明確にしてくれればいいのだが。

話がわからない人はプロフィールを見てみましょう。

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2008年3月13日 (木)

鯖育成計画

何度も生まれては立ち消えになっている鯖計画。
自前Wiki作成をきっかけに、ちょっと本気で考えてみようかと思いつつある今日このごろ。しかし悩ましいのは、余剰パーツを集めて1台自作PCを組み上げそこにVistaを乗っけて鯖化させようというプランと、これまた余剰になったノートPCを鯖化しようというプランのどちらで進めようかという選択。
前者の場合、HDD容量などスペック的には充分な能力を持たせることができるが、常時稼働では地球(と三十一の部屋の静寂と三十一の懐の中身)に優しくない。いっぽう、ノート再利用では地球にはやさしいけれどスペックには枠がはめられる。どうしようかなあ。

どっちにしろ、選択の余地があるくらい余剰物資があるということだけど。それはそれでどうかと思う。

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2008年2月28日 (木)

まだまだ成長期

我が家のPCのうちもっぱら動画処理に使っている1台に1TBのHDDをさらに一本追加。これはもともと既定の路線で、現在すでに1TBになっているデータ保存用ドライブの内容を二重持ちさせるためには同じサイズのディスクが当然必要になってくる。これまでが片肺の不自然な形だったのだ。これでようやくあるべき姿になった。
その代償として、500GBのHDDが遊休化してしまったわけだが。使い道を考え中。

しかし、データを少し整理しないとこの調子で増やしていったらきりがないぞ。何か工夫が必要だろう。

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2008年2月 7日 (木)

Wikiを作る

ちょっと前にWikiがほしいなどと書いたその少し後、秋葉原の書店でWikiの解説本でもないかなーと物色していて見つけたのがこの本である。

本の内容はどうでもよく、決め手になったのは付属CD。Linux に Apache と MySQL、PHP をセットアップして MediaWiki を導入した VM イメージファイルが含まれているという。 VMWare は仕事でよく使っている。自宅のPCには導入されていないが、ダウンロードして導入するのは簡単だ。LAMP (Linux Apache MySQL PHP) 環境をイチから独学で作るのはかなり骨が折れるが、これならすぐテストできるぞ、というわけで早速買って帰り、インストール。少しセットアップが必要だったが、ローカル Wiki が思ったより簡単に実現できてしまった。 問題はこれからで、データ入力が大変なのである。ここんところ家ではずっとこんなことばかりやってるぞ。 今度は外出先からアクセスできるようにしたいなあ。

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2008年1月24日 (木)

「ウェブ進化論」

出た直後くらいに書評を見て記憶には残っていたのだが、あの頃はまだ今の仕事に多少なりとも希望を持っていたのでまじめに読むつもりはなかった。最近、書店を散策していて目に付いたので買ってみた。
読んでいない人にはわからない話かもしれないが、三十一は現在「こっち側」の世界で仕事をしている。「あっち側」はどうだか知らないが、「こっち側」はすでに労働集約型産業になってしまっている、と三十一は思っている。多少の能力の差はものの数ではない、とにかく人数を集めて突っ込んでやっつけるという仕事の仕方がまかりとおっている。歯車になれというならそれもよかろう、メシを喰う手段と割り切って機械的にこなせばいいことだ。だが労働集約型産業の競争力を決めるのは、結局は人件費だ。日本はその点で決定的に不利と言うしかない。そう考えると、「あっち側」つまりWeb2.0の市場に活路を見出すのでないかぎり、将来は期待できない。この齢になっていまさら新しいことを始めるのも大変だしなあ。というわけで、この業界からそろそろ足を洗う頃合いではないかと思い始める今日このごろ。とりあえず宝くじを買うところから始めよう。

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2008年1月 5日 (土)

Wikiがほしい

さんざんウィキペディアに文句をつけているけれど、だからと言ってあれを自分で編集修正する気にはなれない。自分が納得いく形まで書き直すのも大変だし、書き直したとしてもどうせどっかから物言いがついたり、気が付いたら書き直されていたりするんだろう。ノートの議論にもなんだかお作法があるようで、お祭りになったところで戦う気力もありゃしない。そんな元気はずいぶん前に使い果たしたし、ひと昔前のBBSと違って理屈の通じない厨房が溢れかえっている現代では、まともに相手をするだけ無駄だ。
しかしウィキという仕組み自体は、未完結の情報を集めて行くのには便利だ。完結した情報なら、ウィキの制約に縛られずに使いやすいようにまとめられるのだけど。と言うわけで、ローカルウィキを自分のところに作ろうかと画策中。画策だけで全然具体的になってないけど。

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2007年12月15日 (土)

Wikiに対抗するわけではないが

昔々に自分が書いた文章のほうがよっぽどまともだと思うのだが。

http://homepage2.nifty.com/nishidah/t_xa4.htm#短現

とは言え、現在の目から見たらちょっと書き直したい気分。

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2007年12月 7日 (金)

続・「うぃきぺでぃあ」を信じないでください

久々に呆れ果てました。
ちょっと調べものをしていて、ウィキペディアの「短期現役士官」にたどりついたのだが、これが凄い内容。ちょっとの間違いなら自分で書き直す気も起きるのだが、ここまで酷いと全面的に書き直すしかない。そこまでする気はないので、気が付いたところを思いつくままに挙げてみよう。

1. 正式名称は「二年現役士官」で、「短期現役士官」は通称。

2. 「二年現役士官」制度の開始は昭和初期にさかのぼるので、第二次大戦期に急に始まったものではない。

3. 「特殊士官」って何? そんな単語は聞いたことがない。

4. 「主に二年現役海軍士官」と言っているが、「二年現役」以外の短期現役士官は何だろう。

5. 「帝国大学または専門学校出身者」帝国大学以外の大学はダメなんですか。

6. 「二年現役」って書いてあるのに「任期は概ね3年を上限」というのはどこから出た話だ。

7. 任用後に与えられる階級は、大学出身者は中尉、専門学校出身者は少尉。

8. 現役士官が「海軍の定める任地に赴き軍務に就く」のは当然。二年現役に限った話ではなかろう。

9. 兵科将校不足と二年現役制度の関係がわからない。このふたつは本来別々の話。

10. まるでこの時点で事務業務を担当する「主計科士官」が独立したかのような描写だが、永久服役の主計科士官は明治初期から存在した。二年現役主計士官の発足により業務分担が変わったわけではない。

11. 戦争の継続期間を念頭において現役期間を定めたわけではない。必要な技能をひととおり習得するための期間として現役期間が定められた。戦時には予備役士官として召集すればすむこと。

12. 主計士官はたしかに経理や給養を担当した。この業務は当然すべての機関・部隊で必要であり、主計士官が配置されていた。二年現役士官だけが配置されていたかのような記述は誤解を招く。

13. 「正規士官」っていうのは経理学校出身者の意味か? しかし大学・専門学校出身者と経理学校出身者で身分の差は(法令上)なかったはず。そもそも経理学校で生徒教育が始まるまでは大学・専門学校出身者を任用していた。

14. 「軍令部任官」「司令官任官」非常に違和感がある。軍令部長補職、司令官補職の意味か。海軍士官育成はそれまでも兵学校一本槍だったわけではないし、その一方で主計科士官の司令官補職・大将任官はまったく考えられていなかった。

15. 二年現役制度でもっとも有名なのは主計科士官だが、最初に制度化されたのは軍医科・薬剤科で、ついで主計科、さらに技術科・法務科と拡充された。主計科以外にほとんど触れられていないのは重大な手落ち。

まだまだあるような気がするが、このくらいにしておこう。
巷間伝えられているような言い伝えや俗説を無批判に書き連ねたようで、物語としてならまだしも百科事典として使用するには問題がありすぎる。

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2007年2月 1日 (木)

Wikipedia の親補職の項目が修正されている

以前、「うぃきぺでぃあ」を信じないでください という記事で Wikipedia の親任官 の項目で説明されている「親補職」に関する記述がかなりおかしいということを取り上げた。
最近、改めて見てみると修正されている。以前に比べてかなりマシになったと言えるだろう。まあ細かいところでまだ気になるところがないでもないが。

一番気になったのが「少将以下が親任官待遇になることはあり得なかった」という一文。これは法制上あり得ないという意味なのか、それとも明確な規定は無いが事実としてそういうことはなかったという意味なのか。文面を素直にとると前者のようにとれてしまう。
しかし三十一が知るかぎり「親補職は中将以上に限る」というような規定は存在しない。例えば軍令部総長の場合、根拠となる法令「軍令部令」において「軍令部ニ総長ヲ置ク親補トス」(第二条)と規定されているのみである。そして軍令部総長の補職資格として海軍大将または中将に限定しているのは「定員令」の規定だ。つまり、軍令部総長というたまたま親補職である職に、大将または中将を割り当てているだけということになる。「親補職だから」中将以上をあてているわけではない。「定員令」で親補職に少将を割り当てても法理論上はまったく問題ない。現実問題として、親補職はそれなりの格を求められる地位であるから、中将によほど人材が払底していないかぎり少将にまで枠を広げることはなかっただろうが。その「よほど」が起きたのが戦争末期で、大量に増産された師団のうち一部の師団長に(若返りの意味も含めて)少将が補職された。ただしこのときには親補職とは扱われなかったらしい。

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2006年11月30日 (木)

「うぃきぺでぃあ」を信じないでください

ウィキペディア は安易に信用しちゃならん、というのは知っている人は知っていることで、実際三十一も「これちょっとおかしいんじゃないの」という記事を何度も見たことがある。

最近見つけた「親任官」の記事はその中でもちょっと凄い。「おかしい」どころか「間違い」と言ってもいいだろう。問題は「親任官(武官)」と題された項目。陸軍大将・海軍大将以外は全部「親補職」だ。その下に「親補職」の説明があるけど、これもおかしい。親任官は大将だけだからこそ、中将以下の階級の者が「親補職」に在職中は「親任官の待遇を享ける」のである。例えば参謀総長に陸軍大将が補職されようが、元帥が補職されようが、「参謀総長」という職はあくまで親補職。親任官ではない。

『この「親任官」は、日本の歴史に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。」』

ということだったので、しゃしゃり出る気はなかったがあまりに酷いのでいっちょ訂正してやろうかと「編集」ボタンを押したらプロバイダの使ってる IP がブロックされていて編集できなかった。
いつまでもこんなのが残っていると精神衛生上よくないので誰か修正してくれないかな・・・

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