2018年9月 3日 (月)

2018年8月の桜

すでに1月前になってしまったが、8月1日付で制服組の異動があった。将では9人(陸6、海1、空2)が勇退/昇任した。
陸上総隊司令官・小林茂(27)>退職
東部方面総監・住田和明(28)>陸上総隊司令官
陸幕副長・高田克樹(29)>東部方面総監
第7師団長・小野塚貴之(30)>陸幕副長
陸幕防衛部長(将補)・前田忠男(31)>第7師団長


東北方面総監・山之上哲郎(27)>退職
防衛大幹事・上尾秀樹(29)>東北方面総監
第9師団長・納冨中(29)>防衛大幹事
第12旅団長(将補)・岩村公史(29)>第9師団長


陸自富士校長・徳田秀久(27)>退職
第4師団長・高田祐一(30)>陸自富士校長
陸幕運用支援訓練部長(将補)・沖邑佳彦(31)>第4師団長


陸自補統本部長・金丸章彦(27)>退職
陸自関東補給処長・山内大輔(29)>陸自補統本部長
東北方幕僚長(将補)・権藤三千蔵(29)>陸自関東補給処長


大湊地方総監・中西正人(27)>退職
海幕防衛部長(将補)・酒井良(31)>大湊地方総監


航空総隊司令官・前原弘昭(27)>退職
航空総隊副司令官・武藤茂樹(28)>航空総隊司令官
中部空方司令官・金古真一(30)>航空総隊副司令官
統幕運用部長・増子豊(29)>中部空方司令官
西部空方副司令官(将補)・引田淳(31)>統幕運用部長


防衛装備庁装備官(陸)・手塚信一(27)>退職
第1師団長・柴田昭市(29)>防衛装備庁装備官(陸)
第11旅団長(将補)・竹本竜司(30)>第1師団長


防衛装備庁装備官(空)・橋本尚典(27)>退職
空幕防衛部長(将補)・内倉浩昭(31)>防衛装備庁装備官(空)


札幌病院長・上部泰秀(M6)>退職・中央病院長
中央病院副院長・大鹿芳郎(M8)>札幌病院長
福岡病院長(将補)・鈴木智史(M10)>中央病院副院長
今年の3月に就任したばかりの陸上総隊司令官が早くも交代。初代は中央即応集団からの横滑りになったが、半年も経たずに勇退して東部方面総監から住田陸将が移った。有事に方面隊を指揮する立場にある総隊司令官が、方面総監を経ていないという状態には不都合があったのだろう。
陸にあわせるかのように、空でも総隊司令官が交代して、こちらは副司令官が持ち上がり。大きな異動はこのくらいか。
さて、延び延びになっていた自衛隊主要幹部表を更新。3月の改編では陸自の幹部学校と中央即応集団と研究本部が廃止されて陸上総隊と教育訓練研究本部に再編されるという大きな組織変更があって、表に新しい列を加えなければいけなくなり面倒で後まわしになっていたのだが、ようやくできあがった。

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2018年3月28日 (水)

2018年3月の桜

3月27日付で春の異動が発令された。
異動自体は小規模だが陸上総隊の新編という目玉が含まれている。
将の昇進・勇退は陸2、海1。空の異動はなし。

(陸将)
陸上総隊司令官・小林茂(27期)<中央即応集団司令官

陸上総隊幕僚長・藤田浩和(28期)<陸自高射学校長(将補)

陸自教育訓練研究本部長・岩谷要(28期)<陸自研究本部長

退職・西浩徳(28期)<陸自幹部学校長

(海将)
退職・道満誠一(26期)<横須賀地方総監
横須賀地方総監・渡邊剛次郎(29期)<教育航空集団司令官
教育航空集団司令官・西成人(30期)<横須賀地方総監部幕僚長(将補)

陸上総隊司令官は中央即応集団からの横滑り。結果として異動は最小限となった。
総隊幕僚長が将ポストになったその引き換えに陸自幹部学校が廃止されて研究本部と統合され、陸上自衛隊教育訓練研究本部となった。教訓研究本部長はこれまた研究本部長の横滑り。

海では横須賀総監が勇退し、その穴を埋める形で順次昇進。
統合幕僚長の交代がこの春にあるだろうと予想していたが、見送られた。河野統幕長の定年延長があるとすると三度目になる。

さて陸上総隊は「陸自始まって以来の改革」といわれているが実際には大山鳴動してなんとやらの印象。各方面隊はそのまま残り、平時には陸上総隊との隷属関係はなく、有事の場合に指揮を受けるとされている。
中央即応集団に少し隷下部隊を追加して格上げしただけともとれる。ましてや幹部学校を廃止して研究本部に統合したのは幕僚長を将配置にした分、陸自全体での将ポストの数を変えないためのつじつま合わせに見えてしまう。

今後さらに総隊の編成が変わることがあるのだろうか。
個人的には、師団や旅団といった実働部隊は陸上総隊に隷属させ、方面隊では駐業とか補給処といった補給支援に特化したほうがいいと思う。

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2017年12月14日 (木)

2017年12月の桜

12月20日付の異動。
将昇任は陸1、海5、空2。退職は陸1、海4、空3。

航空幕僚長 杉山良行 (B24) > 退職
航空幕僚副長 丸茂吉成 (B27) > 航空幕僚長
航空開発実験集団司令官 荒木文博 (B28) > 航空幕僚副長
航空幕僚監部装備計画部長 井上浩秀 (85学習院) > 航空開発実験集団司令官

第3師団長 角南良児 (B27) > 退職
西部方面総監部幕僚長 田中重伸 (B30) > 第3師団長

潜水艦隊司令官 佐伯精司 (84東大) > 退職
統合幕僚監部総務部長 高島辰彦 (84京大) > 潜水艦隊司令官

佐世保地方総監 佐藤誠 (B26) > 退職
舞鶴地方総監 菊地聡 (B28) > 佐世保地方総監
海上幕僚監部装備計画部長 中尾剛久 (B29) > 舞鶴地方総監

航空総隊副司令官 小野賀三 (B26) > 退職
南西航空方面隊司令官 武藤茂樹 (B28) > 航空総隊副司令官
航空幕僚監部運用支援・情報部長 上ノ谷寛 (B30) > 南西航空方面隊司令官

自衛隊中央病院副院長 柳田茂樹 (M5) > 退職
海上幕僚監部首席衛生官 佐藤道哉 (M8) > 自衛隊中央病院副院長

情報本部長 宮川正 (82日大) > 退職
海上自衛隊幹部学校長 大塚海夫 (B27) > 情報本部長
掃海隊群司令 湯浅秀樹 (B30) > 海上自衛隊幹部学校長

防衛装備庁長官官房装備官 舩木洋 (85横国大) > 退職
海上自衛隊補給本部長 佐藤直人 (B28) > 防衛装備庁長官官房装備官
海上自衛隊第3術科学校長 大島孝二 (B29) > 海上自衛隊補給本部長

杉山航空幕僚長が勇退。
こうなると次の統幕長は、8月に陸幕長になったばかりの山崎陸将(27期)か、あるいはまさかの海から連続で村川海将(25期)か。

河野統幕長の定年延長はすでに2回、来年5月末に延長期限が切れるけれども、3回目の延長はあるだろうか。

もう私にはわかりません。

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2017年11月24日 (金)

アルゼンチン軍艦サンフアン

アルゼンチン海軍の潜水艦サンフアン ARA San Juan が先週以来消息を絶ち、捜索が続いていたが現地の23日に海軍当局が絶望との見解を示した。捜索自体はなおしばらく継続されるようだ。三十一は 17日の発表以来強い関心をもって見守ってきたが最悪の結果になりそうで残念でならない。

TR-1700 型潜水艦はドイツのティッセン社の建造になる。アルゼンチン海軍は2隻を保有しており、それぞれ 1983年、1985年に就役している。フォークランド戦争の直後にあたるが建造自体はそれ以前から決まっていて直接の関連はない。当初計画では6隻を整備しそのうち最初の2隻をドイツで建造して残り4隻を国内で建造するとしていたが、結局国内建造の4隻は建造がストップして部品を共食い整備に供する形となっている。うち1隻は70%完成状態ということで建造再開が何度も取り沙汰されるが今に至るも中断状態で30年近くになる。
戦後ドイツの潜水艦は世界的に輸出に成功しており、TR-1700 もその例に含まれるが、標準的なタイプ 209 あるいはタイプ 212/214 潜水艦が各国に輸出されているのに対して TR-1700 はアルゼンチン海軍専用になっている。タイプ 209/212/214 に比べるとひとまわり大きい。とは言え、性能自体は特筆するものがなく、冷戦期の標準的な通常動力(ディーゼル電気)推進潜水艦である。
アルゼンチンでは 1982年のフォークランド戦争敗戦以降、軍の威信が大きく落ちて軍事政権も崩壊し、インフレもあいまって国防予算は低い水準に抑えられている。TR-1700 の建造中断もそのせいだ。アルゼンチン海軍の水上艦艇はそれなりに更新されているが、潜水艦戦力の整備は停滞している。また予算不足で補給整備に支障をきたしているとも伝えられる。

さて問題のサンフアン ARA San Juan (ARA Armada de la Republica Argentina はアルゼンチン軍艦につく接頭語)は、訓練後にアルゼンチン最南端、チリとの国境に近いウシュアイア Ushuaia に寄港したのち、アルゼンチン海軍の主要基地で首都ブエノスアイレス南方400キロにあるマル・デル・プラタ Mar del Plata に向け出港した。
ところが 11月15日朝にパタゴニア沖の南大西洋から最後の連絡があって以降、消息が途絶えた。最後の連絡地点はサンホルヘ湾 Golfo San Jorge の東240海里だったという。このあたりは大陸棚で水深は比較的浅い。浅いと言っても200m以下という程度だが、海底に沈座してもただちに圧壊するというほどではない。潜水艦自体に問題がなければ、だが。

もともとサンフアンには電気系統の問題があったらしい。火災が発生したという報道もあったようだが未確認だ。17日になってアルゼンチン海軍がサンフアンの行方不明を発表したときには、電気系統の問題で通信できない状態にある、という見解をしめしていた。アルゼンチン海軍のプロトコルでは潜水艦が通信できない状態になった場合はただちに浮上することになっているため、当初は「やがて連絡がつくだろう」と語っていたが該当海域では荒天がつづいて思うように捜索ができない状態だった。この海域は悪天候で有名で「荒れる40、吼える50」(南緯40度・50度付近)と古来呼び習わされている。報じられているように波高が7メートルとか10メートルとかある状態では、2000トンそこそこの潜水艦では浮上航行は困難だろう。むしろ荒天の場合は潜航していたほうが安全だ。

サンフアンで実際にどのような問題が起きたのかは現時点では全く不明なので推測するしかないのだが、荒天下で潜航を続けられないような重大な問題(例えば火災、水密構造の損傷、圧縮空気の不足など)が発生したとなると状況はかなり厳しくなる。この荒天ではシュノーケル航行も難しい。潜水艦はもともと予備浮力が小さいので浮上しても復元性はあまりよくないだろう。
電気系統の問題などによって航法システムに問題が生じたということも考えられる。まともな潜水艦であれば当然推測航法の訓練はしているだろうが、それすらできない状況になったとすれば潜水艦にとって最善の策は海底に沈座して連絡を待つことだろう。天候が安定していれば浮上して待つこともできるだろうが、実際にはそうしたことができるような天候ではなかったようだ。
こうした問題が複数起きた場合にはさらに厳しい状況に陥る。例えば火災で電気系統とあわせて水密バルブが焼損したというような場合は悪天候であっても危険を覚悟で浮上漂泊せざるを得ない。

いっぽう、海底に沈座した状態で浮上もできなくなった場合、乗員は艦を捨てて脱出することになる。外部からの援助が期待できない場合、一般に用いられるのは自由上昇法だ。スタンキーフードと呼ばれる上半身を覆うフードがあれば着用し、無ければ生身のままハッチから数人ずつ艦外に出て海面を目指す。自由上昇法で脱出を試みた例は過去にもあるが、数十メートル以上の水深からの脱出の場合、生還率はあまり高くない。ましてや海面が荒れ模様の場合は首尾良く海面まで到達できたとしても救助は期待できない。一部の潜水艦で採用されている浮上式の救難ブロックなどがあればまだ望みはあったかもしれないが、TR-1700 型に装備されているという話は聞かない。
海上から潜水艦の位置が特定できれば、レスキューチェンバーあるいはDSRV(潜水救助艇)などの救助手段を駆使して潜水艦から乗員を海水にさらすことなく救助できる。しかしそれも天候が安定していればの話。荒天下ではチェンバーを下ろすあるいはDSRVを着水させるのもままならない。それどころか、荒天下ではソナーによって潜水艦の位置を特定すること自体が難しい。またアルゼンチン海軍はこうした救難設備を保有していないようだ。むしろこうした設備を保有している国は少数派だ。16隻の潜水艦に対して2隻の潜水艦救難艦を配備している海上自衛隊は世界でも珍しい部類に入る。こうした設備がもっとも充実しているのはもちろん米海軍で、24時間以内に世界のどこにでもDSRVを空輸できるとされている。アルゼンチン海軍も実際には米軍だのみだったのだろう。
なお潜水艦の多くでは救難ブイを装備している。遭難した際に救難ブイを切り放すと、海面に浮上して救難信号を発信する。この救難ブイが発見できればブイに接続されているケーブルをたどって潜水艦のハッチにまでたどり着ける。一時、救難信号らしき衛星通信が傍受されたという報道が流れたときには救難ブイ経由の通信かと思ったのだが、のちにこの通信はサンフアンからのものではなかったとされている。

結局、米英海軍や近隣諸国の支援を受けた捜索は功を奏さず、一週間経過してもサンフアンは発見できずにアルゼンチン海軍で初めての女性潜水艦乗組士官を含む44名の乗員は絶望的とみられている。22日になって、CTBTO(部分的核実験禁止条約機構)の地震計がサンフアンが消息を絶った 15日に付近で爆発音を探知したことが伝えられ、これが関連しているのではないかと取りざたされているが確認されていない。
サンフアンはAIP(非大気依存推進)ではないし、仮にAIPだとしても人間が消費する酸素を無限に生成できるわけでもない。充電のためには少なくともシュノーケル深度まで浮上して外気を吸引してディーゼルエンジンを稼働させる必要がある。酸素を補給できるのもそのタイミングしかない。当初アルゼンチン海軍は「酸素は2週間もつ」としていたが潜水艦自体に重大な問題があったとするとそれも楽観的過ぎるかもしれない。

アルゼンチン海軍が保有している潜水艦はわずか3隻。そのなかでももっとも新しい(といっても1985年就役で艦齢は32年になる)潜水艦の乗組員は選ばれた人材であるはずだ。その貴重な44名をみすみす失おうとしている海軍に対してアルゼンチン国民はどう反応するだろうか。

日本の海上自衛隊は先述の通り16隻の保有潜水艦に対して2隻の潜水艦救難艦(呉と横須賀にそれぞれ配置)を用意している。また呉の潜水艦教育訓練隊には巨大なプールがあって海底の潜水艦から脱出する想定の訓練を行なっている。幸いにも海上自衛隊の潜水艦では沈没あるいはそれに類する事故は起きていないが、アルゼンチンの事例を他山の石としてほしいものだ。

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2017年10月31日 (火)

中国中央軍委の顔ぶれ

先週開かれていた中国共産党第19回党大会を経て、党の中央軍事委員会の顔ぶれが決まった。この顔ぶれが今後5年間、中国人民解放軍を指導する。

主席・習近平
副主席・許其亮(空軍上将)、張又俠(上将)
委員・魏鳳和(上将)、李作成(上将)、苗華(海軍上将)、張升民(中将)

まず目につくのは委員がこれまでの8名から4名に減ったこと。これは2016年初頭に行われた人民解放軍の改編が関係しているだろう。いわゆる4総部が7つの部門に改編されそれぞれの重みが小さくなり、7大軍区が5大戦区に改編されるとともに軍種としての陸軍司令部が創設された。
委員はそれぞれ別に肩書きを持っている。これまでは国務院国防部長、総参謀長、総政治部主任、総後勤部部長、総装備部部長、空軍司令員、海軍司令員、ロケット軍司令員だった。新しい顔ぶれでは各軍種の司令員と、後勤部門・装備部門の長が委員からはずれることになった。かわりに入ってきたのが、軍事委員会中央紀律検査委員会書記だ。中将の張升民が党中央紀検委副書記兼中央軍委紀検委書記の肩書きをもって中央軍事委員会委員の一角を占めるようになったのは、習近平が軍においても「腐敗摘発」を進めていくという態度の表れだろう。
なお、今回の人事の直前に聯合参謀長(もと総参謀長)が房峰輝から李作成に交代しているが房峰輝は規律違反(つまり汚職だ)の疑いで取り調べを受けているという情報もある。

今回の人事を見越してのことだろう、聯合参謀長と政治工作部主任はいずれも最近交代した。聯合参謀長の交代は上記の通りだが、政治工作部主任は海軍政治委員から苗華海軍上将が就任した。海軍軍人が政治工作部主任(総政治部主任)に就任したのは初めてだ。
いっぽう、国務院国防部長の常万全が交代したという報道はまだない。しかし、常万全は今回の党大会で中央委員に選出されていないことから今後(おそらく来春の全人大で)退任することは間違いない。その後任はもうひとりの中央軍委委員で序列筆頭、最近ロケット軍司令員を退任して現在無役の魏鳳和だろう。
結局、軍委のヒラ委員4名は国防部長魏鳳和、聯合参謀長李作成、政治工作部主任苗華、軍紀律検査委員会書記張升民、というメンバーで行政・作戦・政治工作・監督のそれぞれの機能を分担することになる。

その上の副主席2名は実質的な制服組トップだ。彼らは別に肩書きを持たず軍委の職務に専念する。前期から留任の許其亮は空軍司令員の出身、さらに今回昇進の張又俠は前任の装備発展部長で、いずれも技術に明るいと考えられる。ヒラの委員には技術職が含まれなくなったが、副主席にこうしたメンツが配置されたことから軍近代化の流れは今後も続くのだろう。

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2017年10月16日 (月)

「戦争のはらわた Cross of Iron」

戦争のはらわた 公式

1977年公開の伝説的な戦争映画。三十一が最初に知ったのはアバロンヒルから出ていたボードゲームのタイトル「クロスオブアイアン」から。スコードリーダーシリーズの拡張モジュールだったと思う。もちろんゲームのタイトルは映画に由来する。

東京での上映が今度の金曜日までということなので、雨の中を新宿まで出て見てきました。仕事の関係で土曜日は外出できなかったので、この週末で観るとしたら今日しかなかった。

まず、最後のシーンで頻繁に登場する T-34 だけど改造しているようには見えない。冷戦中の1970年代にどうやって本物の T-34 を入手したんだろう。もっとも T-34 でも T-34/85 のように見えた。1943年という時代設定とは少し合わない。それから、けっこうはじめのほう、爆撃しているソ連空軍(という設定)の単発機だが逆ガル翼から F4U コルセアのようだ。

映画の本題に戻ると、この時代のドイツでもやはりまだ階級が社会的に大きな意味を持っていたのだなあと思う。日本にいるとあまり意識しないけれど。プロイセンの貴族階級(ユンカーかな)出身というシュトランスキーの家族や一族には同じように軍に将校として勤務して鉄十字章を授章した者がたくさんいるんだろう。下士官で、おそらくは庶民階級出身のシュタイナーにとっては、鉄十字章のためにわざわざ安全なフランス駐留部隊からロシア戦線に志願してくるなんて理解できなかったろう。
連隊長はむしろシュタイナーに理解を示していたようだが、シュタイナーからしてみればそれも所詮将校階級からの同情あるいは偽善にしか見えない。それくらいドイツでの階級間の溝は深い。
それから、鉄十字章を申請するのに二名以上の証言と署名が必要というのは興味深かった。こうした厳密さというのはいかにもドイツらしく思える。

最初に紹介したとおり、東京での上映は今度の金曜までということだが、平日の昼間に時間がとれるならぜひ観るべきだろう。ペキンパー監督の演出による戦闘シーンをスクリーンで観るだけでも価値がある。

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2017年9月16日 (土)

「ダンケルク」

映画「ダンケルク」 (公式サイト)

観てきました。

世間(そのスジの世間)では、ヤク改造のスピットファイアが主に英国面に堕ちた人々の間で評判になっていたようだけれど、同じ英国面でも海のほうに堕ちた三十一にとってまず目をひいたのはイギリス駆逐艦だった。
もちろん当時のイギリス駆逐艦はすでに残っておらず、フランスの記念艦 Maille-Breze (読み方わからん)をそれっぽく改造したそうだが、ぱっと見 「悪くない」と思った。船首楼船型、二本煙突、前後に背負式に装備された砲塔。台詞で登場した艦名は「バンキッシャー」だったがこれはおそらく Vanquisher で、いわゆる V 型駆逐艦(時期的に第一次大戦型)のうちの一隻ということだろう。
実際に「演じた」 Maille-Breze は 1950年代建造の Surcouf 型駆逐艦ということだが、粗を探せば「マストに電子装備らしきあれやこれ」とか「後甲板に VDS らしきもの」とか「全体に上構のシルエットが高い」とか色々文句をつけるところはあるにしても、CGを使わず実艦を使ったことを考えればよく出来ている。
実際のダンケルク撤退戦からすでに 77年も経っており、かつて「戦艦シュペー号の最期」に「本人」が登場したような芸当はもはや不可能だ。

さて映画の感想に移ろう。
アカデミー賞最有力との前評判だが、それは多分海のむこうでの話だろう。日本の単なる「映画好き」にはほとんどの場面が意味不明に見えるだろう。それくらい背景説明が無い。台詞にも出てこない。「これくらい知ってるよね」という前提で全て話が進む。というか、進むような話自体がない。ただひたすら戦闘と兵士や民間人の悪戦苦闘と死が描かれる。
かと思うと、イギリスで徴用された民間船がダンケルク沖合に到着したところであたかも「めでたしめでたし」とでも言うような演出がなされる。このあとの戦闘も多少描写されてはいるもののエピローグのようだ。実際には民間船も動員した撤退とそれを阻止しようとするドイツ海空軍の攻防がもうひとつの山場であったはずなのだが。

要するに、ドイツ軍のフランス侵攻から英軍の撤退という一連のキャンペーンの中から、ダンケルク撤退戦の、さらにその中のごく一部の時間帯だけを前後から切り放して目の前に放り出されたような印象。突然話が始まって突然終わる。背景を知らない人間には厳しい映画だろう。評価は分かれると思う。

自分は、船と飛行機を見るため「だけ」に DVD/BD が出たら買うかも知れない。

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2017年8月 3日 (木)

2017年8月の桜

7月末から8月はじめにかけて防衛省では背広組と制服組の両方で大きな人事があった。もちろん日報問題の影響だ。それにしても、大臣が3時間本省を留守にしただけでも問題になるのに、大臣と事務次官と陸上幕僚長がほぼ同時に交代したということが全く問題にならなかったのは何故だろう。結局「本省不在」を本当に問題にしていたのではなく政治的な批判の材料にしていただけということだ。

最初に背広組のほうを片付けておこう。
7月28日付で黒江哲郎事務次官が退職し、豊田硬官房長(1982年入庁東大卒)が昇進した。官房長は高橋憲一整備計画局長が就任、整備計画局長には西田安軌審議官が昇格。

制服組では、3月に比較的小規模な異動があってからほとんど動きのない時期が続いた。7月1日に南西航空混成団が南西航空方面隊に改編され、混成団司令の武藤茂樹空将(防大28期)の職名が司令官に変わったがこれは人事異動とは言えないだろう。

今回の制服組の異動は2回に分けられた。8月1日と8日で、陸幕長辞任関連の異動は8日のほうに含まれている。
まずは1日分から。将の異動は陸3、海2.

(陸将)
太田牧哉・陸自研究本部長(防大26)>退職
岩谷要・第4師団長(防大28)>陸自研究本部長
高田祐一(将補)・東方幕僚長>第4師団長

山本頼人・第10師団長(防大27)>退職
甲斐芳樹(将補)・第11旅団長(防大28)>第10師団長

森崎善久・中央病院副院長(防医大5)>退職
大鹿芳郎(将補)・福岡病院長(防医大8)>中央病院副院長

(海将)
坂田竜三・統幕学校長(防大26)>退職
出口佳努(将補)・佐総監部幕僚長(岡山大30期相当)>統幕学校長

真木信政・航空集団司令官(防大26)>退職
杉本孝幸(将補)・横総監部幕僚長(防大29)>航空集団司令官

続いて8日分。陸4、空2。

(陸将)
岡部俊哉・陸上幕僚長(防大25)>退職
山崎幸二・北方総監(防大27)>陸上幕僚長
田浦正人・第7師団長(防大28)>北方総監
小野塚貴之(将補)・統幕防衛計画部長(防大30)>第7師団長

森山尚直・東方総監(防大26)>退職
住田和明・統幕副長(防大28)>東方総監
本松敬史・第8師団長(防大29)>統幕副長
吉田圭秀(将補)・内閣官房出向(東京大30期相当)>第8師団長

鈴木純治・中方総監(防大26)>退職
岸川公彦・防大幹事(防大28)>中方総監
上尾秀樹・第6師団長(防大29)>防大幹事
清田安志(将補)・第12旅団長(防大29)>第6師団長

小川清史・西方総監(防大26)>退職
湯浅悟郎・陸幕副長(防大28)>西方総監
高田克樹・第2師団長(防大29)>陸幕副長
野澤真(将補)・陸幕装計部長(防大30)>第2師団長

(空将)
小城真一・航空支援集団司令官(防大26)>退職
山田真史・西方空司令官(防大28)>航空支援集団司令官
井筒俊司(将補)・空幕人教部長(防大30)>西方空司令官

尾上定正・空自補給本部長(防大26)>退職
三谷直人・中方空司令官(防大29)>空自補給本部長
金古真一(将補)・空幕総務部長(防大30)>中方空司令官

今後予想される人事としてはまず統合幕僚長だが、もはや交代時期だけが問題。
むしろ統幕長就任が確定した杉山空幕長の後任のほうが不確定要素を含んでいるが、候補者の顔ぶれについては前回述べたのでここでは繰り返さない。

陸は一気に代替わりしてしまったので、山崎陸幕長は2年やりそうだ。方面総監も5名中4名が今回入れ替わったので、近日中に大きな動きがあるとは思えない。しかしこの年度末には陸上総隊新設という大きな改編が控えている。
陸上総隊の長の職名は、「陸上総隊総監」になるのか単に「陸上総監」になるのか、三十一はなんとなく後者のような気がするが、なにしろ前例のない組織なので何が起きてもあり得ない話ではない。
名称が何であるにせよ、陸上総隊を率いる人間は陸幕長と方面総監の間に位置するので、候補者はおのずと絞られる。いずれも防大27期の、山之上哲郎・東北方面総監か、小林茂・中央即応集団司令官だ。総隊総監には「方面総監経験者を充てる」とされているようだが、一番最初にかぎっては中央即応集団司令官も含めていいだろう。小林中即団司令官は、師団長と防大幹事を経験していて山之上東北方総監(師団長と陸幕副長)に経歴でもさしてひけをとらない。職種の違い(山之上は普通科、小林は特科)はそれほど影響しないだろう。現時点ではまだどちらに絞る段階ではない。

ちょうど今日内閣改造があって新しい防衛大臣が就任したが、その話はここでは触れない。機会があればいずれまた。

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2017年7月28日 (金)

時期外れのサクラチル

日報問題がとうとう大臣の辞任にまで発展した。
稲田大臣が就任したとき三十一は「期待する」と書いたが、素人さが悪いほうに出てしまったようだ。結果として稲田氏には防衛大臣というよりも政府の一員たる大臣の資質に欠けるところがあったと言わざるを得ない。もとが弁護士だからなあ。防衛大臣はひとまず岸田外務大臣が兼任することになったので、来週にも行なわれる見込みの内閣改造で後任が任命されることになるだろう。現時点で取り沙汰されている後任は小野寺五典や中谷元といった防衛大臣経験者の再起用で「素人はこりごり」という政界の雰囲気が伝わってくる。

雇われ社長たる防衛大臣の更迭よりも、防衛省と自衛隊でもっと影響が大きいのはむしろ監督責任を負って詰め腹を切らされる事務次官と陸幕長だろう。

黒江事務次官の後任は豊田官房長と伝えられている。
岡部陸幕長は本来であれば、河野統幕長の有力な後任候補だったのに引責辞任でそれどころでなくなった。後任が決められないので河野統幕長の定年は二度も延長されてきたけど、これでようやく後任が決まって晴れて勇退できるだろう。次期統合幕僚長は空自の杉山空幕長となることがほぼ確定した。

杉山良行航空幕僚長は防衛大24期卒業、岡部陸幕長と村川海幕長はいずれも防大25期なので先任順からすれば順当なのだが、自衛隊の中で最大所帯である陸自はもう5年以上統幕長を出していない。さすがに次は陸から、というのが大方の予測と期待だったのだがまたまた流れてしまった。

空幕長の昇進と陸幕長の辞任で、それぞれ後任が必要になる。
陸についてはすでに8月8日付の人事が公表されている。25期の岡部陸幕長と、26期の鈴木純治中方、森山尚直東方、小川清史西方の各総監が揃って退職となり、陸幕長は27期の山崎幸二(現・北部方面総監)が就任する。

そして空だが、現役の防大25期生はすでに残っていない。以前名前を挙げた航空支援集団司令官の小城真一(26期)も8月8日で退職。26期なら総隊副司令官の小野賀三、27期なら総隊司令官の前原弘昭、空幕副長の丸茂吉成、教育集団司令官の荒木淳一あたりだが、さて。

日報問題について、まずはすでに意味のないPKO5原則をできるだけ速やかに撤廃するべきだろう。今回の問題はPKO5原則の「戦闘」という文字と、日報の中の「戦闘」という文字がたまたま同じ単語であったことに端を発したもので、その後の議論はなんら実際的なものではない神学論争にすぎなかった。その「戦闘」が実際どの程度のもので、自衛隊にはどの程度危険があったのかという議論はなされていない。それもこれも時代遅れな (1992年決議) PKO5原則を金科玉条のごとく大事にしてきたことが根本原因なので、こんな空文はさっさと捨て去るのがよい。

また何よりも怖いのは、今回の一件のせいで今後日報を作成する際に「忖度」が働くことだ。日報は何よりもまず正確かつ率直であるべきで、そこに「忖度」を含ませるべきではない。日報は指揮官の重要な判断材料であり、それがわかりにくく実態が伝わらないようでは適切な指揮統制ができない。その結果、近くは犠牲(負傷者や死者)が生じる可能性を高め、大きくは日本の国益全体を損なうことにもなりかねない。そのためには「日報とは本来そういうものだ」という姿勢を組織として強く押し出し、現場の作成者を守るとともに、一言半句をとりあげて批判する野党やマスコミに対して堂々と反論すべきだろう。今回はそれをせずに小手先の対応でやり過ごそうとしたのが一番よくない。

なお、今回陸自内部から「稲田大臣は日報の存在を非公表とすることを了承していた」というリークがあったと報じられている。これが事実かどうかはまだ未確認だが、もし事実だった場合は「シビリアンコントロールが機能していない」とするコメントが見られる。それは「シビリアンコントロール」を理解していないとしか思えない。
大臣の意向に反して部下が情報をリークする、というのは確かに組織の統制がとれていないと言わざるを得ない。しかしそれはあくまでリークした者「個人の反乱」であってそれをもってただちに「シビリアンコントロールが効いていない」とするのは行き過ぎだろう。同じようなことは戦前の日本の陸軍省でも起きていた。当時の日本の陸軍大臣は現役軍人でシビリアンコントロールという言葉すら知られていなかったが、それでも部下が大臣の意向に逆らって動くのは問題だという認識はあった。また現在でも防衛省以外の役所(たとえば外務省とか)で同じことが起きてもやはり問題になるだろう。つまり「シビリアンコントロール」以前の単に内部統制の問題でしかない。これを「シビリアンコントロール」の問題ととらえている人間は「シビリアンコントロールとは制服組が政治家のいうことなら何でも無条件で聞くこと」と誤解しているのだろう。
稲田大臣による「非公表」の判断は政治的判断ではあるものの「不適切な行動」の疑いが強い(不法行為とまでは言えないかもしれないが)。厳密なシビリアンコントロールによって運用されている軍隊であっても、政治家の不正行為に無条件に追従することまでは軍人に求めていないのが現代の民主主義国家の軍隊だ。政治家によって「不都合な事実」の隠蔽を指示された場合でも軍人は無条件で従わなくていけない、とするのはシビリアンコントロールとは言えない。

結局、今回の日報問題では誰も得した人間がいない。内閣の支持率は下がったがだからと言って野党の支持率が上がったわけではない。唯一の効果と言えるのは南スーダンのPKOから撤退したことだが、政治的には内閣の得点にも野党の得点にもなっていない。

同じ日に民進党の代表も辞意を表明していたけど、そもそも代表になったこと自体が間違いだと思っていたので「やっと辞めるか」という以上の感想はない。民進党という政党そのものにも期待してないし。

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2017年4月 2日 (日)

「この世界の片隅に」

今さらながら観てきました。

公式HP

戦前から戦中(戦後すぐ)の呉の光景がふんだんに登場する。
「ああ、これと同じ構図の写真があるわ」という場面もしばしば。

戦時中の普通の生活の様子が淡々と描写されているが、その中でもやはり戦争の厳しさがところどころにちりばめられる。

いい映画だということは間違いない。
ただし、終盤の展開はもう少し違った形でもよかったと思う。

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