2019年4月22日 (月)

箱根山戦争

今週は箱根山へ。
土曜日に外出ができず、日曜の朝9時以降の出発になったのと、前回は遠出してけっこう物入りだったため、近場にしておこうと思ったのだ。結果としては、関東1都6県で唯一残ったローカル私鉄、いずれも小田原を起点とする伊豆箱根鉄道大雄山線と、箱根登山鉄道を目指すことにする。
小田原までは千代田線から小田急線に乗り継いで行くことにする。地下鉄千代田線と小田急小田原線、それから箱根登山鉄道はかつて乗車した記憶があるのだが記録が残っていない、いわば「非公認」乗車区間になっている。これを改めて「公認」するためにこのルートを使う。小田急の運賃が安いというのも大事な理由のひとつだけれど。

代々木上原で小田急の急行に乗り換えて小田原へ。この区間の複々線化以降に乗るのは初めてだ。高架と地下線が入り混じる複々線区間は向ヶ丘遊園まで。その先は複線になる。厚木をすぎるとローカル感が強くなり、車窓からは丹沢が間近に見える。新松田で御殿場線と交差し、やがて小田原に到着。
いったん改札を出て、駅構内の片隅にある伊豆箱根鉄道へ。大雄山線は10キロほどの電化単線路線だが、昼間時間帯は10分程度の間隔でかなり頻繁に運転されている。車両は一見、西武車両あたりのお古かと思ったが、急カーブがあって20m車両が入線できないため、自社発注となる18m車両3両編成だった。

頻繁運転のせいか、乗客はそこそこ多い。ワンマンではなく車掌も乗務していた。途中に3個所ほど交換可能な駅があるが、そのすべてで対向列車と交換しており、ネットダイヤになっているのだろう。
終点の大雄山駅では、地元の利用客以外はバスに乗り換えるらしいが、三十一が5分で折り返し、小田原に戻る。
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小田原で再び小田急の改札を通り、箱根登山鉄道に乗り換える。とはいえ、ここから箱根湯本までは改軌もされて小田急車両ばかりが走るようになっている。実際に乗った列車も小田急の4両編成だった。それでも「登山鉄道」は伊達ではなくかなりの急勾配だ。箱根湯本駅で乗り換え。1面の島式ホームに3線が設けられており、片側は全体を小田急特急の発着に使用し、もう片側を前後に分割して小田原方面の普通列車と、強羅方面の登山列車が頭を突き合わせる形になっている。もちろん、軌間も異なる両線の間には車止めが。

箱根登山鉄道は3両編成。すでに車内はかなり混雑しており立ちとなる。旅客は大半が観光客だろうが、外国人がかなりの割合で含まれていた。箱根登山鉄道はスイッチバックと急勾配で有名だが、あまりにも有名なのでここでは詳しく説明しない。強羅から逆戻りして箱根湯本へ。

帰りはロマンスカーを張り込む。あらかじめネットで特急券を買っておいて正解。

今日の旅程:
代々木上原(1120)→小田原(1252) 1239レ
小田原(1300)→大雄山(1321) 71レ
大雄山(1326)→小田原(1347) 80レ
小田原(1355)→箱根湯本(1411) 7259レ
箱根湯本(1412)→強羅(1449) 461レ
強羅(1453)→箱根湯本(1532) 470レ
箱根湯本(1537)→新宿(1707) 0784レ

 

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2019年4月14日 (日)

長良といえば軽巡洋艦

さて今週は岐阜県。
今回の計画時に最初に目標としたのは明智鉄道だった。中央西線から分岐する明智鉄道はそれほど長くないが東京からたどり着くのはわりと面倒だ。本数も多くないしそれなりにしっかりと計画していかないと痛い目を見そうである。試しに自宅を常識的な(と言っても7時台の電車に乗るくらいの)時間に出たとして時刻表を調べてみると、明智鉄道を往復して起点の恵那駅に戻ってくると午後3時近くなってしまう。いくら日が長くなったと言っても、これからそれほど回れそうもない。せっかく岐阜県まで出かけるのだからせめてもう少し回りたいものだ。そこで強行軍だが名古屋に9時台前半に到着する新幹線に乗るようにすれば、明智鉄道を往復しても午後の比較的早い時間に戻ってこられる。それから太多線を通って岐阜に出、大垣から東海道本線の美濃赤坂枝線を往復してから帰京、というプランが出来上がった。今週は都合で日帰りだ。
よしじゃあこれで行こうといったんは心づもりしたのだが、これで岐阜県が制覇できるわけではない。いずれ再訪しなければならないのだが、そのときに目標となるのはまず長良川鉄道、そして樽見鉄道だ。どちらも非電化の第三セクターだが、考えてみれば美濃赤坂枝線より優先順位が高いのではないか、まあそれにしても日があるうちに乗る時間があればの話だ、と駄目元で念のため長良川鉄道のダイヤを調べてみると、午後の遅い時間、ちょうど日没前に終点北濃に到着する列車がある。だが何とかたどりつけても果たして帰宅できるだろうか。夕方の6時に岐阜県の山中にある北濃駅を出て夜11時前後にはなんとか東京まで帰ってこれそうだ。朝早く夜遅いというかなりタフな行程になるが、日帰りで明智鉄道と長良川鉄道と、ついでに太多線を制覇できるのは大きい。

朝6時半過ぎに自宅を出て、9時過ぎに名古屋着。券売機で「青空フリーパス」を購入。「JR東海&16私鉄きっぷ」とどちらにしようかと思ったのだが、日帰りだし明智鉄道と長良川鉄道の運賃を別途払っても「青空フリーパス」のほうが安い。
313系の中央西線快速で名古屋を発ち恵那に向かう。このあたりはかつて上り特急「しなの」で通ったはずなのだがあまり強い印象はない。ただひとつ気にしていたのは東海交通事業との乗り換え駅である勝川駅だ。東海交通事業城北線は名古屋郊外を走っていながら非電化で、だからいずれ乗車しなければいけないのだが、東海交通事業の勝川駅とJRの勝川駅はけっこう離れているらしく、短時間で乗り換えるような計画を立ててしまうと命取りになりそうだ。だから実際どんな感じなのか一度見ておきたかったのだが、実際に現場を見てみると初めて乗り換える人間は迷ってしまいそうだ。充分すぎるくらいの余裕を見ておく必要があるだろう。
具体的な計画がまったくできていない未来の話はさておき、高蔵寺では愛知環状鉄道の列車を目撃し、多治見ではあとで乗るはずの太多線の線路が合流してくるのを眺め、やがて恵那で下車。乗り換え口もあるがいったんJRの改札を出、明智鉄道の駅舎にまわって一日フリーきっぷを購入。明智鉄道の一日フリーきっぷは1380円で全線を往復するのとまったく料金が同じだが、それでもフリーきっぷを買ったのは、無人駅の多いこうした路線では精算が面倒で時間がかかる(行列が出来たりする)ので乗り降り自由のフリーきっぷは重宝するからだ。
明智鉄道の列車は軽快気動車のアケチ13。クロスシート車両もあるようだが、この車両はロングシートだ。
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始発の恵那駅は単線ホームだけの簡素な構造で、駅を出ると少しのあいだ中央西線と並行するがすぐに中央線は左、明智鉄道は右へと分かれていく。
明智鉄道は旧国鉄明知線で、絵に描いたような山岳路線だ。起伏の激しい地形のある区間では盛り土、またある区間では切り通しを設けてどうにかこうにか汽車が上り下りできる程度の勾配にならして線路を敷設している。ずっと登り勾配というわけでもなくアップダウンが激しい。もともと軽便規格で敷設されたせいだろうか、上りにしても下りにしてもかなりきつい勾配で、非力なタンク式蒸汽機関車で運転されていたころの苦労が忍ばれる。阿木駅は一見すると交換可能駅のようだが、相対式のホームをつなぐ構内踏切がみあたらず、よく見ると対向のホームは草むしているので機能していないのだろう。実際に交換可能なのは岩村駅で、この駅で上り列車と行き違った。ここはスプリングポイントのようだ。
1時間弱で終点明智駅着。ここは何年か前にNHKの某自転車旅行番組で取り上げられていて、見覚えがある。
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駅前では桜が満開だった。残念だったのは、駅前から恵那山が見えなかったことだ。地図で方向まで調べてみたのだが、手前の山に隠れているらしい。
30分ほどで折り返し。上り(地形的には下り)列車の所要時間は往路とほとんど変わらない。恵那駅で乗り換えのわずかな時間の間に駅前から撮影した(多分)恵那山。
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恵那駅から多治見までいったん戻る。一度改札を出て駅舎の写真を撮り、再び改札前まで戻ってきたところでおかしなことに気づく。次に乗る予定の太多線の列車が案内板に出ていないのだ。14時21分発の岐阜行きというのがあるはずなのに、電光掲示板に表示されているのは14時53分の美濃太田行き。ねんのため駅の時刻表を調べてみても、あるはずだよなあ。土曜日だから運休というわけでもなさそうだ。これは何かの間違いか、あるいは何かあったんだろうと窓口で駅員に聞いてみると、高山線でのダイヤ乱れの影響で車両がやって来ず、運休になってしまったということだ。
想定外のことにいったんパニックになりかけ、当初の予定を破棄してこのまま東京に帰るか、あるいは初期プランの通り美濃赤坂をめざすか、とも考えたのだが、気を取り直して改めてダイヤを調べてみると、太多線の列車を一本遅らせても予定していた長良川鉄道の列車に乗れることがわかった。乗り継ぎ時間がだいぶ短くなるし、次の太多線の列車が本当にダイヤ通り走るかどうかもわからないが、ともかく次の列車で美濃太田へ向かうことにする。はからずも一時間近く時間ができてしまったので、駅前に出てデパ地下の喫茶店で食事を摂る。

太多線はかなり混雑していたが、ほぼダイヤ通りに走ってくれた。中央本線と高山線をつなぐ非電化のローカル線だが、ほとんど勾配がなくまた適当に都市化されている(名鉄の路線もある)ので、例えば高山線の岐阜-美濃太田間とあわせて電化するという方法もあるのではないかと思うが、まあJR東海はやらないよね。
美濃太田駅で長良川鉄道に乗り換え。乗り換え時間は10分ほどで、その間に長良川鉄道の一日フリーきっぷ2700円を買わなくてはいけない。長良川鉄道の美濃太田駅には駅舎らしい駅舎はなく、ホーム上の事務所が出札兼改札兼待機場所になっているようだ。
長良川鉄道の列車は二両編成だったが、ワンマン運転なので1両目に乗車。だがこの車両はチャギントンのラッピングがされていて、それは別にいいのだが窓ガラスの部分までラッピングされている。その結果何が起きるかというと、窓を通して入ってくる外光が赤だったり黄色だったり青だったり緑だったりと、まるでディスコのようなカラフルさ。しばらくは我慢していたのだが、だんだん我慢できなくなってきて、二両目には誰も乗っていないのでそちらに移ろうと席を立ったものの貫通路がつながっておらず、二両目は締め切りの回送車両らしいとわかってノコノコと元の席に戻るという、はたから見ると意味不明な行動をとってしまった。
関で乗務員が交代し、回送車両も切り離される。ここからはほぼ北に向かって走るようになる。美濃市でまとまった人数が降りていき、このあたりで濃尾平野が尽きて山間部に分け入っていく。しかし長良川の河谷を川と並行して走っているので、明智鉄道ほどにはアップダウンは激しくない。郡上八幡はそれなりに開けた都会で、ほとんどの乗客が降りていく。美濃白鳥では乗客は三十一ともうひとりだけになっており、その乗客も白山長滝で降りてしまったので最後の一駅区間は三十一の貸し切りになってしまった。美濃太田からちょうど二時間で終点北濃に到着。北濃駅は1面2線の島式ホームだが無人駅になっており実際には1線しか使われていないのだろう。駅敷地内には転車台も残っている。駅前はすぐ国道で、その向こうは長良川。そのさらに向こうはもう山だ。駅前には除雪された雪が一部まだ溶けずに残っていた。折り返しを待つあいだに車で親子連れがやってきて、ひとしきりチャギントンと記念写真を撮り車内にまで入り込んで、列車に乗るのかと思ったらまたもや車で去っていった。厳密なことをいうと、車内に入るのなら運賃が必要なんやで。
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折り返しとなる列車では、いつの間にか中学生くらいの乗客がひとり乗っていて二人旅になった。美濃大和あたりまでは辛うじて外が見えていたが、あとは真っ暗。美濃太田から特急に乗り継ぎ、さらに名古屋で新幹線に乗り継いで帰宅。

昨日の旅程:
東京(0740)→名古屋(0919) 101A
名古屋(0946)→恵那(1056) 5711M
恵那(1119)→明智(1208) 9D
明智(1236)→恵那(1324) 12D
恵那(1331)→多治見(1359) 5734M
多治見(1453)→美濃太田(1523) 3633C
美濃太田(1534)→北濃(1734) 13レ
北濃(1800)→美濃太田(2014) 20レ
美濃太田(2022)→名古屋(2103) 1040D
名古屋(2112)→東京(2253) 58A

 

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2019年4月 7日 (日)

フジサン麓に王蟲哭く

春の18きっぷ通用期間最後の週末は富士急行。

昨日はマンションの防火設備と下水の点検があり家を空けられなかった。
今日は統一地方選挙だがすでに期日前投票を済ませてあるので心置きなく出撃する。

これまで飯田線や小海線に日帰りで出かけてきたという実績があるので、高をくくってよく調べもせずに適当に家を出たら思いの外接続が悪くて難儀した。しかし日がある内に充分往復できている。

東京から快速と普通列車を乗り継いで大月へ。ここまでの道行きは何度も往復しているので読書したり目が疲れたらしばらく寝たりして過ごす。ちょうど昼過ぎに大月着。
JRの駅舎を出て隣の富士急の駅舎へ。道路からはフジサン特急と、もと京王らしい普通電車がよく見える。
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はじめの心づもりでは普通電車で往復するつもりだったのだが、ちょうどよい時間帯の電車がなかったので特急料金400円ナリを払ってもと小田急20000系 RSE を譲受したフジサン特急に乗り込む。もちろん青春18きっぷは使えないが、Suica が使えるのでそのまま乗車。

富士急は単線電化だが、大月からは桂川の河谷に沿って富士吉田に向かう。地図ではそれほどでもなさそうに見えるのだが、実際に乗ってみるとかなり勾配が厳しい。カーブもきつい。これでは速度が出るまい。
日曜と言うことで観光客が多いが、その中でも大きな荷物をかかえた海外からと思しき旅客が目立つ。駅を通過するごとに駅員がホームで必ず手を振っているのが目につくが、観光以外に生き残る術をもたない地方私鉄としてはこうした施策を積み重ねるしかないのだろう。富士吉田駅が「富士山駅」と改名されたのを知ったときに三十一は憤慨したものだが、しょせん部外者のたわごとだ。
やがて頭上を横切る大きな構造物。リニア実験線あらため未来の営業線だ。もちろん下から線路が見えるわけないが、気になったのは真下に家屋などの建物が建っていること。磁場はしっかりシールドされているのだろう。

都留文科大学前駅で数人の旅客が乗ってくる。ここから河口湖までは特急料金が半額ということで、ある程度は通勤通学需要に応じているらしい。三十一の隣の席にも学生(たぶん)が座った。さらにしばらく行くと左前方に富士山が見えてくる。方角的には線路はおおむね富士山に向かって走っているので、線路が左右に振れるごとに富士山が右に見えたり左に見えたりするのだろう。

右手から線路が近づいてきて合流すると富士山駅。ここで旅客が半分くらい降りたようだ。スイッチバックして残り2駅、河口湖に向かう。後ろ向きのまま河口湖に到着。留置線にJRのE353系とE257系が停車しているのが目につく。
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駅前に出てみると、観光バスに乗り換える旅客でごった返している。有人窓口はきっぷを求める客で長蛇の列。どうしたものかと思ったが、自動券売機は空いているようなので旅客の群れをこぎ分けて帰りの特急券だけをまず購入。そう、帰りも時間帯的に特急で帰らざるを得なかったのだ。
その帰りの列車までは約30分。その間にせっかくなので富士山の写真を撮っておこう。駅の出口は富士山の反対側なので、裏側に出る道がないかと少し歩いてみたのだが、結局は駅前の駐車場と線路ごしに撮影することにした。全体にガスっていてコントラストが弱くわかりづらいかもしれないが。
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そのままフジサン特急で大月に折り返して帰京。これで山梨県内の全鉄道を乗車した。

今日の旅程:
神田(1007)→高尾(1104) 1071T
高尾(1139)→大月(1218) 537M
大月(1246)→河口湖(1335) 703レ
河口湖(1403)→大月(1450) 708レ
大月(1528)→御茶ノ水(1719) 1652M/1652T

 

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2019年3月24日 (日)

フォッサマグナ

さて今回は大井川鉄道。
非電化単線鉄道愛好会会長としてこれまで非電化鉄道の乗車につとめてきたが、その甲斐あってか東日本について言えばほぼ完了。東京から一番近い未乗車の非電化路線が大井川鉄道だった。しかし大井川鉄道は昨年5月に大雨のため末端の閑蔵-井川間が不通になっていた。この区間だけを残してもまた乗りに来なくてはいけなくなるので、復旧を待っていたのだが、この3月9日から運転を再開したので乗車することにした。これでフォッサマグナより東の非電化路線は全部乗車したことになる。


新幹線でまずは静岡へ。最近特に実感するようになったのだが、東海道新幹線の「のぞみ」が停車しない駅に行こうと思うと、意外に利用できる列車が少なく計画が本当に難しい。「ひかり」か「こだま」、あるいはその組みあわせを使うことになるのだがそれぞれ1時間に2本ずつしかなく、また「ひかり」の停車駅がまちまちなのでまるでパズルだ。しかも目的である大井川鉄道の本数もそれほど多くなく、おまけに始発駅の金谷駅は新幹線駅から遠い。というわけで、目的である大井川鉄道そのものよりもそこまでの往き帰りの行程造りのほうが大変だった。静岡駅で「ひかり」を降りて東海道線に乗り換え、金谷駅に。

本当はできればもう少し早い電車にしたかったのだが、これより一本前の大井川鉄道に乗るためには乗り継ぎの関係でかなり早い新幹線に乗らなければならず、諦めた。おかげで朝のほうは少し余裕ができたが、大井川鉄道の復路が日没ぎりぎりになってしまい、さらに帰宅がかなり遅くなってしまった。
今回の行程にはひとつ問題があって、乗り継ぎでそれほど待たされることがないのはいいのだが、逆にいうと食事をするヒマがないということだ。途中で時間をとってしまうと全体の行程が崩壊してしまうので、少しだけ時間があった静岡駅でおにぎりを買って大井川鉄道の車内でかじっただけになった。

大井川鉄道では青春18きっぷが使えないので、全線乗り降り自由の「大井川周遊きっぷ」4400円2日間有効を利用することにしていた。しかしご多分にもれず金谷駅での乗り換えは10分しかない。普通に考えると10分あれば充分きっぷを買って乗り換えられると思うのだろうが、三十一の経験上、こうした中小私鉄では有人窓口ひとつできっぷの販売などいくつもの業務を兼ねていることが多く、特に大井川鉄道ではSL列車目当ての観光客が窓口を占拠してしまうおそれがあった。10分でちゃんときっぷが買えるかどうか、また首尾良く買えたとしても発車ギリギリとなって席がとれないのではないか、それが今回の旅程で一番の不安要素だったのだ。JR金谷駅の改札を出て大井川鉄道の駅舎に入ると、案の定出札窓口には行列ができていたがそれほど長くない。よく見るとSL列車の乗車券急行券のためには別の窓口があるらしい。これならどうにかなりそうだ。何人か前の乗客がすこし時間がかかっていてじりじりさせられたが、時間内にきっぷを入手してまずは千頭行きの列車に乗り込む。車両はもと近鉄の特急車両16000系だ。
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金谷駅を出ると少しの間東海道本線と並行し、やがて大きくカーブして大井川に沿って北上する。大井川はとにかく河床が広く、その中を河道が蛇行しながら流れていく。金谷の市街地を抜けると両側は山地となり、大井川が刻んだ河谷に従って線路が敷かれている。まだ早春ということか山は緑色よりも茶色が強いが、ところどころ花が咲き始めていた。
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千頭駅で井川線に乗り換え。井川線はもともとナローゲージで、いまは大井川本線と同じく標準軌に改軌されているが、車両限界はナローゲージのときと変わっていないので車両は直通できない。ディーゼル機関車がふもと側からマッチ箱のような5両編成の車両をおしあげ、山側の先頭車両には運転台がついている。
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あいかわらず大井川に沿って走るが、川幅が狭くなるのと反比例するかのように谷は深くなり、ところどころダムが現れる。アプトいちしろ駅に到着すると最後部に電気機関車が連結され、ここから長島ダムまでの一駅は日本で唯一のアプト式で90パーミルの急勾配を一気に上がる。このためにこの一駅間だけは電化されている。
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長島ダムで電気機関車を切り放し、奥大井湖上、接岨峡温泉、閑蔵でだいぶ旅客が降りて行く。しかし井川線のハイライトは実はこの先ではないかと思った。深い渓谷、続くトンネル、かつての森林鉄道の面影をもっとも強く残している。終着の井川駅は道路脇の少し高台にあり、まわりに他の施設は一切みあたらない。階段を降りて道路に出、少し歩くと井川ダムが偉容を示している。
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あとは折り返し列車で千頭に戻り、大井川本線に乗り継いで金谷に戻る。それにしても井川線の車掌は大変だ。井川線の客車はマッチ箱のような小さい車両で、5両編成なのだが終戦直後の63型電車のように車両間に通り抜けできる通路がない。それぞれの車両には中央部にひとつだけ乗降扉があるのだが開くのも閉じるのも手動で「走行中は開けないように」という注意がたびたび放送されるのはその気になれば開けられるということだろう。井川線の車掌は、せいぜい20代前半と思しき若い車掌だが、駅が近づくと手近の扉を開けてホームにおり、運賃収受を終えたあとすべての扉を閉めてまわり、手近の扉に飛び乗って前方後方信号を確認して発車合図を車掌に出し、列車が動き出したあとで最後に扉を閉じて施錠し走行中は観光案内を含む車内アナウンスを行なう。いったん駅につくと停車から発車までの間ほぼ全力で走り回っており、今日のような日はまだましだが雨風の日や夜間、厳冬や猛暑の時期にもこれを続けているのかと思うと、本当に感心する。

帰りは新幹線を使わず、金谷から普通列車を乗り継いで帰京。金谷から東京まで4時間で帰れるというのはひとつの発見だった。


今回の旅程:
東京(0903)→静岡(1003) 465A
静岡(1021)→金谷(1054) 757M
金谷(1104)→千頭(1218) 17レ
千頭(1228)→井川(1418+4) 205レ
井川(1449)→千頭(1634) 206レ
千頭(1651)→金谷(1802) 34レ
金谷(1811)→熱海(2014) 5462M
熱海(2018)→新橋(2155) 1942E

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2019年3月22日 (金)

何とかと煙は高いところに登る

さて今回の目的は小海線。
小海線も飯田線と同じ(約)40年前に乗車して以来、長い間乗車していなかった。
とは言え、このあたり(長野県佐久地方)にはもう数え切れないくらい来ている。大学の寮があったのと、毎年GWに通っていた馴染みのキャンプ場があったので、少なくとも20回以上は来ているのではなかろうか。しかしその全てでアシは車だった。
実は、飯田線のあとにどこかで一泊して小海線に乗ってくるというプランもなくはなかった。ちょうどいい宿も予約できなくはなかったのだ。しかししがないサラリーマンとしては、日曜日は完全休養にしておきたかったので一泊するのはやめてそのまま帰宅した。もう若くないしね。
小海線に乗るためには、北側の小諸から乗るか、南側の小淵沢から乗るかという選択肢があり、(約)40年前には小淵沢から乗ったのだが、今回は小諸から乗ることにする。その理由はまたあとで。高崎線から信越本線に乗り換えて横川に着き、ここから碓氷峠をバスで行く。JRバスだが青春18きっぷはもちろん、Suica も使えないとは。むしろ地方こそ交通系カードを使えるようにしてほしいものだ。バスはほぼ満員。国道18号を右に左に揺られながら行く。定時よりかなり早く、30分で軽井沢駅に到着。
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軽井沢からはしなの鉄道に乗り継いで小諸に向かい、さらに小海線に乗り換える。小海線の列車はJR東日本の非電化区間ではすっかりお馴染みのキハ100系気動車。
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新幹線と接続する佐久平駅で乗客の多くが入れ替わり、さらに中込でひとかたまりの乗客が下車し、車内はだいぶ静かになってきた。朝が早かったのと、それからこのあたりは車で何度も来ているし、おまけに前面展望ビデオまで見たことがあるのでだいぶ眠くなってきた。左側には千曲川の上流部。雪解け水でかなり水量が多い。信濃川上駅が近づいてくると目に見えて勾配がきつくなってくる。GPSを立ち上げてみると標高が見る見るうちに高くなってくる。
JR最高の駅、野辺山で一旦下車。このまま乗っていてもよかったのだが、この後の予定には少し余裕があったので時間調整をすることにした。もっと正確に言うならば、朝もっとゆっくり出てどこにも寄らずに乗り通すというプランもあり、もし朝起きられなかったらそうするつもりだった。しかし遠足のときには早く目が覚めてしまうのは馬齢を重ねても変わらない。というわけで1時間半ほど時間があるので、この近くにある鉄の聖地を訪ねてみた。
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このJR最高地点を訪ねたのは初めてではないが、さすがに野辺山駅から徒歩で訪ねたのは初めてだ。歩く途中で列車がやってきたので撮影。
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上の写真の右手にかすかに見えるのが八ヶ岳。
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野辺山駅に戻って再び小海線に乗り小淵沢を目指す。先ほど歩いて訪れたJR最高地点を車内から再び見ると下りにかかる。清里、甲斐大泉、甲斐小泉を経て、撮影名所の築堤カーブを過ぎると中央本線に合流して小淵沢。
小淵沢からは快速電車に乗って新宿に向かう。「ホリデー快速ビューやまなし」という長い名前の臨時列車だ。当初、小海線には小淵沢側から入ることを考えていた。そのために中央本線下りの時刻表を眺めていたところ、この列車を見つけたのだ。この列車が215系電車を使用していることは以前から知っていた。編成全車輌が二階建てという普通列車としては他に例がない車両なのだが、ドアが少ないため通勤用としては使いづらく、平日は着席券が必要な湘南ライナーに使われ、休日は中央線のレジャー快速に使用されている希少種だ。しかし下り列車が小淵沢に到着するその2分前に小海線の列車が出るという接続の悪さから、下り列車の利用は断念した。しかし下りがあるということは上りもあるはずだ。上り列車の時刻を調べてみると、こちらの接続は悪くない。そこで帰りをこの「ホリデー快速ビューやまなし」にして、小海線は小諸から小淵沢の方向で乗り通すことにしたのだ。
写真は新宿駅の特急ホームに到着したときのもの。
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春分の日の旅程:
上野(0724)→高崎(0917) 1826E
高崎(0923)→横川(0957) 129M
横川(1010)→軽井沢(1040) JR関東バス
軽井沢(1111)→小諸(1135) 761M
小諸(1202)→野辺山(1347) 230D
野辺山(1533)→小淵沢(1604) 232D
小淵沢(1616)→新宿(1855) 9592M

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2019年3月17日 (日)

飯田線のバラード

今回の目的は飯田線。
実は飯田線は今をさること40年近く前、1980年頃(さだかでない)に乗車したことがあるのだが、それ以来乗車しておらずほとんど記憶がない。また当時辰野から午後に乗って夜遅く豊橋に到着しており、後半はほとんど闇の中だった。
そういうわけでずっとひっかかっていたのだが、一応乗車したことはあるので後まわしになっていた。しかし、昨年の後半くらいから精力的に未乗車区間の消化につとめた結果、東日本地域でJRと地方私鉄の未乗車はほとんどなくなった。そこで今回の春の青春18きっぷ期間の最初の目的に飯田線を選ぶことにしたのである。
とは言え、飯田線は難物だ。距離は200km程度でしかないのだが、その間に100近くの駅があり各駅停車では7時間かかる。おまけに中間にまったく分岐がない。豊橋方面から入るにせよ、辰野方面から入るにせよ、200kmを乗り通して反対側から出るしかない。日中に乗車しようとするなら、遅くとも午前10時代の列車に乗る必要がある。それほど列車数が多くない飯田線では、選択肢はかなり限られる。
幸い3月になってだいぶ日が長くなり、日没は6時近くにまで遅くなっている。それでも、辰野側から乗ろうとすると前泊しないと一日での全区間乗車はできない。新幹線を使って直接アプローチできる豊橋側から入るしかないのだ。
豊橋から入るとして選択肢はふたつ。10:08 豊橋発の特急「伊那路」か、10:42 豊橋発の普通列車だ。特急を使った場合、帰宅が2時間早くなるが青春18きっぷのほかに特急券と乗車券を買わなくてはいけない。しかし三十一は特急を選んだ。まず特急券は新幹線との乗り継ぎ割引があるのでそれほど高くない。乗車券も、飯田線は地方交通線になるので少々割高だが、東京から豊橋までの乗車券につなげて買うので遠距離逓減が効いて相殺されるだろう。
東京から「ひかり」に乗り込み豊橋へ。豊橋駅の飯田線ホームは名鉄の隣。新幹線は自由席だったが、「伊那路」は指定席を買ってある。先頭1号車は指定席車だったので最前列を購入。ただし実際に乗車してみると最前列の窓際席は目の前が壁。通路側でないと前が見えない。しかし指定席車はほとんど空気を運んでいるような状態だったので通路側に座る。検札の車掌も特に注意するわけでもなかった。ということはこの席はずっと空いているのだろう。
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名鉄の本線と分岐して辰野に向かう。豊川までは複線。まわりには住宅などの建物が途切れることなく続き、その中を行く複線電化の線路。まるで都市近郊の私鉄路線のような印象だが、駅の規模が小さい点だけが異なる。
豊川駅を出ると単線となり、新城を出るころにはまわりの風景は一気にローカル感を増してくる。田んぼと里山。その中を行く単線の線路と無人駅。昔乗ったときは、このあたりは完全に夜で景色などまったく見えなかった。長篠城跡の脇をかすめて長篠に入るころから今度は山の気配が支配的になる。勾配が厳しくなり、ところどころにトンネルが現れる。特急だけあって主要駅以外は通過していくのだが、交換可能駅でも一線スルーになっておらず分岐で大きく速度を落としているのが気になった。
やがて中部天竜を過ぎるとダム建設で付け替えられた新線区間に入る。長いトンネルで尾根を越えて隣の谷へ移る。水窪を過ぎたところで同じようにトンネルで元の谷筋に戻るのだが、この新線区間にひとつ飯田線名物がある。「渡らずの橋」だ。鉄橋は通常川などの地形を渡るためにかけられるが、この鉄橋は対岸に渡らずに元の川岸の側に戻ってしまう。当初の予定では川岸にトンネルを掘って通すはずだったのだが、断層のためトンネルを掘ることができず、川の上に鉄橋をかけて迂回することにしたのだ。
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前面窓から見た「渡らずの橋」
長野県に入ると天竜川に沿って走るようになる。トンネルが多く、川がよく見える時間帯はそれほど長くないが、それでも悠々と流れる川面が左手に見えた。気づくと先頭車両の乗客はひとりだけになっており、それを良いことに窓にへばりついて写真を撮ってみる。
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天竜峡駅で下車。列車はこの先飯田駅まで行くがここで下車したのは、乗り継ぎとなる普通列車が天竜峡駅始発だからだ。
この先、飯田線は伊那谷を行く。左にも右にも相変わらず高い山並みが見えることは変わりないが、これまでのような山道ではなく狭いながらも盆地を行くようになり、田んぼや宅地が広がる。飯田や伊那、駒ヶ根といった大きな駅の周りには市街地が広がり、高校生や中学生が乗ってきたり降りていったりするようになる。
乗り換えた普通列車は213系の2両編成、セミクロスシートだ。思い起こせば(約)40年前の飯田線では80系電車が走っていた。そのころ80系が好きだった自分は旅行計画時にあわよくば80系に乗りたいと思い飯田線を旅程に含めることを主張した(この時は同級生3人での旅行だった)。しかし辰野で乗車した豊橋行きの電車は80系ではなくスカ色3扉クロスシート半流の旧型国電で、三十一は正直がっかりした。しかし考えてみればこの電車は戦前型のクハ68もしくはクモハ51で、もっとちゃんと記録しておけばよかったのにと、今になってつくづく思う。なお80系電車への乗車はかなわなかったが、途中駅で交換した相手の列車が80系電車で目撃することはできた。
飯田線の終点である辰野に近づいてくると天気が少し悪くなってきた。辰野で中央本線と合流するがこの列車自体はこのまま茅野まで走る。辰野駅がJR東海と東日本の境界駅になるので、乗務員が交代する。中央本線の新線と合流する岡谷駅で列車を降りて、ここから東京に向かうことにする。待合室で時間を潰して頃合いを見てホームに向かったところ、雪が降っていた。さすが長野県。
本日の旅程:
東京(0833)→豊橋(0956) 505A
豊橋(1008)→天竜峡(1224+2) 21M
天竜峡(1233)→岡谷(1555) 225M
岡谷(1622+3)→小淵沢(1707) 1536M
小淵沢(1722)→高尾(1944) 554M

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2019年3月10日 (日)

都会の秘境駅

本来の「秘境駅」の定義(鉄道以外に接近手段がない)には合わないが、用事がなければ、というよりは地元住民以外にあまり用事がない駅、というのが都会にもある。
今日はそうした駅をいくつか訪ねてみた。用事もないのにこうした駅を訪ねるのは乗り鉄くらいだろう。

1. 東京メトロ北綾瀬駅
千代田線綾瀬駅から分岐した駅で、この一駅間は3両編成の電車がピストン運転をしている。おそらく東京メトロの路線ではもっとも短い編成だろう。もともと電車庫への出入のための線路で、周辺住民のために駅が作られたようだ。実は三十一の自宅からそれほど遠くないのに未乗車になっていてずっと気になっていたのだが、この3月16日に予定されているダイヤ改正で千代田線本線と直通運転が始まり、10両編成になるということなのでその前に乗りに行こうと、まるで「葬式鉄」のようなことをしてしまった。しかし実際にはすべての列車が直通になるわけではなく、10両編成の他にこれまで同様一駅間のみの3両編成電車も残るらしい。
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複線の出入庫線の片隅に1面1線の北綾瀬駅。いずれ2線になったりするんだろうか。駅は工事中だったけど。

2. 東武大師線大師前駅
東武伊勢崎線(いま風に言えばスカイツリーライン)の西新井駅から分岐して一駅の大師線。大師線というのは京急にもあるが、戦前から戦後くらいまでは寺社への参拝客を見込んだ鉄道路線というのがあちこちで建設された。そのころは観光だけの旅行というのは考えられず、寺社参拝とセットにしないと物見遊山ができなかったのだろう。
西新井大師(総持寺)の最寄り駅である大師前駅は秘境駅というわけではないだろうが、信心に乏しい三十一にとっては秘境駅も同様だ。実際に行って見て驚いたのだが、大師前駅には改札がない。自由にホームに入って電車に乗ることができる。しかし西新井駅では大師線ホームの出入りに改札があって、この改札を通らないと駅の外にも出られないし伊勢崎線にも乗り換えられない。鶴見線もたしかこんな感じだったような。大師前駅から電車に乗って、西新井駅でそのまま折り返してまた大師前駅を出れば運賃を払わなくても済むが、それで嬉しいのは乗り鉄だけだろう。
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高架終端の大師前駅。駅名看板は貫禄たっぷりだが改札には人も改札機もない。
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大師前駅のホームは広いが1面1線。そこに8500系2両編成の列車が発着する。

3. 京成本線京成上野駅
関東大手8私鉄の一角、京成電鉄の本線始発駅だが、旅客の多くは乗り換えが便利な日暮里駅を使う。常磐線沿線に住まう三十一も、ごくたまに成田空港に用事があるときは、日暮里まで出て京成本線に乗り換えていた。京成上野駅自体は上野公園の地下にあるが、JRなどの上野駅からはいったん屋外に出るか、地下道を200m以上歩かなければいけない。日暮里駅は線路に余裕がなく折り返しができないので、京成上野駅自体は車両運用上必要不可欠なのだが、乗客が合わせなければいけない義理はない。こうした三十一の分析が妥当かどうかは別として、山手線内の2駅を結ぶ路線であるのにこれまで一度も乗ることがなかった。この区間のほとんどが地下というのもあっただろう。
上野駅から京成上野まで歩いて乗車。立派な駅だが成田空港駅行きの特急にも空席が目立つ。しばらく地下を行き、やがて切り通しに出て外光がさしてきたと思うまもなく、JR線を乗り越して海側に出、上下線が文字通り上下に分離して日暮里駅に着く。日暮里駅は下り線が上階、上り線が下階になる。

今日の行程:
1359(綾瀬) → 1403(北綾瀬) 1398S
1408(北綾瀬) → 1412(綾瀬) 1498S
1417(綾瀬) → 1420(北千住) 1347E
1430(北千住) → 1437(西新井) 1310S
1442(西新井) → 1444(大師前) 1409D
1456(大師前) → 1458(西新井) 1412D
1507(西新井) → 1524(上野) 1406S
1534(京成上野) → 1609(京成津田沼) 15A15
1619(京成津田沼) → 1702(松戸) 352レ

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2017年12月 3日 (日)

「わてつ」って呼んでください

三十一がどこかにでかけるときには、もっぱらフリーきっぷを利用する。だいたい日程が直前まで決まらないということもあるのだが、三十一のような回遊型の旅行をする場合には割安になるということもある。しかし欠点もあって、そもそもそうしたきっぷが設定されていない地域には足が向きにくくなってしまう。
最近よくつかうのはJR東日本の週末パスだが、休日お出かけパスもわりと使い勝手がいい。ところがこの狭間になるのが北関東地区だ。もちろん週末パスでは北関東もカバーしている。しかしせっかく週末パスを使うのならできるだけ遠くに行きたいと思うのは人情だろう。一方で休日お出かけパスは南関東をフリー区間としていて北関東をカバーしていない。というわけで茨城栃木群馬といった北関東はわりと手薄になっていた。
年内いっぱいだが「ぐんまワンデー世界遺産パス」が発売されている。ほぼ群馬県内の新幹線を含むJRと私鉄に乗り放題というきっぷだ。これを使えばJRで未乗車の両毛線と、非電化のわたらせ渓谷鉄道に乗車できる。ただしこのきっぷは群馬県(一部県外)しかカバーしていないし、区間内の駅でしか発売していない。ではそこまでの往復はどうすればいいのか。そこで「休日お出かけパス」と組み合わせることにする。

土曜日朝8時にまず最寄り駅で「休日お出かけパス」を買う。上野から東北本線の普通列車で小山へ。特急券を別途購入すれば新幹線も利用できるが今から急いでも結局わたらせ渓谷鉄道が同じ列車になっているのでおとなしく普通列車に乗り通す。幸いに天気はいい。右手に双耳峰が特徴的な筑波山。一時間あまりかけて小山へ。ほぼ1年前にも来ているが、そのときは改札を出なかった。今回は「ぐんまワンデー世界遺産パス」を買うために改札を出る。券売機で入手した「ぐんま(略)パス」は横長の自動改札機を通せない形状。有人改札機から入場。よくみたら券面にも「自動改札機は使用できません」と書いてあった。
両毛線のホームは駅構内を少し大回りしたところにある。待っていた列車は211系4両編成。東京付近ではもう見かけなくなったのでちょっと懐かしい。単線電化の両毛線は北に向かって走り出すがやがて東北本線から離れて西向きになり川を渡る。はるか北に雪をいただいた山々が見える。那須連峰だろうか。栃木を過ぎたあたりから右側(つまり北側)に紅葉した山が近づく。一見して何のへんてつもない里山に見えるが実は日光や那須につながる山々の最南端だ。つまり両毛線はここからしばらくのあいだ、本州の背骨を構成する山塊と関東平野のちょうど境界線付近を走っているのだ。両毛線の上を乗り越した東武線が平行するようになると佐野。紅葉をながめながら足利を過ぎ、線路が高架に上がると桐生。
2面4線の高架ホームの片隅にわたらせ渓谷鉄道の車両が停車していた。単行のディーゼルカーだ。
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特に改札などはなく交通系カードの簡易改札機があるだけ。これもJRの出場用でわたらせ渓谷鉄道ではカードは使えない。しかし三十一はフリーきっぷを持っているのでそのまま乗車して右側のボックス席に座る。発車した列車はしばらく両毛線の線路上を走る。このあたりの両毛線は単線のはずだったが、前方を見てみると電化複線になっており、しかも右側の線路を走っている。この状態で渡良瀬川を渡る。複線トラス橋だ。やがて左側に211系電車が留置されているのが見え、右手に単線ホームが現れて下新田駅。下新田を出ると右にカーブして両毛線からわかれて本格的に非電化路線にはいっていくんだな、と思った矢先に左側から別の線路が寄り添ってくる。東武桐生線だ。合流したところが相老。駅を出るとまた東武とわかれ、頭上を上毛電鉄が乗り越していく。このあたりは意外に線路の密度が高い。大間々はわたらせ渓谷鉄道の拠点で保守基地が置かれている。これから線路は渡良瀬川沿いにさかのぼっていく。上神梅から本宿を出たあたりで右手に渡良瀬川が見え、以後ほぼ川から離れない。地元の乗客だろうか、水沼を過ぎたあたりで「この先が脱線の現場」などと余計な情報を教えてくれた。神土の先ではダム建設により旧線が水没したため新線に切りかわっており、長大トンネルで抜けてしまうためダム湖はまったく見えない。トンネルを出たところが沢入駅。この駅は「そうり」と読む難読駅だが、実は「ぐんま(略)パス」のフリー区間はここまで。この先はフリー区間に含まれない。はじめ気づかなかったのだが改めてきっぷの券面をながめているうちにフリー区間の末端が「沢入」で「間藤」でないことに気づいてちょっとびっくり。「沢入で引き返す」という選択肢はあり得ないので、もう終点の間藤まで行って戻ってくるしかないのだが区間外の運賃は想定外の出費だ。なんでこんなおかしなことになってるんだ、と一瞬思ったが要するに「沢入」が群馬県内最後の駅なんだろう。終点の間藤付近は栃木県でいまは日光市になっているのはわかっていたが、まさかこんな切り方するとは思っていなかったよ。
通洞駅は旧足尾町の中心地に近い。古い鉱山住宅と思われる同一形式の平屋の建物がずらりと並んでいる。町名を冠した足尾駅は実際には町の外れだ。鉱山が中心の町だったのだろう。終点の間藤駅は工場の前。駅舎はあるが当然のように無人駅で、切符の自動販売機すらない。
ホーム脇に展望台があってそこからホームを見下ろす。
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天気は非常にいい。まれに駅からカモシカが目撃されるそうだ。
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ホームから見た車止め。
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約20分で折り返し。今度は反対側に座ることにするが、席は選び放題なのでできるだけ前方が見える席に陣取る。きっぷは買えなかったが小中駅からアテンダントが乗車してくるということなのでそのときに精算することにしよう。
通洞駅からはハイカーらしい団体客が乗車してきた。この先、群馬栃木県境付近では渡良瀬川は線路の右側を流れている。
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通洞からの団体は神土で降りていった。次の小中駅でアテンダントが乗車してきたが若い男性でした。だから何。アテンダントに精算してもらったのだが、久しぶりに車内補充券を見ましたよ。終点間際、ふたたび両毛線と合流して渡良瀬川をわたると桐生着。

桐生から今度は両毛線を前橋方面へ。そこそこ混んでいたので前方が見えるところに立つ。発車した列車の前方窓から見てようやく配線構造がわかった。一見して複線に見えた線路だが実は本線は右側だけで左側は車両基地への引き込み線ということのようだ。そして本線をJRの両毛線とわたらせ渓谷鉄道で共用している。本線と引き込み線が並んだ状態で複線トラス橋で渡良瀬川を渡り、渡りきったところで右手に非電化のわたらせ渓谷鉄道が分岐するとそこに下新田駅。両毛線のほうは交換設備を持つ信号場になっている。左側にはさっきも見た留置線があり、信号場を出て上下線が合流すると単線になる。
この先、伊勢崎に向かってほぼ直線が続いているのが前面窓から見るとよくわかる。さっきまでは間近に見えていた山影がだいぶ遠くなった。どのくらい遠くなったかというと山肌の色がわかりにくくなるくらい遠い。国定駅に近づくと駅の中線に交換列車が停車しているのがみえた。だけどあの前面灯は211系じゃないなあ、と思ってみているとジョイフルトレイン「NO.DO.KA」でした。しかしこれとは別に交換列車があるらしい。待っているうちに下りの普通列車がやってきた。予想通りの211系で見過ごしそうになったが、よく見てみると行き先表示が「宇都宮」になっている。両毛線から宇都宮への直通列車があるとは知らなかった。調べてみると夕方に一往復あるらしい。国定を出て大きく右にカーブし、高架にあがると左側から東武伊勢崎線が寄り添ってきて伊勢崎駅となる。東武側の伊勢崎駅は終点で行き止まりになっているが、もちろんJRの伊勢崎駅は中間駅。駅を出るとまた右にカーブしてやや北寄りに針路をとりながら西に向かう。遠景に見える山並みは右から赤城山、榛名山、妙義山、秩父山系ということだろう。駒形から前橋までは複線になる。前橋は両毛線の駅で上越線からは外れているが、東京への直通列車も出ている拠点駅だ。前橋停車中に向かいのホームを眺めていたら上野行きの列車の案内が出ていた。予定ではこの列車で高崎まで行ってかた上野行きの列車に乗り継ぐことにしていたのだが、前橋から上野行きの乗れるのならそれでもいいのじゃないか、と思ったときにはもう降りられなかった。それに改めて調べてみたら高崎まで行くほうが帰宅が一本早くなる。結局予定通り高崎まで行くことにした。前橋からはまた単線になり、新前橋で上越線に合流。やがて高崎着。高崎で軽食をとってから快速列車で上野に帰着。

12/2の旅程:
上野 (0830) → 小山 (0948) 1540E
小山 (1011) → 桐生 (1117) 444M
桐生 (1127) → 間藤 (1305) 719D
間藤 (1328) → 桐生 (1454) 722D
桐生 (1501) → 高崎 (1548) 452M
高崎 (1626) → 上野 (1805) 3930M

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2017年11月13日 (月)

伊豆への踊り子

10月の初めに水戸に向かうとき、常磐線の下り特急を待っているあいだに反対側のホームに常磐線では見慣れない185系の列車がやってきた。上野東京ラインの開業で運転が可能になった常磐線方面から伊豆急に直通する臨時踊り子だ。もちろん存在自体は知っていたが、全席指定なので利用することはあまり考えていなかった。しかし実際に走っているところをみてみると意外に空いているように見えた。そのとき、この臨時踊り子を使って伊豆に行く計画が生まれた。

かつて若かったころ、伊豆周辺はかなり訪れた。熱海から稲取熱川天城峠、西伊豆から石廊崎まで。熱川バナナワニ園にも2回くらい行ったかもしれない。しかしそのときの足はすべて車だった。小学生くらいのときに伊豆に行ったような気もするがはっきり覚えていない。熱海で東海道本線から分岐するJR伊東線、さらに下田まで延びる伊豆急線はいずれも電化路線だが、こうした「乗ったのか乗っていないのかはっきりしない」路線がいくつかある。これまでこうした路線の「あいまいさ」はかなり解消(つまり乗車)されたが、伊東線と伊豆急はまだあいまいなまま残っていた。かつてさんざん訪れただけに、他の目的で今後訪れる可能性も少ないので早めに解消しておこう。

基本的な行程は下田まで行って帰るだけ、行きは例の臨時踊り子を使うことに決まっている。帰りについては多少の検討の余地はあるが、下田泊なんて選択肢は最初からなかった。小田原あたりまで戻ってきて一泊、というのも一瞬考えたが、そこまで帰ってくるんだったら自宅まで戻るのも一緒だという判断にいたった。要するに日帰りということだ。

土曜日の午前中、松戸駅で踊り子を待ち受ける。乗車券は前日に「週末パス」を入手しておいた。日帰りでも伊豆急下田まで往復すれば元はとれる。指定席は前日に駅で確保したが、意外に空いていなくて座席にかなり悩んだ。A席が海側になるのだが、だいたい1両に2-3個所しか空いてない。CD席はガラガラなんだけどね。できるだけ周囲に空席が集中している席を選んで指定券を確保した。乗り込んだ席の前は空席だったが、後ろには年配の女性の団体が。会話の内容が漏れ聞こえてくるが、「柏で」「野田線の」「流山に」とローカルな話題が漏れ聞こえてくるのがいかにもそれらしい。前の席には北千住で男性客が乗ってきた。上野から上野東京ラインに入って東京へ。東京からまとまった人数が乗車してきたのが意外だった。この先はお馴染みの東海道本線。国府津あたりで海が見え、小田原からは海岸線沿いを走る。北千住で乗り込んできた男性が降りていった。なるほど、伊豆旅行ではなくても常磐線方面から神奈川県西部に向かうのに便利な列車なのだな。根府川橋梁を越え、渋滞する真鶴道路を見下ろす。熱海着。ここから伊東線に入る。左手に島が見える。伊豆大島だ。
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さらにその右側に一回り小さい山がちな島と、そのまた右側に平らな島が見える。利島と新島ということらしい。
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伊東から伊豆急線に入る。伊豆急は海岸沿いを走るイメージがあるが、意外に列車からは海は見えない。むしろ、伊豆急の駅の多くで通学の高校生を見かけるのが意外だった。観光地の伊豆にも生活はあるのだということに改めて気づかされる。
伊東線と伊豆急線はいずれも単線。しばしば交換待ちが生じるが上り列車の一部に遅れが出ているために少しずつ遅れてきた。2時半少し前に終点の伊豆急下田に到着。
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さて帰りの列車まで1時間半ほどある。当初は予定していなかったのだが、下田の駅前から展望台に登るロープウェーがあるらしいのでそれに登って、時間が余れば食事でもしようかと思っていたのだがあいにくの強風でロープウェーは運休。時間が余ってしまった。とりあえず港方向に向かってあてもなく歩き、「ペリー上陸の地」という碑にたどり着いたところで折り返す。
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食事できるところを探しながらではあったが、気がついたら駅前に戻ってきてしまっていたのでファストフードで軽食がてら時間を潰し、タイミングをみはからって駅へ。
伊豆急下田駅では列車別改札をしているのでしばらく待つ。やがて改札が開いて行列ができたが三十一はこういうときに並ぶことをしない。順番がくるまで待っているのは無駄なので空くまで座って待つ。適当に空いたところで改札を通る。
これから乗るのは251系のスーパービュー踊り子。「踊り子」に使われている185系も「スーパービュー踊り子」に使われている251系もそれほど遠くない将来に置き換えられると予想されるので乗るなら今のうちだ。
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スーパービュー踊り子は全席指定だが土曜日午後の上り列車なのでガラガラ、席は選び放題。始発の伊豆急下田ではひと車両内に乗客は自分だけだったので記録として車内の写真を撮る。
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発車は16時07分。この時期の日没は16時半過ぎで、景色が見えるのはせいぜい17時の伊東あたりまでだろう。行きにも撮った伊豆大島だが、夕日に照らされてまた少し違った風情。
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さて稲取で学生と思われる団体が乗車してきた。なぜ学生と思ったかと言えば、土曜日に帰京しているということは普通に考えると金曜あるいはそれより前から来ているということで、そんな余裕のある日程が組めるのは個人ならともかく団体では学生くらいだろう。やがて向かい合わせにした席で酒盛りが始まった。スーパービュー踊り子にはアテンダントが乗車しているのだが、まるで居酒屋の店員であるかのように酒とつまみを大量に注文してご機嫌である。すっかりできあがった学生のほとんどは横浜で降りて行き、いつの間にか東海道線から横須賀線に転線していた列車は鶴見から品鶴線に入り、武蔵小杉に停車してさらに新宿方面に向かう。三十一の帰宅とは方向が微妙に違うのだが、素直に帰宅するためには横浜で降りるしかない。しかし横浜からまた東海道線に乗り換えて東京・上野に出るのも面倒だ。横浜の次は武蔵小杉・新宿と停車して池袋が終点となる。武蔵小杉は論外にしても、新宿から上野も意外に面倒くさい。いっそ池袋まで行ってしまって山手線で上野に出るのがよかろう。というわけで池袋まで乗って帰宅する。

11月11日の旅程:
松戸 (1059) → 伊豆急下田 (1421+4=1425) 9131M
伊豆急下田 (1607) → 池袋 (1904) 3060M

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2017年10月11日 (水)

大洗も鹿島も聖地に違いない

連休最終日。
前日は体力を温存するために新潟宿泊を断念して新幹線で帰宅。自宅に戻ったときは11時を回っていた。しかしそのまますぐ休んだわけではない。少しの間ではあるが時刻表と格闘してから床に就いた。
昨日使った「週末パス」は2日間有効、もう一日使える。あまり遠出をするつもりはないがまるっきり無駄にするのももったいないので、多少なりとも有効活用できればそれにこしたことはない。だがそれも当日実際に起きたときの時間と調子と気分による。
標的となったのは鹿島臨海鉄道大洗鹿島線。未乗車の非電化単線鉄道のうちでは比較的長い区間になる。実は「週末パス」のフリー区間の範囲では最長なのだ。それから大洗鹿島線につながるJR鹿島線に乗り継ぐ。こちらも電化路線ではあるが未乗車。この区間に乗車すれば千葉県内のJRはほぼ完乗となる。残るは成田空港線だけだ。水戸から鹿島線を経て佐原、成田に出るというスケジュールがまず決まり、オプショナルツアーとしてその前にひたちなか鉄道湊線を往復するというプランを計画したところで、後の展開を運に任せて寝につく。
翌日起きた時間ではすでにひたちなか鉄道のオプショナルツアーは実行不可能な時間になっていた。しかし鹿島臨海鉄道には充分間に合う。気分も悪くない。それでも快速では間に合わない時間になってしまったので特急「ときわ」を使って水戸に向かう。今年の春も出発が遅くなって特急を使った気がするなあ。学習しろよ。

水戸駅では二両編成のディーゼルカーが上り特急ホームの片隅に待っていた。そこそこ乗客がいたがクロスシートに席をとることができた。運転席のすぐ後ろなので比較的前方もよく見える。
定時発車。鹿島臨海鉄道はJR常磐線から右方向に分岐するはずなのだが、本線の右手にはヤードが広がっている。このヤードを横切ってから分岐するのかしらと思ったのだが、常磐線と鹿島臨海鉄道が並行して走っているあいだにヤードが途切れてそれからおもむろに分岐した。地平を行く複線電化の常磐線から離れて単線非電化の鹿島臨海鉄道は高架橋に登ると立派なトラス橋でそれほど広くもない運河を斜めにわたり、そのまま高架で海に向かう。東水戸、常澄と単線ながら立派なコンクリート造りの高架橋に置かれた島式ホームの駅に停まっていく。常澄駅では足元のおぼつかないお婆さんが下車していったが駅の階段を無事に下りていけるか心配になった。コンクリート剥き出しの高架橋上をいくためかディーゼルエンジンの騒音がかなりうるさい。やがて街並みが見えてくると大洗。ここが運転の拠点になっているらしく、運転士もここで交代した。前後は高架橋になっているのだがここだけ広めの盛り土構造になっており、ホームと駅舎、それから留置線が置かれている。大洗を出ると再び高架橋。はるか左手にかすかに水平線が見えるようだ。港には大きなフェリーが停泊していた。
このあたりまでは平坦な地形の上に高架、という風景だったのだがだんだん地形に起伏が現れ始める。ときに線路が切通しを行くようになる。右手に大きな湖が見えてきたので北浦かと思ったら涸沼だった。徳宿駅では掘割の中に線路と片面ホームがあって、階段を上ったところに駅舎があった。新鉾田あたりでは線路は地平を走る場面が多くなる。そういえば騒音もあまり気にならなくなった。北浦湖畔では今度こそ本当に北浦を望む。
地図で見ると鹿島臨海鉄道は海岸沿いを走っているようだが、実際には海岸の後背地にできた段丘の陰を走るので海はほとんど見えない。ふと気づくとまわりから田圃が消えて畑ばかりになっていた。水はけの良すぎる砂地では田圃は作りにくいんだろうなあ。日本で一番長い駅名という触れ込みの「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅」にも停車するが「日本一長い駅名」というのがいたちごっこになっていた時期があるので本当に今現在一番長い駅なのかどうかは定かではない。気になる人は自分で調べてみてください。

やがて貨物線と合流。ヤードが広がり、コンテナを積んだ貨車が見えたかと思うと、停留していたEF65電気機関車が車窓をかすめる。そういえばいつの間にか架線が張られているようだ。目前に立派なホームが見えてきたが列車は減速する気配を見せない。ホームからヤードをまたぐ跨線橋がのびた先には大きなスタジアム。サッカーの試合などのイベントがあるときだけ営業する臨時駅の鹿島サッカースタジアムだ。以前は北鹿島駅と呼ばており、正式にはここが鹿島臨海鉄道とJR鹿島線の接続駅になるのだが、なにしろ普段は旅客営業を行なっていないので客扱上では接続駅は鹿島神宮駅になっている。鹿島サッカースタジアムを通過した列車は鹿島臨海鉄道の鹿島臨港線から右に分岐する形で進む。ここはすでにJRの鹿島線になるわけだ。やがて左手に常陸一宮鹿島神宮の森を見ながら高架の鹿島神宮駅に到着。鹿島神宮駅は1面2線の島式ホームだが鹿島臨海鉄道とJR鹿島線でホームを使い分けているらしい。とは言え貨物列車も通るからずっと占拠しっぱなしというわけにもいかないだろう。
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JR鹿島線の列車は、千葉県内のローカル線ではすでにお馴染みの209系電車4両編成。一部の車両はロングシートからセミクロスシートに改造されている。クロスシートはすでにいっぱいだったので先頭車のロングシートにいったんは席をとったのだが、クロスシートに座っていた母子が「この席暑い」と言い出して席を立ったのですかさずそのあとに移る。209系は熱線吸収ガラスを使っているかわりに日除けカーテンが廃止されたのでときに暑く感じることがある。しかし三十一には少々の暑さよりも優先するものがあるので母子が放棄した暑い席を占拠した。
JR鹿島線は地形の関係もあってほぼ高架。軟弱な地盤の水郷地帯を行くだけあって、湿気の多い地上に線路を敷くよりは地下深くの岩盤から支柱を立ち上げて高架構造とし空中に線路を敷くほうが路盤が安定すると考えたのだろう。延方駅も潮来駅も高架橋上に設置され、縦横に走る水路も何事もないかのように超えていく。霞ヶ浦と利根川を結ぶ常陸利根川を超えると十二橋駅。まわりには田圃しかない、高架橋上に片面ホームだけがある駅舎もない無人駅だが、ひとかたまりの若い女子が乗車してきた。私服姿なので大学生かとも思うが、まわりにそれらしい施設は見当たらない。彼女達はいったいどこから沸いて出たのやら。十二橋駅を出ると利根川を直角に渡り、渡りきったところで大きく右にカーブして成田線に合流する。このあと、佐原から成田線に乗り継いでいったん成田に出てから帰宅するがこのあたりは去年にも来たので省略。

10月9日の日程:
柏 (1053) → 水戸 (1147) 57M
水戸 (1200) → 鹿島神宮 (1317) 137D
鹿島神宮 (1323) → 佐原 (1344) 536M
佐原 (1352) → 成田 (1428) 2450M
成田 (1446) → 錦糸町 (1552) 4464F

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